
騒々協奏曲【中編】③
ヨンは中学生時から学んでいたテコンドーを続ける為、テコンドーが強いとある大学に進学した。
大会での優勝実績もあり国家代表常備軍にも選抜されていたヨンは大学の期待のホープとして有名人だった。
そんな大学2年生の冬、テコンドーサークルが合宿がてら江原道にあるスキー場に行く話が持ち上がり、今まで他のスポーツをしてこなかったヨンはどうするかと悩んでいたがほぼ全員参加するからと誘われ、だったらと彼も参加表明をした。
参加者名簿に名前を記入していると、横に誰かが立ちヨンはふと視線を向ける。
「スキー楽しみね!」
「メヒは得意なのか?」
「ええ、冬になったらよく友達と遊びに行っていたから。済州島のスキー場にも行った事があるわ」
「へぇ、凄いな」
1年後に同じ大学に進学した後輩のメヒもまた女子テコンドーサークルに入っていて、今回の合宿の参加者だった。
――・・・まさか、自分に憧れて?
・・・なんてな。
小さい頃から同じテコンドー道場に通っていたメヒがこの大学に進学して来たのは
彼女も代表常備軍に選抜されたからで、自分がいたからでは無いだろう。
何時か国の代表になり、この国にメダルを――。
同じ志(こころざし)だったら将来を一緒に見ても良いかもしれない。
――そんな事を考えている自分はまだ練習が足りないか?
「でも合宿の目的は次の大会に向けての練習だから」
「それはそうよ。次大会で優勝したら代表に選ばれるかもしれないわね?」
「ああ、負けるつもりは無いよ」
「頑張ってね!」
ニコリと微笑んで来るメヒの顔を見てヨンも微笑み返す。
――・・・とはいえ、格好悪い所は見せられないな。
ヨンは大学生になって初めて行く仲間達との合宿に浮かれていた。
「・・・と、今思えば何とも若い考えだったし、未熟な自分なのだなと思いました」
「・・・チェヨンさんて、テコンドーの国代表を目指していたんですか?」
「はい」
「へぇ・・・」
・・・でも、今は人材派遣の会社?
・・・あれ?
チェヨンの話を聞いていたウンスだったが、途中から彼の話の違和感に首を傾げてしまう。
大学生時代の淡い青春話になりそうだと感じているのだが、どうにも正面のヨンは徐々に苦しそうに顔を歪み始めている。
「あの後、サークルの仲間達で江原道の現代(星)宇リゾートの近くにある合宿所に行って昼は練習し、夜はナイターに行くという若者らしく楽しんでいました」
「それは楽しそうですねぇ」
確か(星)宇リゾートはスノーボード専用やモーグルコース等も豊富で特に若者に人気の場所だった。
「男子だけでは無く、女子もいてやはり見栄もあって無理やり格好付けていたのも確かです」
「ふふ、それは良いんじゃないですか?まだ若いですから」
好きな子がいれば格好悪い所は見せたくない。
男も女もそこは変わらないと思う。
「・・・2日目のナイターで、仲間の数人が上級者コースに行くとなり私はメヒに誘われるまま一緒に行きました。
前日まで初心者コースしか滑っていなかった私がです」
「え」
――それはちょっと無理がない?
ウンスが眉を顰め、その表情を見たヨンは苦笑した。
「ですよね?普通は何故?となりますよ・・・」
苦笑しながらもヨンのため息を吐く姿が重々しい。
「前日とは違い吹雪いてもいて、場内では山の上にいる人への注意放送が流れていたそうです。ですが、自分達はこれで終わりだからとリフトに乗り上がって行きました」
仲間達は次々と滑って行き、気付いたらあっという間に周囲から消えていた。まさか上級者コースがこんな急斜面だとは考えていなかったヨンは怯んでいたが、隣りにメヒが付き情けないと思いながらもゆっくりと下へと滑って行った。
だが。
「ナイターとはいえ、ある程度の場所しかライトは当たっておらず、案の定馬鹿な自分はコースアウトしてしまったんです」
「まぁ・・・」
「コースアウトした私はネットを越え、生い茂る林の中に落ちて行きました。
しかもその際に足も骨折してしまいまして」
「あらら、それは」
雪を均(なら)すのはコースだけで、コース外は大抵そのままなの状態になっている。雪崩や柔らかすぎる雪は危険な場合もあり、その中に入ったとなると下まで行くのは難しいだろう。
しかも骨折――。
「滑り落ちた際にストックも無くし、どうしようかと半ば絶望的に座り込んでいたら、メヒが来てくれ救助を呼びに行くと言ってくれました」
「何て良い子なの!」
「・・・少し2人で歩いて行くと多分ネットかポール等を一時仕舞う倉庫を見つけ、私はそこで待つ事になりました」
寒く真っ暗な中で吹雪いている雪を避ける様に隠れ、ただひたすらメヒがパトロールセンターで待機している救助隊を呼んでくれる事だけを祈った。
そして、足を骨折してしまった自分の情けなさとどれ位で治るだろうか?と、両親や監督に対しての申し訳なさにひたすら謝罪をしていた。
「時間にすれば1時間も無かったらしいのですが、空気の薄い真っ暗な部屋の中で私は数時間いた感覚になった。
それでも外からスノーモービルの音が聞こえた時は助かったと身体中から力が抜けました」
――・・・ふむ。
よくあるスキー場での救助話ではないか?
