
騒々協奏曲【中編】①
「待て!おかしいだろう、俺はただの“飾り”だと言っていたじゃないか!」
『いやぁ、そのつもりだったんだけど、何故かマッチングの中に入っていたらしく・・・。でも今更“そいつは飾り”だとも言えなくてなー』
「いや、そこは断れよ!お前社長だろうが!」
1週間前から身に覚えがないメールがちょこちょこと業務連絡の合間に入って来ていた。聞いた事がある社名に「あぁ、アンジェの会社か」と安易に考え、開きもせず何も反応もしなかったがそれが悪かったらしい。
何時の間にか知らない女との食事がセッティングされており、日にちと場所と時間が書かれたメールが届いていた。
「ふざけるな!何だ、これは?!」
意味がわからない。
誰がそんなものをセッティングしろと頼んだ?
「自己紹介なんて書いてないぞ・・・ん?」
しかしメールが送られて来る1年前にアンジェと飲んだ際、彼の会社の説明をされた事を思い出した。
そして――。
『チェヨンの名前とお前の会社使わせて貰うよ』
『何故だ?』
『女性登録者数を伸ばす為に』
『は、くだらない』
『お前が承諾しなければ会うって事は無いから案内は来ないよ、“チェヨン”はただの“飾り”だから』
――飾りを載せる会社もどうかと思うがな・・・。
『承諾する訳ないだろう。そんなもの絶対に組むなよ?』
『女には苦労していないって?羨ましい事で』
『ああ?』
『まあまあ、お前の登録は“特殊”だから多分来ないよ』
――・・・あれか?
来てるじゃないかよ!
おそらくアンジェが勝手に書き登録したものだ。
しかも改めて見ると、簡単に書かれた自己紹介は全部本当の事でまさかの年収まで書かれてあった。
「おいー!」
ヨンは慌ててスマホを手に取り画面をタップした――。
「何処だよ、そのカフェって!」
アンジェに対しての怒りが収まらないまま聳(そび)え立つビルの中目的の看板を探していた。
前夜アンジェに抗議の電話を再び掛けたが、
『当日すっぽかしは相談所として信用を無くすから、せめて相手に会ってから断ってくれ』
「お前は馬鹿か?男が先に断りに来たなんてそれこそ俺のモラルも疑われるだろうが!」
『だったら、茶だけでも飲んで帰れよ。結構綺麗な女性だったぞ?』
『そんな情報はいらねー!』
とうとう学生時代の2人の話し方に戻ってしまい、ヨンは怒りに任せたまま電話を切った。
ソウル特別市でも江南区は特に売上競走が激しく、数ヶ月前にあった店が無くなっていたりと頻繁にテナントが変わっていく。
車から降りたヨンは周辺を歩き、5階建てオフィスビル内にそのカフェを見つけロビーに入って行くが直ぐに足を止めた。
「階段が無い・・・」
偶に非常用階段として使い、一般人が使用出来ないビルがある。この建物もその造りなのかとため息を吐き出し、エレベーターに乗り込みスマホの画面を見つめ目的の階に着くまで耐えた。
――早く、早く着け。
チンと音がし、扉が開いた途端に外に出る。
「――はぁ、何で階段が無いんだ」
帰る時は誰かいてくれよ。
そんな事よりもと、約束の時間ギリギリだとヨンはカフェへと続くフロアを走り出した。
ーーーだが。
「・・・?」
店内を見ても1人でいる女性が見当たらず、カップルや友達、もしくはパソコンを広げ1人デスクワークをしている男性だけしかいない。
――遅れているのかもしれないな。
とりあえず窓側の景色が見える席に座り暫く待つ事にした。
・・・・・・
・・・・
「・・・来ないが?」
腕時計を確認すると、1時間程経っており店内の客も徐々にまばらになり始めている。
「・・・おかしい」
ヨンが呟いた途端、ポケットのスマホが振動し急いで出すとアンジェからのメールだった。
「・・・え?」
何と待ち合わせ場所はここでは無く、別なレストランだという。
何処だよ?と打ち返し何回か連絡を取りあっていたが、元々半分しかなかった充電が赤くなっている事に気付きヨンは慌て立ち上がり、兎に角一旦車に戻り充電をしながらその場所に向かおうとカフェを出た。
何も頼まず1人で座っている自分はかなり目立っていただろう。
そもそも頼んでもいない食事会など組まれ、知らない女と何を話せと言うのか?
