
契約恋人⑥
「え?チェ製薬会社から?」
「はい、ユ先生にお電話です」
普段メールのやり取りしていた筈が今日に限って何故か電話が掛かって来た。
――この間のやり取りで仲良くなったと勘違いして?いや、まさかね。
その後に送られて来たメール内容は普段と変わらず、業務内容のみだった。彼の何かが変化した様子も無い。
「・・・ユウンスです」
ところが向こうから聞こえた声はチェヨンの低い声では無く、年配の女性のものだった。
『ユウンスさんですか?』
「は、はい・・・え、と」
『ヨンの叔母です。この間お見合いでお会いしましたね』
「あ、お久しぶりです・・・あの、何かご用でしょうか?」
お見合いの席にいた小柄な女性を思い出し、思わず携帯電話だというのに頭を下げてしまった。
『・・・実はユウンスさんにお話したい事がありまして』
「私に?」
『はい。チェ家の事で』
――・・・えー?・・・嫌だ。
チェ家の事だとしたら、あのチェヨンか見合いの話ではないか。
そもそも私が彼と見合いしたのも、チェ家が申し込んで来たという。
いや、あの男が申し込んだのか。
知らなかった親族はさぞびっくりした事だし、いきなり彼が暴走したと思ったに違いない。
ここはキッパリ私は関係無い女なのだと伝えておかなくてはならない。
「あの、誤解しない様お伝えしておきますが、私と彼は何の関係も・・・」
『そうなのですか?』
「え、ええ、まあ。ただ彼と昔同級生だっただけです」
『・・・それでも、お話出来ませんか?』
――・・・何で?
関係無いと伝えた筈なのに、それでも話とは何なのか?
《これ以上チェ家に関わらないで欲しい》
しかし、だったら今言っても良いだろう。
それにこの女性は今自分のクリニックにチェヨンが商品を納品している事を知らないのかもしれない。
――・・・関わらないという事はこの納品も終了かしらね。
惜しいという気持ちがない訳ではなかったが、大元の会社がストップしたのなら彼も諦めるだろう。
その女性と少し会話をし、次の週末会う事で通話を終えた。
「何なのかしら?やっぱりあの男はおかしいとか?」
お見合いの日に組合長が彼女を上層部と言っていた。
家族全員が経営に関わっているのか。
そして、あのチェヨンは一人っ子の為、あの会社の次期社長になる人間。
――・・・そもそもあの人がどう育ったのか聞いてやろうかしら?
若いとはいえ、あの行動は身勝手過ぎるしモラルが欠如している。にもかかわらず、10年経ち飄々と目の前に現れ結婚だの裁判をしても良いだのと言い出した。
関係無い親族を責める事はしないものの、少なからずチェ家の環境だけでも調べてみようとウンスは考えたのだった。
待ち合わせの場所は江南区内にある新しく出来たイタリアンレストランで、話があるからと個室を予約されていた。
昼間なのだからもう少しお値段が手頃な所でも良かったのでは?そう思いながらも店内に入るとスタッフに案内され奥の個室に進んで行き、薄い扉を開けると席にはあの日にいた彼の叔母である女性が1人おり、ウンスを見ると頭を下げて来た。
「あ、こちらこそお久しぶりです!」
ウンスも深く頭を下げ彼女の向かいに座ると店員が来たが、先に注文をしていたのかテーブルに用意を始めていく。
「あの、その前に話を・・・」
「あぁ、そうでしたね。では飲み物だけ先に」
彼の叔母さんは店員に何か言い店員は去って行ったが、直ぐにコーヒーが置かれ再び2人だけの空間になった。
「・・・ユウンスさんの小さい頃を時々見掛けた事があります」
「そ、そうですか」
「ヨンが中学生の頃までは同じ学校でしたよね?」
「はい」
「・・・ふむ、なるほど」
短い質問の後、その女性は頷いている。
――・・・何が?