ウンスはヨンの話の何が変なのかまだわからない。
「助けられた私は病院に行き、打撲もあった様で全治3ヵ月と言われました」
「大会は?」
「ギリギリ間に合うと」
「良かったわね」
「いいえ、次の大会には私は出場しませんでしたから」
「まあ、無理しなくても次もあるし・・・」
「これ以降の大会には二度と出ていません」
「え?」
「国の代表常備軍からも外して貰い、それ以来テコンドーはやめました」
「ど、どうして?」
ウンスがそう尋ねると一瞬だけ顔を歪ませ、投げやりな眼差しを違う方へと向けた。
彼の年相応な態度にも見えたが、その表情は直ぐに消えふと視線を戻して来た。
「私が入っていたサークル内には自分の様に代表常備軍が沢山いて、誰が代表になってもおかしくはないんです。
・・・私はその中で同じ目標を持って切磋琢磨しているものだと思っていました」
――・・・何だか、雲行きが怪しくなって来ているのは気のせいかしら?
「暫くして松葉杖を付き大学に行った私は練習場に向かい・・・そこで話を聞いてしまいました」
――・・・これは聞いても良い事なのだろうか?
ウンスは何故かそう咄嗟に思ってしまう。
「練習場内には仲間数人がいて、会話をしていたのですが・・・内容はスキー場の話で――」
『まさかチェヨンが怪我するなんて思わなかったよ』
『少しビビらせるつもりだったんだって』
『完璧イケメンでも苦手なものがあるからって面白がったの誰だよ?』
『いや、でも合宿に彼奴を誘ったのが悪いんじゃないのか?』
――何だと?
仲間の話を入口の前で聞いたヨンは怒りのままに扉を開けようと手を伸ばした。
しかし。
『はあ?私のせいですか?先輩達が面白がって誘えと言うから私は誘ったんですよ?そもそも怪我をしたのはヨンが下手くそだからで、結局彼が悪いのよ。
私だって助けを呼びに行って面倒くさかったのに!』
伸ばした手はパタリと下ろしていた。
ヨンは今の言葉に何も考えられず、呆然と閉じられた扉の前で立ち竦む。
今の声はメヒだ。
彼女が自分を合宿に誘ったのは先輩達が揶揄い笑い者にしようとしていたからだった。
“頑張ってね!”
あの言葉は何だったのか?
“そもそも怪我をしたのはヨンが下手くそだからで、結局彼が悪いのよ”
雪の中助けを呼びに行っていたメヒの気持ちは自分を思っての事では無かった。
――浮かれた自分は何を考え、合宿に参加したのだろうか?
――仲間達は?
――メヒは?
彼らは自分の心配している訳でも無く、罪の擦(なす)り付けをしていた。
「・・・・・」
ヨンはふらりと静かに動くと、
今来た道を戻って行き練習場へ入る事は無かった――。
「・・・それから狭い場所に入ると怪我をした自分の愚かさと彼らの言葉を思い出し、具合が悪くなる様になりました」
「・・・」
「テコンドーをやめ何もする気がおきず一時荒んでいたのですがそこで同学年のアンジェと知り合い、暫くして小さい会社を立ち上げました。
それが今の人材派遣会社です」
人材派遣会社の社員の中にはヨンを慕って大学に入って来た道場の後輩達もいた。
会社内でヨンがテコンドーをやめた理由を知る者はいないだろうが、合宿に行ったメンバー達は薄々は気付いたのだろう、その後ヨンに話し掛けて来る事は無かったという。
「・・・あれ?メヒって、代表選手だった彼女?」
名前で思い出したが、その名前は少し前まで世界選手権でよく聞いていた名前だ。
まさかあの女性が彼に酷い事をした人だったとは・・・。
だが、
ポカンと口を開け呆けていたウンスの顔を見てヨンはニコリと笑う。
「でも何故かな。
今はこれで良かったと思っています。ユさんに会えたので」
「え?」
「貴方の傍にいるとあの時の事を思い出す事は無かったので・・・」
「そ、そうですか」
――・・・どうしよう、あの時無視していたなんて言えない。
しかし、エレベーター内での彼の動きは今の説明でよくわかった。
・・・なった原因に対して彼は悪くない。
だが、少なからず自分の不甲斐なさも感じていて
ずっと1人で耐えていこうと思っているのだろう。
――真っ直ぐな人ねぇ・・・。
「・・・私、一応カウンセリングもしているのですが、
・・・受ける気はあります?」
すると、ウンスの言葉にバッと顔を上げヨンは椅子から立ち上がる勢いで前のめりになった。
「是非お願いします!」
「あ、はあ」
「では、明日病院に伺います」
「だから決めるの早いって!」
――彼のこのせっかちさは何なの?
とりあえず先に病院の予約を取る事を約束し、
漸く2人は食事を始めたのだった――。
2週間後、
同僚が雑誌を持ってウンスのデスクに近付いて来た。
「何か雑誌でテコンドーの女子選手がチェヨンさんの事話しているんだけど」
「は?」
「いかにも仲が良いみたいな話をしていたわよ。
彼と幼なじみなんだって?」
「はあ?」
――・・・はあはあ、そういう事ですか。
逃がした魚の大きさを今知ったのね。
ウンスは雑誌を読みながら、
再びこめかみをヒクつかせていた――。
【後編】①に続く
△△△△△△△△△△
ウンスさんはヨン氏の為に負けないつもりみたい
((꜆꜄ ˙꒳˙)꜆꜄꜆オオ?💢
テコンドーの創設者も“崔将軍”と呼ばれていたらしい
(* 'ᵕ' )☆笑
・・・後で、後編とか直さないとね。終わらん。💦