「あぁ!ったく!」
ヨンが悪態を吐きながらエレベーターに着くと丁度下に向かう所だったらしく、ポケットのスマホを握り締めた。
また画面を見てあの空間を誤魔化すしかない。
次の場所が何処かは知らないが、この不手際は自分のせいでは無くアンジェの会社が悪い。
もし女性が怒ったとしても、自分も被害者だと言えばいいんだ。
そして登録を消して貰う。
完璧だ。
ふつふつと湧く怒りを内側に抑え、
扉が開くのを待っていると隙間から人が見え
誰かいる事にヨンは安堵したが、
人物が見え一瞬だけ息が止まった。
エレベーターの中にいたのは
スラリとしたスタイルの細身のワンピースを着て、
長い髪を緩いウェーブで靡かせ
小さい顔と大きな目を真っ直ぐこちらに向けていた女性だった。
「・・・」
――はっ!
ヨンは慌てて視線を逸らせ、女性の隣りに立った。
ボタンは1階だけ点灯しておりこのまま降りて行ってくれる。
助かったと思う反面、スマホの画面を見たままヨンは意識だけを隣りに向けていた。
・・・今日会う女がこんな美人だったらそれはそれで嬉しいのかもしれないが。
――こういう美人が普段の生活にいるものなのか?
・・・いや、だったら、結婚相談所なんか入らないよな。
自分だって本当は良い人がいれば恋人が欲しい。
だが、面倒臭い性格だと自覚もしているしそれを知った女性が付き合ってくれるとも思えない。
――大抵こんな美人には既に彼氏がいるものだ。
なのに俺は勝手に見た事も無い女とセッティングされ、嘘を教えられ振り回されている。
運がある男と無い自分の差だろうか?
――羨ましい。
「あぁ、くそ、デタラメ教えやがって。帰ったら覚えてろよ・・・」
ガタンッ
「・・・・・え?」
何故かエレベーターが小さく上下に揺れ、
そして、ピタリと動かなくなった。
――おい、止めろって!冗談じゃないぞ!
スマホから目線を上げると、電子掲示板の数字が止まり、矢印さえ動いていない。
一気に血の気が下がる感覚に嘘だろうとヨンは直ぐ様緊急事態用ボタンを押すと、横のランプが点滅始めたがスピーカーから何の反応も来なかった。
急いで監視カメラを見上げ声を上げ、
「エレベーター止まったぞ!早く来てくれ!」
――助けてくれ!
手足が冷たくなっていくのがよくわかる。
目眩さえしそうで壁に背を付け様とし、ハッと我に返り前を向くと女性は自分をチラリと見た後そのまま視線を止まった電子掲示板に向けていた。
心臓が苦しい位に鳴り今すぐ叫びたい衝動になっているのに男としての見栄も出ていて、この女性の前で情けない姿を見せたくないと考えている自分もいる。
は、は、と肩で息を吐き落ち着けと何度も言い聞かせ、彼女と同じく上を向いて平気な顔を作った。
――彼氏持ちかもしれないのに俺は一体何をしているんだ。
「――・・・ですよね?」
「は?」
喉が渇き声も掠れていた為やはり全部は彼女には聞こえていなかったらしい。
ごくりと唾を嚥下し、冷静な男を装ってみる。
「さっき管理会社に連絡したんですが、まだ返事が来てないですよね?」
「・・・そうですね」
同意してくれた女性の声はとても落ち着いており、ふと息が僅かに軽くなった気がするのは何故だろうかとヨンは感じていた。
女性が泣くのではないかと心配もしたが、寧ろ静かにこの状態が回復するのを待っている様にも見える。
彼女は顔を上げたまま小さくため息を吐き出し、
「まさか休業日とかじゃないわよね?」
「そんな事・・・だったら警察に電話した方がいいか?」
すかさずポケットからスマホを取り出そうとして、充電が残り僅かになっていた事に口端を歪めてしまう。
「・・・充電が」
「・・・・・」
黙った彼女の目が見れなかった。
何て格好が悪いのか。
カフェでアンジェに連絡なんてしなければ良かったのか?