「・・・そういえば、お電話でヨンとは何も無いと言っていましたが?」
「ええ、付き合っていません」
「そう、ですか・・・」
ウンスの言葉をあまり信じていないのか、女性は丸い目で伺う様にウンスの顔を覗いている。
彼がそれなりな関係になった事はどういう事なのか?とこちらを探る眼差しにウンスはふと視線を逸らしてしまった。
少しの沈黙の後叔母さんは実は、と話を始めたが――。
それはウンスには初耳な上、驚愕するものだった。
「・・・え?あの人婚約者がいるんですか?」
「ええ、実はチェ家は独特で若いうちにチェ家に近い家の所から嫁を娶るというのがありまして。あの子には既に婚約者がおります」
「・・・・・」
内容は知らなかったものばかりでチェ家の事なのだから当たり前だが、“婚約者”の言葉にウンスは引っかかった。
話の中では婚約者を紹介されるのは年齢的にも中学生の時らしい。
・・・と、いう事は、10年前に彼は自分に婚約者がいるとわかっていた。
なのに、あんな事をしたのだ。
話の序盤からウンスのこめかみがひくついたが、気付いたら握っていた紙おしぼりを握り潰しており、
そんな姿のウンスをチラリと横目で見ながら叔母さんは話を進めていく。
「ヨンも大学を卒業し兵役を終え、製薬会社の子会社に勤務しまして。そして10年経ち本社に転勤になりました」
「はあ、そうですか」
ウンスの声に感情が抜けて来て、再びチラリと顔色を伺っている。
それでも話は終わらなかった。
「いくらチェ家の跡取りとはいえ、直ぐ本社に就職は人望も無いし、反感を買うだけですから。それは他の者達も同じなんです」
「他の者?」
「その“婚約者”もです」
「・・・あ、そうですか」
経営理念なのかチェ家の教訓なのか、自分は何を聞かされているのかと半ばしらけてもいた。
結局はあの男は自分に婚約者がいるにもかかわらず、他に欲求不満をぶつけたかったのだ。
自分は不運な女だ。
今更あの男が懺悔し、商品を納品する事でチャラにしようとしている。
やっぱりあの男はおかしい人だったのだわ。
――・・・最悪。
怒りもだがうんざりし、さっさとこの場さえ去りたいとウンスは長いため息を吐き出した。
「もう良いでしょうか?私にそんな話をされても仕方がないのではありませんか?」
感情も無く話し方も冷たいウンスに叔母さんは、ジッとその表情を見つめて来る。
こちらを凝視して来るのはチェ家の癖なのか?
それさえも苛立ち始め、ウンスはまだ何か?と尋ねると、今まで話して来た叔母さんは少し声のトーンを落とし、
「・・・実は、その“婚約者”を私は認めていません」
「はあ」
「いえ、タン家を認めていないと言います」
――婚約者の家はタン家なのか。
興味無いけど。
「でも、それは当人達の問題で回りがとやかく言うのはどうかと思いますが?」
「貴女もそう思いますか?」
「当たり前ではないですか。彼とその婚約者で決める事です」
――私は全く関係無い。
あぁ、イライラする。
叔母さんはふぅと息を吐くき、そうですよねと肯定をするが納得はしていない様だった。
「・・・あの、帰って良いでしょうか?私はもう・・・」
「お待ち下さい」
席から立とうとしたウンスを止め叔母さんは少しお待ちをと声を掛けて来る。
「私はずっと疑問だったんです。高校生の頃まではうるさい位に騒ぐ子だった甥が大学生になった途端ピタリと静かな子になってしまった」
「だから?」
「・・・貴女は何か知っているのでは?」
「私が?知りません」
「・・・数年前に甥が言った事があるんです。『自分はもう決めた』と。てっきり婚約者の事かと思ったが違っていた。寧ろ甥はタン家を海外に追いやる様に裏から手を回していたんです」
「・・・どうしてです?」
「わかりません。しかし、その間甥は経営に集中し会社内の人望を上げていきました」
苦手な営業もして、販売部、製造部、工場などにも頻繁に回っていたという。
チェ製薬会社を継ぐからだと思ったのだが、どうにもヨンの考えが見えない。
それがもう数年もそうだという。
「そんな事・・・本人に聞けば良いじゃないですか?」
自分の親族なのだから。
ウンスの言葉に何が面白いのか叔母さんは薄く目を細め、
「ですよね。だからあの子の話を聞いてみようと思ったんです」
「はい?」
「・・・今、隣りの個室にヨンが来ますので。・・・婚約者と」
「――っ?!っはぁっ・ムグ!」
驚いた声を上げそうになったウンスの口を素早く塞ぎ叔母さんは壁に寄り始めていく。
「私がこんな若者が食するお店など無理ですよ。隣りに甥が予約しましたのでね、調べたんです」
――・・・怖い!
