ちょっと前記事の【供犠】が上手く説明できなかったので、改めて。
今の価値体系の中で、有用性の高いものを聖なる存在へ捧げる、その後、負い目を解消したことにより、【スコトーマ】が外れ(=意識のスペースが生まれ?)、現実を解決される、という感じなので、
ゴールの破棄というよりは、今自分が持てるものを使い果たして、聖なる存在へ貢献する(=自分が強い関係性を感じるテーマ・目的へ行為をする)ことによって、ゴールが現実化するという感じです。
説明が下手ですみません。
でも、供犠とゴール更新は通じている部分があるのです。
何かを犠牲=忘却=消滅させることで、次へ進めるのです。
負い目とは、自分が与えるより貰う方が多い場合における感情です。
自分の中で、エネルギーが燻(くすぶ)っている感じです。
まあ結論としては、貰ってばかりいるなら、もったいぶらず、与えてみよう!ということです。
物、気遣い、情報、知識、機会、お金、時間、意識、承認、歌、作品、言葉、お誘い、、
自分が進みたい方向に向かいながら、その過程で、もったいぶらずに、他へ向けて価値あるものを与えてみる!ということが大切なのでは?
と思います。
本気出しましょう。
小林佑太朗
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