そもそもスマホの充電を満タンにしていなかった自分が悪いのか?
どちらにしても今の自分は彼女から見ても役たたずな男としているだけだった。
しかし、彼女が自分のスマホを取り出し目をパチリと瞬かせこちらを見て駄目みたいと言い、
「どちらにしてもビル内エレベーターだから電波は繋がり難いかもしれないですね」
「・・・そうか」
ならスマホが役に立たなくても仕方ない。
自分のフォローをした訳では無いのだろうが、先程から彼女の声に安堵している自分がいた。
徐々に身体が熱く汗も止まらずジャケットを脱いだが、それでも苦しいのは中々治らない。
煩い男だと思われたらと怯えてもいるのに、彼女の声が聞きたくて無駄な話をしては反応を待っていた。
しかし結局は話も続かず沈黙になると、再び息苦しさと身体の震えを耐える時間になる。
――少し近くに寄ったら、いや駄目だろう。
確実不審者になってしまう。
だが、彼女から放つ静かな雰囲気は自分を安心させるもので、自分のこの症状を伝えたら助けてくれるだろうか?と考えてもいた。
――実は俺は“閉所恐怖症”なんです。
少しで良いので傍にいてくれませんか?
伝えようと1歩彼女に近付くのと彼女がコチラを見るのが同時で見下ろした自分とバチリと目が合った。
「あ、の―」
「はっ?!」
しかし、いきなり彼女は何なの?と
後ろに後退りし睨み付けて来る。
「ちょ、おかしな事したら警察に言うから!監視カメラにだって映っているし証拠もある、貴方の会社も終わりよ!」
――違う!そんな事は絶対しない、ただ手を・・・。
更に真っ青になりヨンは違うと言おうと手を伸ばしたが、彼女はヤダとそれを振り払い出す。
「絶対に訴えるわ!そして勝つから!」
――あぁ、彼女には俺は不審者になってしまった。
安心出来た彼女の声は怒りと憎しみを含み、
向けられた自分の身体ももう耐える事も出来ないと背を丸め始めていく。
「・・・そうじゃなくて、あの・・・」
「な、何よ!」
「・・・すみませんが、・・・手を・・・」
「はあ?」
「・・・手を握って、下さい」
「?」
――お願いだ、貴女の手を・・・。
「・・・・貴方、閉所恐怖症なの?」
――!!