やっぱりこの叔母さんも怖い!
突然の行動はあの時のチェヨンの様でウンスは、白目になりそうになる。
すると、隣り部屋の扉が開いて誰かが入って来た気配があった。
「・・・どうぞ」
低い声はあのチェヨンの声だと直ぐにわかった。
「久しぶりね」
次には明るくそれでも落ち着いた声。
声からも自分に自信を持ちそれでも可憐な性格なのだとわかる。
――・・・私は、何でこんな事しているのか・・・。
欲求不満をぶつけられそうになった自分が、勝ち組になる女性を迎える最低男との仲良い姿を盗み聞きしなければならない。
ガックリと肩を落とすウンスに叔母さんは小さい声を出して来た。
「・・・おかしいのは甥がタン家の娘に今まで連絡していなかったのに、という事なのですがね・・・」
「だから私に言われても―」
「シッ」
――・・・何?何なの?
ジロリと自分の横にいる叔母さんをつい睨んでしまい、しかしふと聞こえて来る声に意識は隣り部屋へと向けて行った――。
「・・・帰って来た早々呼び出してすまない」
「いいのに。でも空港に迎えに来てくれるかもって聞いていたから少し寂しかったわ・・・」
「そう」
「ヨンから連絡なんて今までなかったから、凄いびっくりしちゃって・・・。でも嬉しかった」
「・・・何か飲む?」
「・・・ねぇ?帰っていいですか?」
こんな会話聞いていかないといけないの?
聞いている自分が馬鹿みたい。
ウンスははぁとため息を吐きながら椅子に座って飲みかけのコーヒーを1口飲んだ。
個室とはいえ、随分と壁がこんなに薄いのかと呆れているウンスをチラリと見ながらも耳は壁に向けている。
「もう少しお待ち・・・」
「会話を聞いていると随分と仲良さげじゃないですか。良かったですねぇ・・・」
「・・・」
それが一番おかしい。
この間タン家が連絡してきた時も、
「本当にしつこいな」
相変わらず煩わしそうにヨンは言っていた。
なのに、あの娘に連絡をし食事の予約までしていたのだ。
あの娘もだがタン家は危険だ。
甥の親共は上手く唆(そそのか)されているが、数年前からあの家はチェ製薬会社の株を買い始めている。
まだ筆頭にはなっていないが、本国に帰って来たら更に手を回すつもりなのだ。
ヨンもそれには気付いていると思っていた。
だからあのタン家を海外に追いやって関わりも持たない様にしていたのだと思っていたのだが――。
感情を出さなくなってからヨンの考えが全くわからない。
あの子の意思でユ家とお見合いをすると言われ、漸くわかると思ったのに・・・。
ふと考えに意識が取られ別な方向を見ていると肩を触られ、ウンスが指で壁を差している。
「・・・何か、様子がおかしいみたいなんですが・・・」
「ん?」
何時の間にかウンスの方が悠長に飲み物を飲みながらだが、壁に身体を寄せ隣りの話を聞いており同じに壁側の椅子に座って耳を傾けると、数年ぶりに会い嬉しそうに話すメヒと淡々と返事を返すヨンの会話が続いているのだと思っていたが、徐々に雰囲気が変わっている様だった。
「・・・どうして連絡しても返事をくれなかったの?」
「する意味は無いかと」
「私達婚約者同士よね?」
「そう言われて貴女はどう思いましたか?」
「私は嬉しかったわ!」
「そう、俺は疑問しか浮かびませんでしたが・・―」
「・・・うん。想像はついたがな」
「仲は良くないんですか?」
「良くないも何も・・・。付き合ってもいないかと」
ヨンが自分から見合いをしたいと言って来たのはウンスだけ。
「・・・再度お尋ねしますが、本当にヨンと何も?」
「だから、何も無いって――」
「今日言いたかったのは、貴女とは今後付き合いも結婚も無い事を伝えたかったんです」
「でも、家同士で了承されている事よ」
「だとしても愛の無い夫婦生活なんてきっと辛いだけですよ?」
「そんな・・・。私はずっとヨンが好きよ、ヨンは・・・」
「――俺にはずっと好きな人がいるんだ」
「――ッ?!」
グッと口に含んだコーヒーを吹きそうになり、ウンスは口を強く閉じた。横にいる彼の叔母さんも聞こえた声にチラリとウンスに視線を送っている。
――・・・何言ってんの?
