「コレクティブ 国家の嘘」必見のドキュメンタリー | 黄昏オヤジの暴発日記

黄昏オヤジの暴発日記

退職後の第二の人生を手探りで進むオヤジのモデルガン+独り言。黄昏に染まりながら気まぐれに発火しつつ、この世の由無し事に毒を吐く(令和4年5月20日・タイトル一部修正)

 「コレクティブ」というルーマニアのドキュメンタリー映画を観た。鳥肌が立つほどに強烈で感動した。

 

 

 背景となったのは、2015年10月30日夜、ルーマニアはブカレストにある「コレクティブ」というクラブで発生した火災事故。

 人気メタルバンドのコンサート、若者達で満員の中、演出の花火の火が可燃性の防音材に燃え移り一気に炎上。出入口が一つしかないクラブ内は阿鼻叫喚の地獄と化し、その日に27人が死亡、180人が負傷するという大惨事となった。すぐに、違法建築にも関わらず営業許可を出した当局に抗議の声が上がり、折から政権の汚職事件も重なり国内全域で当局に対する猛烈な抗議活動が沸き起こり、数日後に政権は辞任するに至った。

    その後、数か月間に負傷者のうち37人が死亡。その原因は重傷者に適切な医療が与えられなかったことだという情報が小さな新聞社に入る。

 この映画は、その真相を究明しようとする新聞記者たちと腐敗した医療システムの改善に挑戦する若い保健担当大臣の姿を描いたもの。

 ドキュメンタリーであるのでスクリーンに登場するのは全てその本人。被害者も遺族も内部情報提供者も担当大臣も、そして腐敗していると指摘された人物も全て顔出し。ただ、通常ドキュメンタリーにあるインタビューやナレーションは一切ない。したがって作品は「その時」の関係者達の映像と会話だけで時系列に進んでいく。

*向かって右が中心となる新聞記者カタリン・トロンタン氏、左の女性も同僚記者です。

 そしてその映像は微塵の手加減もなくショッキングである。観る側にも覚悟が求められる。

 冒頭、火災発生時の実際の店内の映像が使われている。演奏が終わり舞台の袖で演出の花火が上がるがその火が天井に燃え移り、瞬く間に炎上していく。悲鳴を上げながら若者達が逃げ惑う姿と天井で渦巻く炎を映しながら映像は突然切れる。もう一つ中盤に怖気だつ映像がある。後で触れる。

 物語の進行にしたがって「適切な医療が与えられなかった」事実が明らかにされるが、それがちょっと信じられない。病院で使用する消毒剤が、製薬会社で製造された段階で本来あるべきの濃度の10分の1しかなく、それをさらに病院でも希釈して使用していたという。そのため病院内に感染菌が蔓延、重傷者が感染症にかかり死に至った。

 時の政府が否定する中、報道側は複数の内部情報提供者の協力を得、事実を把握し証拠を入手。製薬会社のオーナーの指示により、消毒剤の説明書も改竄し、病院関係者や政府関係者に賄賂を渡していたことや、政府が適切な検査を行っていなかったことが明らかとなる。この際、入院患者の頭部の傷口にウジ虫が生息しているビデオを入手している。この映像もそのまま使われている。戦場や未開地での映像ではない、2015年当時、現代の病院内での映像であることに衝撃を受ける。

 不正を追及された製薬会社のオーナーは、ある日自らが運転するポルシェで事故死する。本当の事故死か自殺か、あるいは他殺か明らかにはされない。この事故現場の映像も使用されているが車は全く原型をとどめていない。

*新たに保健担当大臣となったヴラド・ヴォイクレスクさん。下はスタッフとの打ち合わせ風景。もちろんスタッフもみな本人ですし、場所も大臣用会議室です。

 後半は、新たに保健担当大臣に就いた若い政治家の、医療システム改善に向けた苦闘が描かれる。彼は、情報提供者から病院が日常的に患者を非人道的に扱っていることや、病院管理者の多くが賄賂によりその地位を確保したことを知る。医療システム全体が腐っており、腐敗を根絶するには「全員を解雇する」必要があると確信するが、しかし道は厳しく険しい。

 映画は最後、いったんは政権から退いた社会民主党が選挙で大勝したことを知らせて終わる。改革の道は閉ざされたのだろうか…

 

 作中、この火災で全身に重度のやけどを負った二人の女性が登場する。いずれも全身に酷い傷跡が残る。両腕は焼け細く萎み片方の指はなく頭髪もまばら。そんな彼女たちが自らをモデルにしたヌード写真を公開する。作品の中でも確認できるが、それは驚くほど凄絶で美しい。モデルの決意と写真家の技術と情熱がシンクロするとこれほどのものになるのかとため息が出る。

*下の写真は二つとも同じ人物。Tedy Ursuleanu(テディ・ウルスレァヌ)さんという建築家の女性。当時29歳。

 決して明るくなく、見通せない先に不安や恐れも感じるが、観た者に確かな感動を与え前を向かせる素晴らしい作品だと思う。

 作品の中で新聞記者や若い政治家はこう発言する。「医療は一部の悪人でなく全国民のものだ!」、「我々は権力を妄信している」、「メディアが権力に屈したら、権力は我々を虐げる」。今の日本社会に投げかけたい言葉だ。

 

 2019年に公開されると、翌2020年にルーマニア映画としては初めて第33回ヨーロッパ映画賞で最優秀ヨーロッパ・ドキュメンタリー賞を受賞し、2021年1月には全米映画批評家協会から最優秀外国語映画賞を受賞するなど高い評価と数々の賞を受けた。第93回アカデミー賞のドキュメンタリー長編賞と国際長編映画の2部門にルーマニア映画として初めてノミネートされた。

 日本国内では昨年10月に公開され、しばらく前WOWOWで放映された。
 

 私の能力ではとてもこの作品のすばらしさを伝えられないが、どうか一人でも多くの方に知ってもらいたい、観てもらいたいと思い紹介した。「コレクティブ 国家の嘘」この題名を記憶し、機会あればぜひ観ていただきたい。お願いする。