
契約恋人⑬
「多分あの女性、チェヨンの事が好きだったのだと思うけど・・・。
数年間待つって中々大変だと思うし」
ウンスの言葉に何故かヨンは黙ってしまい、横にいるウンスを見つめている。
そして、その問いに答えたのは彼では無く叔母だった。
「ひたすらヨンだけを待っていた・・・という訳ではなさそうでしたが」
「・・・あ、そうなんですか?」
「アン・ジェウクがメヒに従っていたのも、過去に2人の間に何かあった様ですから」
「は、はぁ、なるほど」
それを聞きながらヨンは大して興味は無かったアン氏を思い出していた。
ソウル支社にいた時に既に結婚していた彼はよく妻の自慢話をしており良い人生を歩んでいる様に見えたのだが、実はタン家に色々と使われていたのだろうか?
「とはいえ、彼はユウンスの所にも行っていたのだから既に危険な人物になっていた」
「まぁ・・・ねぇ」
「そうだね、それに入社した時からタン家の回し者だったのなら会社としては対処しなくてはならないので・・・では、私は帰りますが、ウンスさんはどうしますか?」
――ソウル市までお送り致しますが。
「え、いえ、今日は実家に帰って明日帰りますので」
「そうですか。突然お呼びして本当に申し訳ございませんでした」
「いいえ・・・」
叔母さんはウンスに頭を下げ、それからヨンに向き直った。
「ウンスさんのクリニックには既に連絡している、無理やり連れて来た訳無いからな。ウンスさんのタクシー代はヨンお主が払うのだぞ?」
「わかってます」
少し話し叔母さんはウンス達にそれではと秘書と共にレストランを去って行った。
レストラン内には他の客もまばらになり始めており、一気に減ったウンス達のテーブルは静かな空気が漂っていた。
「・・・私を呼んだ意味って何だと思う?」
「多分、俺の恋人だと叔母さんは言うつもりだったんじゃないか?」
族譜の事を既に知っている叔母がウンスを認めて連れて来たとなると、株の事もありタン家は強気に出れず不利になるだろう。その為にヨンとの修羅場を見ているにも関わらずウンスを連れて来るあたり叔母の強引さが出ている。
「すまない、来て貰ったのに・・・」
「来てしまったものは仕方ないわ」
そう会話をし、2人もレストランを出たのだった――。
しかし、
ウンスが実家に電話を掛けた途端慌てた母親と父親が話し出して来た。
「ウンス、チェ家とのお見合いはどうなったの?!」
「へ?」
「大変なのよ!組合長さんから聞いたんだけど、チェヨン君には既に婚約者がいるって言ってて・・・私達そんな事知らなかったから。でもあちらのお家から言って来た事だし。私達が訴えられるとかないわよね?」
「・・・あー、それはもう大丈夫だから。
そうなんだぁ、あの、仕事の電話が入ったから切るね?」
まだ電話の向こうで何かと騒ぐ両親の声を無視し、ウンスは急いで通話を閉じた。
帰ると言っていたウンスが何も言わず切った事に、近くにいたヨンが不思議に見ているとスマホをバッグに入れたウンスはそのまま受付フロントに向かって行った。
「ユウンス?」
「・・・今日はここに止まって明日帰るわ」
「えっ?」
「チェ家の婚約者話を聞いたのか騒ぎ出しているし、今帰ると質問攻めになるのが目に見えているから」
「そう、なのか?」
「・・・私ももう30なのよ。ユ家にだって色々あるんだから」
「・・・あー」
似たような光景が身に覚えがあるのかヨンは気の抜けた返事をし、フロントに向かうウンスの後を付いて行く。
ユ家は去年から農場を拡大し、他の作物も育て始めていた。一年中畑仕事で忙しい両親の手伝いが出来ないウンスはその代わり決まった時期しか帰らないと決めている。
「まあ、私も一人娘な訳で・・・。
心配してくれるのはありがたいんだけどね」
だから、何となくだがウンスはわかっていた。
チェ家からの見合い話に両親は驚きながらも飛び上がる程に嬉しかったに違いない。
農家の娘がチェ家の様な名家に嫁げるかもしれない。
そんなつもりで育てた訳では無いが、1番の幸せは子供が苦労無い生活を過ごせる事。
大学費用を文句も言わず出してくれた両親の優しさはずっとわかっていたし、だからこそそれを無駄にしたくないと何時も考えている。
とはいえ、両親の中にはウンスが結婚し子供を授かって欲しいとの思いもある訳で、最近ではその質問が多くなっていたのだ。
「・・・じゃあ、俺も一緒に行って事情を」
「何て言うつもり?まさか、婚約破棄をしたので次はウンスさんと婚約を結びたいとでも?」
「・・・」
「そこで黙らない。本当に殴るわよ?」
ヨンを睨みながらフロントに近付いたウンスはフロントスタッフに部屋を1つ取りたいと言うが、
「はい、お部屋は・・・?」