ヨンがぶんぶんと首を振り頷くと、目を丸くしていた彼女は直ぐにヨンに近付いて肩を摩り出した。
「だったら最初から言ってよ!」
「・・・すまない」
心配そうな声にヨンは謝罪しながらも弱々しく笑みを浮かべた。
――やはりこの女性は良い人だ。
背中に当たる彼女の手がとても暖かく一雫涙が零れてしまい、額の汗を拭いている彼女に気付かれない事を願った。
エレベーターが動き出したのか数センチ下がりその振動に胃が逆流する感覚にグッと口を抑え、
片手を傍の彼女の服を掴むと大丈夫と伝えるかの様に優しい手が重なりふわりと撫でてくる。
「動いたみたいですね」
『今扉を開けます!』
彼女の声と外に待機している業者の声が重なり、
「遅いわよ!早く開けなさいよ!」
彼女の怒声さえも自分には心地良いものになっていた――。
「次に会ったら絶対殴るからな!」
『悪かったって言ってるだろう?しかし、同じく閉じ込められた女性がしっかりした人で良かったな』
「・・・」
『ヨンの方が慌てふためくとは』
「絶対殴る!」
扉が開いてロビーにはビルの管理者とエレベーターの管理会社、フロアのオフィスの数人がいて漸くエレベーターの中から2人は救出された。
ヨンがボタンを押し救出の声も聞いていたらしいのだが、何故か会社からの声はエレベーター内には届かず管理会社は急いでビルに向かっていたとの事だった。
コチラに近付き自分のハンカチを差し出した彼女は、
「まだ外に出ない方がいいわ。
それでも無理ならこの人達に救急車を呼んで貰って下さいね」
そう言い、管理会社の職員に散々文句を言った後、
連絡先を伝えさっさと帰ってしまった。
ヨンも早々にその場を立ち去りたかった。
「・・・今はもう答える気力も無い。何かある場合は会社に連絡をくれ」
具合が悪くなったヨンはロビーで暫く休んでいたが、
自分の車へと戻り携帯の充電のセットをした後
ゆっくりと座席を倒しそのまま目を閉じたのだった――。
ずっと後悔している。
あの女性に自分の情けない姿を見せてしまい、看病もされ礼をする前に消えてしまった。
彼女の名前も聞いていない。
1日経ち、管理会社に彼女の連絡先でも聞こうかとさえ考えていたが、自分が会って顔を顰められたら立ち直れないかもしれない。それにアンジェが勝手に登録しセッティングした女性にしてもどうする事も出来ず、結局彼に電話を掛けていた。
『会社がずっとお前にも電話していたんだが、知っていたか?』
「・・・充電終わってから知ったよ」
『向こう側が“ドタキャン”だと怒ってしまい登録を解約する勢いだと』
「・・・それ、俺が悪いのか?」
全部の責任は俺で無い気もするのだが・・・。
「俺とマッチング出来たって事もよくわからん」
『だって向こうの希望条件が“高収入”だけだったんだ』
「・・・何だそれ」
年収が高ければ誰でも良かったって事だろうか?
そんな女に自分がマッチングされたと?
ヨンは今まで見てもいなかったアンジェの会社からのメールを見返し始め――。
「ッ、ああーーーっ!」
『わあ、びっくりした!』
突然叫んだヨンに電話先のアンジェは驚いた声を出した。
しかしヨンはアンジェの声など頭に入って来ない。
パソコンの画面に映し出されていたのは、
エレベーターの中にいた、
あの女性だった。
ヨンは画面を凝視し、ウンスの自己紹介の写真と名前の欄を必死に交互に見返していた。
「・・・――“ユ・ウンス”。
――江南総合病院美容整形外科。
――32歳。
――好みのタイプ、・・・高収入。
本当だ。高収入しか書いてない。
・・・おいアンジェ!相手は“ユ・ウンス”さんだったのか?」
『は?・・・あ、そうかな?』
「そうだったんだよ!あ?え?」
ヨンは落ち着けと椅子に座るがまた立ち上がり、歩き出しある事に思い出し慌ててデスクに置いたスマホを取るとアンジェと叫び出す。
『何だよ?』
「“ユ・ウンス”さんともう一度セッティングしてくれ!」
『は?』
「どうにか登録解約を止めてもう一度セッティングを頼む!」
『えぇ・・・』
「いいか?出来なかったら俺の個人情報を晒したとして訴えるからな。
絶対にユさんを登録解約させるなよ!」
そう言い放ち、
ヨンは電話を切ったのだった――。
【中編】②に続く
△△△△△△△△△
1つにまとめる事が出来なかった・・・汗
いやいや短編なのよ。
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