- 鈴木敏文語録
鈴木敏文語録
「自分を変える」「人間の心理をつかむ」
緒方 知行 責任編集 / 詳伝社文庫
1999年02月20日第1刷発行
1973年に当時平取締役であった鈴木氏がセブンーイレブンの創業を提唱してはや35年近くとなっているが親会社をしのぐ存在となり親会社を吸収してセブンーアイ・ホールディングスとなった今、経営責任者としての価値判断や意志決定能力などが正しいというか、卓越していたものだったことが証明されていると考える。 - この本はこれまで何冊も鈴木氏の本を世に出している編者が1994年に手を加えない生の素材を整理して「語録集」として出したものの文庫版であるがその後の5年分の新たな語録が付け加えられているようだ。
15年近く前のものということで最近の鈴木氏の著作とは言葉遣いが少し違うところも新鮮だ。
- 遊戯
遊戯
藤原 伊織 著 / 講談社
2007年07月25日第1刷発行
2007年5月に食道癌のため都内の病院で59歳で逝去された著者の遺作となった中編と闘病中も書き続けたという題名となっている作品が収められている。
netビリヤードゲームで出会った主人公二人がちょっとしたことからリアルで会うことに・・・良い家柄にも関わらず幼い時に父親から受けた虐待という過去を持ちそのためか友人が少ない(いない)31歳を迎えたばかりの男性と刑事を父親にもつ身長180cmの長身でやせ形、男性と会った後モデルのオーディションで選ばれ急に人気が上がっている20歳の女性との物語・・・問題を抱えながらも二人の関係が発展しそうなまさにその時に筆が置かれているのが残念、著者自身も残念だっただろう。著者自身も利用していたのかnet環境の状況・問題などもよく勉強されているようだ。
著者のご冥福をお祈りしたい。
- 夜は短し歩けよ乙女
夜は短し 歩けよ乙女
森見 登美彦 著 / 角川書店
2006年11月30日第1刷発行
2007年本屋大賞(全国書店員が選んだいちばん!売りたい本)2位。
鬼才モリミが放つ不思議でポップなラブストーリー。京大のクラブの「先輩」である主人公は後輩の1年生の「黒髪の乙女」に思いを寄せる。しかし素直にストレートに話が出来ない「先輩」は「黒髪の乙女」の後ろ姿を追いかける・・・先斗町を中心とした繁華街を、下鴨神社での古本市を、また京大の大学祭を・・・奇々怪々な登場人物も連なり現実とうつつさえわからなくなる・・・そんな中「先輩」の思いは成就するのか・・・
突然先斗町の中に屋根に竹藪に池、中には風呂場や宴会場を備えた三階建ての「李白」氏の車が登場したりどこか宮崎駿の世界を彷彿させるような不思議な場面も多く登場するがなぜか違和感なく話を繋げてしまう・・・
個人的に懐かしい京都の場所や地名が多く登場する(特に後半では学生時代に住んでいた近く)のでよけいに興味をそそられ頁がすすむことに。
- 編集者という病い
編集者という病い
見城 徹 著 / 太田出版 - 2007年03月07日第1刷発行
新しい出版社にも関わらず次々にベストセラーを出しているように見え、また新聞の大きな広告でも目を引く「幻冬舎」の社長である見城氏が自分の半生を初めて本にしたもの。
まずその交友範囲の広さに驚かされる。特にその時代で輝いていた人たちとの関わりがいくつか網羅されているがそれもそのはず著者が「これは」と目や耳に留めた事物に興味を示しそこからその人に対してアプローチしていき先方の望むとおりの対応をし何年も付き合いをしたのちに仕事を一緒にすることに・・・その間ずっと機会をうかがい自分の持っているカード(3つ)のタイミングをはかり一番良いときに仕事とする、結果論から言えば成功するべくして成功しているのだろう。
編集者というのは物書きの原稿を取ってくるのが仕事だと思っていたが「プロデューサー」であることがこの本でよくわかった。
15年ほど前に幻冬舎を立ち上げ100人が100人失敗すると言われながら上場まで果たし成功を見せている。出版業界でまことしやかに言われる「若者の活字離れ」とか「ブックオフがあるから」だとか売れない理由ばかりあげつらっている古い慣習の中でのうのうと生きてきた出版業界への挑戦によって勝ち得たようだ。
これはSNOWの業界を見ている私と同じ視点であり共感を覚えるとともに進むべき方向に力を得た思いだ。
- 夢を与える
夢を与える
綿矢 りさ 著 / 河出書房新社
2007年02月28日第1刷発行
自分から去ろうとしている男を無理やり引きとめ策略によって結婚した夫婦にかわいい娘が誕生して夫婦の関係も修復し幸せな家庭に・・・娘はそのかわいさから幼稚園児から通販雑誌のモデルから芸能界入りし娘の成長に合わせて年間2本のCMをずっと撮り流し続けるという超長期のCMの仕事を得、高校生になってブレイクする・・・が・・・
