
契約恋人⑤
とりあえずあれから2週間は経ったが、ユウンスから契約破棄や返品の連絡は来ていない。
メールが来る度にウンスのメルアドを探し、入っていると内容は大丈夫だろうか?もういらないとの文面だったら、と内心怯えてもいるが個人用のメルアドに送ってくれるだけでも良いのかもしれないと返事を書いていた。
ふぅと息を吐きキーボードから手を離し外の景色を見つめていると、先程送ったメールに早速返信が来ている。
「・・・何だ?」
送った商品の中に何か問題があったのか?
それともやはり・・・。
しかし、メールの内容は商品をクリニック内で販売するにあたって、ディスプレイはこちらで考えて良いのかどうかの質問だった。
「・・・・・」
ヨンはジッとその文面を見ていたが、少しの後椅子から立ち上がった。
うーん、チェ製薬会社のネームバリューの凄さは流石だわ。
施術にも使いカウンター前に少しだけチェ製薬会社の商品を置いたが、目敏いお客は直ぐに気付き尋ねて来た。
「チェ製薬会社ってあまり個人クリニックや医院には商品を卸さないのに・・・あの会社と親交があるのですか?」
「ええ、まぁ、知り合いが中におりまして・・・」
「それでもこんな大企業が・・・」
「結構あの会社って取引が厳しいので有名なんですよね、なのに今年最新の商品もあるなんて・・・」
伺う眼差しをウンスに向けて来るお客もおり、営業スマイルでそれを受け流しながら確かにとウンスも納得していた。
芸能人やモデルが使用する程人気のこの商品を買う為には、チェ製薬会社が出している販売店かネットのみしか購入は無理なのだが、ウンスのクリニックには沢山の商品が置かれているのだから疑問に思うのは当たり前だろうとわかる。
「・・・商品を買いに来るお客様が増えましたねぇ」
「・・・うーん」
「もう少し増やします?」
「でも毎月沢山納品されても・・・」
「月に数量限定にすれば大丈夫ですよ。・・・もう少しディスプレイ綺麗にしようかな?」
スタッフもこんなに売れるとは思わなかったのか、飾りに気遣い始めそんな光景にウンスも悩み出していた。
あまりあの男と関わりたくないのだが、チェ製薬会社の商品は喉から手が出る程欲しい。
それは本心。
しかしチェヨンとはあまり・・・。
「うーん、参ったわね・・・」
ふと見るとチェヨンからメールが届いており、商品の在庫確認と不具合などは無かったかという何時ものメール内容だった。
それにウンスもテンプレートを貼った様に同じ内容で返していたのだが――。
「・・・・・」
――少し聞いてみる分には大丈夫よね?
ウンスは来たメールに返信を打ち込んでいった。
「きゃあ!」
閉店間近のクリニック内に響くスタッフの叫び声に奥の個室を掃除していたウンスは慌てて受付に行くと、
何故かあのチェヨンが大きな箱を持って立っていた。
「ぎゃー!」
スタッフとは違う叫び声をあげてしまい、硬直してその姿を凝視しているとウンスに気付いたチェヨンが顔を向け頭を下げて来る。
「・・・ディスプレイ棚を持って来ました」
敢えての敬語なのだろうが、まさか自分のクリニックにまでやって来たチェヨンにウンスは呆然と立ち竦んでしまった――。
「・・・私達帰りましょうか?」
「ダメよ!寧ろいてよ!」
突然やって来たチェヨンに見合い話を知っているスタッフ達は2人だけにしようと帰ろうとしたが、必死に止めるウンスとあまりに強い美形オーラのチェヨンの2人に興味深々で少し離れた部屋から覗いている。
カウンセリング室に入ったウンス達だったが入口のドアが開いている為会話は筒抜けで、それは大丈夫なのだろうか?そう思うスタッフもいる中、話は進んでいった。
「・・・メールや電話で話すより実物を持って来た方が早いと思って・・・」
「でも、貴方が持って来る必要は無いのでは?」
「このクリニックの納品は自分が決めたものなので、他の営業には回せませんから・・・」
「・・・そうですか」
確かに最初はこの人が納品すると言い出したのだ。