自分の感情を言おうが親の決めた縁談をそう簡単に破棄出来るなんて・・・。
「・・・そして、俺はその女性を好き過ぎて無理矢理襲った事がある」
ブーーーッ!!
耐えていたコーヒーを思い切り吹き出した。
馬鹿なの?
あの男は馬鹿なのか?!
口元を必死に紙ナプキンで拭いているウンスを叔母さんは唖然と見ているが敢えて無視するしかない。
「・・・え?・・・え?甥の諦め切れなかったとは、そういう・・・?」
年配女性の顔色が蒼白になっていく様は可哀想にも見えるが、事実な為言葉が出て来ず突然がばりと頭を下げ彼女が謝罪をして来た事に、ウンスは慌てて頭を上げさせた。
「甥がとんでもない事を・・・本当に申し訳ない・・・」
「あの、頭を上げて下さい!叔母様が謝る事はありません!」
「いえ、チェ家の者として何と恥知らずなのか・・・」
――・・・あ、そこはちゃんとわかっているのか。
だとしたら、やはり問題はあの男か。
「・・・・はい?」
向こうの部屋ではチェヨンの言葉に微妙な空気に変わったのか、女性の戸惑う声が聞こえている。
「そしていまだに諦めていない。それは変わらない」
――・・・いやいやいや、部屋の空気が氷点下並に下がってきているわよ!
営業マンなんでしょう?そこは気付きなさい!
だが、彼の異常発言にもその女性は何とか対応しようとしている。
「そ、そう。でも結局はその人は愛人にしか出来ないわよ?」
自分と結ばれるのは決定なのだと訴えて来る女性の言葉にも彼は、相変わらずの返事しか返さない。
「それは無い」
「何が?」
「俺はその女性を妻にすると決めている。だから彼女を襲ったとも――」
ダンッ!!
ウンスは隣の部屋を挟んでいる壁を思い切り殴りつけていた。
「何言ってんのよ!ふざけないでよ!!」
10年前のあれはこの男の計画だったとでも言うつもりなのか。
そんな事を今聞いても許す訳が無い。
やり方が最低過ぎる!
壁を叩かれた為か隣の部屋が静かになり、暫くして慌しい足音が外から聞こえウンスがいる部屋の前で止まった。
「・・・・ユウンス、いるのか?」
少なからず驚いた声なのはここにウンスがいるとは思っていなかったのだろう。
「本当に訴えるわよ?!」
「だから、訴えていい!」
「あ、わかったわ!私が訴える事で婚約を破棄にしようと企んだのね?その考えが最低って言っているのよ!」
「・・・わかっている」
「女性を何だと思っているの?物じゃないのよ!」
あれから自分はトラウマになり、華やかな青春時代を過ごす事は出来なかった。
全てはチェヨンのせいだ。
「帰ります、失礼しました」
ギリギリと歯を食い縛りそれでも関係無い叔母さんには礼を言い、部屋の扉を開けると正面にはぴしりとスーツを着たチェヨンの姿があった。
「あぁ、チェ製薬会社のネームバリューは凄いですからね、納品は続けますよ。
でも、二度と私に近付かないで!」
「ユウンス」
「名前も呼ばないでよ!馬鹿じゃないの!」
ウンスはチェヨンの身体を避け廊下に出ると、
足音を荒く鳴らせレストランを出て行った――。
⑦に続く
△△△△△△
ウンスが怒るのは当たり👉
バレたらそうなる。
・・・字間違え、云々で少し修正しました(^_^;)すみません。
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