全体的に平板な感じで読みやすいが中身がない、という印象。淡々と話が進んでいくその説明書きを読んでいる感じで登場人物に感情移入ができないし場面設定などが無理があるというかちょっとおかしいのでは、と疑問を持ってしまうところもいくつか・・・読後感も爽快感があるわけではなくかといって考えさせられるようなものでもない。
- 凶獣
凶 獣―側近の見たアントニオ猪木の嘘と真実
永島 勝司 著 / オークラ出版
2007年07月29日第1刷発行
東スポ記者から新日本プロレスに入り常にアントニオ猪木の側近として活躍した永島氏が語るアントニオ猪木の半生。
アントニオ猪木の周辺には常に「事件」がつきまとっていたがその内幕も多くあの時はそうだったのか、という内容が多い。カリスマ的存在でありながらその評価が大きく分かれるアントニオ猪木、ただこれを読むと猪木がプロレス、イベント、興行というものに対して「天性の勘」を持っていたこと、またそれによって成功に導かれていたことがよくわかるし天性のプロデューサーだったのだろう。
プロレスファンではなかったが時折TVでその試合などを見ていたことを思い出したが考えてみると子供の頃見ていたプロレスは確かにゴールデンタイムに放映されていたが現在では新聞のTV欄で探すのが難しい状況になっていることに改めて気づかされる。PRIDEなどとの関係におけるビジネス的な問題なのかそれとも単純なファン離れなのか、その原因とともに猪木が新たに行動を起こしているプロレス再興を期しての動きにも興味が湧く。
全体的には著者から見た事実描写なのだろうが海外展開などを含め自己賞賛的な描写などが結構多いのは気になるか。
- 反転
反転 闇社会の守護神と呼ばれて
- ディズニーランド深層心理研究
ディズニーランド 深層心理研究
富田 隆 著 / こう書房
2004年02月10日第1刷発行
駒澤女子大学教授で心理学者の著者がディズニーランドの成功を心理学という側面からアプローチしてその謎=魔法を解明しようというもの。
いたるところで動物や花や人形が魂を持ったもののようにゲストを迎えてくれる様を世の中のあらゆるものに魂が宿っているとするアニミズムの考え方が根本に流れているとする。そのため八百万の神を祀る日本人には特に受け入れやすいものとなっていると解く。
本書の中には事業での成功のキーワードもいろいろちりばめられている。例えば、「めんどうくさいこと」をきちんとやることに成功の鍵がある、とか今までのサービス業に欠けていた「参加型」「体験型」でゲストに良質の体験をしてもらうことがますます重要になる、とか街全体の雰囲気やコンセプトを決めてから統一感を持たせていくことが重要であるとか、どのような状況であってもゲストが楽しい体験ができるような仕掛けや工夫、であるとかもともと人間はそれぞれがユニークな存在であり一人一人の質が異なるということを前提にみんなを満足させるにはどうするかの発想、など。
- 極道のウラ知識
極道のウラ知識
鈴木 智彦 著 / 宝島社
2006年12月22日
カメラマンからヤクザに興味を持ち暴力を取材テーマにという思いからヤクザ専門誌の編集などを経験し現在はフリーライターとして裏社会の著作多数。
この著作は裏社会のトリビアというかなかなか一般社会に生活している我々には目にしない、わからない内容を紹介している。一般的にはマスコミや映画やTVなどを通してのエンタテインメントでヤクザや裏社会のイメージを作っているがそれが創り出されたものであり実情からは乖離していることがわかる。実際にヤクザ社会に入り込んでの取材などを行っているようで現在の裏社会の実情に近いものとなっているのだろう。
2007年06月25日第1刷発行
長崎県平戸の漁師の長男として生まれ貧しい中、苦労して大学進学し司法試験を一発合格し検事となる。その後、検事憧れの特捜検事となり撚糸工連事件、平和相互銀行不正融資事件、三菱重工BC事件などを手がけ「エース検事」として活躍するが突然の辞職により弁護士に・・・辞め弁としてバブルというその時代の影響もありアングラメンバー、ヤクザ、バブル紳士などとの人脈が広がっていくことに・・・その過程でまさにバブル紳士達と同じような生活に慣れてくる・・・そんな中、おごった気持ちもあってか石橋産業事件をめぐる詐欺事件で古巣の東京地検に逮捕・起訴され高裁で実刑を言い渡されることに(現在、最高裁上告中)。
著者の回想の中で「この国は、エスタブリッシュメントとアウトローの双方が見えない部分で絡み合い、動いている。彼らはどこか似ている。・・・」と語られている。事実、本文中にも実名で少なくない政治家の所業や付き合いの内容が描かれている。また、検事による「事件の作り方」が解説されてもいるが、これらからは現在のこの日本と言う国における仕組みに疑問を呈せずにはいられない。
ただ、著者によるとアウトローたちとの付き合いに関してはその人間的な魅力によるところであるとか世間から非難されている人間を改めて評価してやりたい、などの言があるがこれには疑問が残る。やはり時代の潮流に飲み込まれ見失ったものがあったのだろうと思われる。