無料で送るなど言って来て、共犯にはなりたくないと割引して安く買う事で契約をした。
「・・・この間送って下さった商品が結構売れまして・・・」
実際幾つかは既に売り切れ状態になっており、在庫補充はしたかったが他契約先より優先して貰うのもと気が引けてもいて、メールには書けないでいた。
「あぁ、じゃあ、追加を持って来て良かった」
そう言い、彼は横に置いた箱から追加の商品を取り出しテーブルに乗せていく。
――・・・途切れない様に沢山持って来たかいがあった。
ヨンは入って来た際に商品棚を確認しており、少なからずほっと胸を撫で下ろしていた。
比較的自社の商品の売れ行きが好評なのは良い事で、彼女が聞いて来るというのはこのクリニックにも影響はあるのかもしれない。
「・・・あまりチェ製薬会社の商品て個人クリニックなどには卸していないんですね?」
ふとウンスが聞いて来てチェヨンは、はいと頷く。
「一応ハイブランドなので、会社が許可した所しか納品しない様決めてあります」
「・・・なのに、うちには良いと?」
「はい」
「・・・怪しまれるかもしれませんね」
「あぁ、それは・・・ですが既に決めていましたので、誰にも文句は言わせません」
「・・・」
フ、と薄く笑った割には瞳は強い光を含んでおり、ウンスはその眼差しに微かに眉を顰めてしまう。
会社の上層部なのだから文句を言わせないという事なのか?
そして何を“決めていた”のか?
――・・・まだ彼の人となりを完全に把握していなかったわね。
気を許した訳では無く、彼が言った『結婚』を前提だなんて以ての外であくまでも仕事上の付き合いだけに留まりたいと思っている。
「・・・それで、ディスプレイの事なんですが・・・」
ウンスが話を切り替えるとチェヨンの表情が仕事用へと変わり、素早く箱からプラスチックの棚を取り出した。
「・・・では、これに商品のシールを貼って頂いて――」
チェヨンの話し方も営業用なのか、
慣れた手付きで棚を組み立て説明を始めていくのだった――。
チェヨンが帰る頃にはスタッフの数人は帰っており、リーダーの子だけがウンスの頼み通りに残っていた。
「では、また何かありましたら連絡を下さい」
「・・・はい」
チェヨンが折り畳んだ空箱を持ち入口から出て行こうとする後ろ姿をウンスが黙って見ていると、彼が突然くるりと身体ごと振り返った。
「な、何?」
思わず身構えてしまうウンスを相変わらず無言で見つめていたチェヨンは少し目を伏せ話し出し、
「・・・許してくれるまで謝っていきます」
「・・・はあ、そうですか」
「お付き合いしたいのは本音で、『結婚』も本音です」
「・・・よく言う」
「・・・俺は、昔からユウンスの事が好きだった」
「あの時からですか?――笑わせる!」
だが、
ウンスが鼻で笑うとチェヨンは少し間を開け、いいやと首を振る。
「小学生の時から」
「はあっ?!」
ウンスは素っ頓狂な声を上げてしまった。
――小学生ー?!何?どういう事?!
同じクラスになった事もあったし、少し遊んだ事もあったが2人が親密になった事は無く友達の1人に過ぎなかった。
何時?何がきっかけで?
わからないウンスは呆けたままチェヨンを見つめるしかなく、だが彼はそれだけ言うと小さく頭を下げクリニックから出て行ってしまった。
フロアで呆然と立ち竦むウンスに残っていたスタッフが近付き大丈夫ですか?と声を掛けて来たが、気の抜けた返事だけを返してしまう。
「それにしてもユ先生、凄い!あのチェヨン氏に告白されましたよ!!」
「告白?」
「ユ先生と結婚したいと言っていたじゃないですか!小学生の頃からって事はユ先生が初恋なのかも?」
「いや、だから、それが一番意味がわからないっ!」
本当にあの男と関わると自分の調子が狂ってしまう。
10年前の嫌な思い出もあの男が発端なのに更に此方に来るのは何なの?!
――付き合いたい?結婚?
だったらあの図書館の事はどう説明するつもりなのか?
「もう、本当にわかんない男だわー!」
驚きで薄まった怒りがぶり返してしまいウンスは声を荒らげていた。