スタッフはチラリとウンスの隣りにいるヨンを見ている。
ヨンは少し黙っていたが「あ」と声を出してウンスを見てしまい、ウンスもスタッフの目線が何を問うているのか理解した。
「止めてよ!一人よ。でもベッドはダブルで―」
「じゃあ、それを2部屋お願いします!」
「チェヨンは自宅に帰りなさい!」
「嫌だ」
「開けないし、入れないからね!」
「は、はい、わかりました、2部屋ですね?」
2人の希望通りに部屋のキーをそれぞれ貰うと、さっさと歩いて行くウンスの後をヨンが再び追いかけエレベーター前に立ったウンスは隣りを見上げ睨む。
「・・・触らないって」
「知ってるわよ!」
降りて来たエレベーターに乗り込んだ2人は間を開けて立ちそのまま扉は閉まっていき、
フロントスタッフはポカンとその光景を見ていたが、恋人同士だと思っていた2人の様子に興味が湧いたらしく、
「・・・えぇ?何今の?」
「さあ?途中で痴話喧嘩でも始まったんじゃないの?」
「あ、わかる、そういう時あるよねー!今の男性凄いイケメンだし、色々あるのかも?」
楽しそうにスタッフ達はヨン達の話を始め様としたが、
受付に来たお客に気付き慌てて本来の仕事へと切り替えていった――。
「・・・ユウンス」
「絶対に部屋には入れさせないから」
「そうじゃなく、夕飯はどうするんだ?さっきのレストランにまた行くのか?」
「あ」
「外にも店はあるが・・・」
「・・・いえ、レストランでいいわ」
騒いだ場所に行くのは何とも気が引けるが、自分も朝早くソウル市から車に乗せられ大邱市に来ておりほとほと疲れていた。
「そうか。・・・なら、そこでもいい・・・話を聞いてくれないか?」
「話?」
「・・・まあ、昔の話も・・・今の自分の事も」
ウンスが少し離れた壁に立つヨンを見ると彼はジッと閉まった扉を見つめていたが、ふいに顔を向けて来た。
そうされるとまだ一瞬だけ身体が強ばるのは、彼と密室にいるからか。
しかし、彼は先程の席で自らの体質を暴露していた。
彼は男としての性欲求が乏しいという。
どうやら天は彼に二物も三物も与え過ぎて何かを忘れたのかもしれない。
でも完壁人間などいないとウンスは常々考えている。
天才でも何かは欠如しているし、金持ちだって全員が人望がある訳でも無い。
――まぁまぁ、そんな事もあるわよね。
・・・あるかしら?
それよりも、だったらあの時の行動は彼の芝居が入っていたという事であり、再びウンスが怒って良い内容でもある。
彼の体質など自分には関係無いが、彼と同じく何の華やかな色恋も無いままのウンスの人生。
まさにとばっちりだ。
言いたい愚痴は山ほどあるが、だからといって周囲に聞かせる内容でも無い。
ウンスがどう返して良いかわからず困惑している間に部屋がある階に着き、エレベーターを出た2人は歩き出したが、
「あ、ここなら良いかも」
「ん?」
部屋に向かう通りにソファーが幾つかがあり、壁は夜景が見えやすい様に大きなガラス張りになった小さな談話スペースにウンスは頷く。
「食事の後でここで話をしましょう」
「ああ、わかった」
とりあえず2人はそう約束をし、
予約した部屋へとそれぞれ荷物を置きに入って行った――。
一旦荷物を置いたウンスとヨンは少し間の後、先程入ったレストランに再び入って行った。
その時間になると宿泊客が多いのか昼間とはまた違う雰囲気になっており、特に予約もしていなかった2人だった為空いているテーブルに座った。
昼間に座った場所は窓側の夜景がよく見える席だったのか、そちら側に座っている客達は頻繁に外を眺め談笑している。
仲良い夫婦やカップル、家族などはきっと楽しむ為にホテルを利用し、食事を味わっているのだろう。
そう考えると、自分とヨンの姿はその中に紛れてもおかしくはない。無いが、2人の気持ちが全く違うのだから、何とも周囲の人々に申し訳ない気持ちになるとウンスは食事しながらも思っていた。
「うん、でもこのステーキは美味しいわ」
そんな事を考えながらも正面のヨンなど気にせずもぐもぐと口を動かしているウンスを、ワインを飲み時々置かれた食事を食べながらヨンは見ていた。
どうやらよく話すのは仕事時だけで、普段は自ら話す方では無いヨンは食べながら、ポツリポツリと話しウンスがそれに短い返事をするだけだった。
「・・・タン家の昔の女性は、本当にチェ家に来たくなくて亡くなったのだろうか?」
「どうかしらねぇ?高麗末期でしょう?他に事情があったのかもしれないし・・・」
「メヒはそういうタイプでは無く、寧ろ逆で・・・それでもあまりあの女性は・・・」
そう言い伏せていた目をチラリとウンスに向けて来て、思わず眉を顰めてしまう。
次の言葉を聞きたくなくてウンスはごちそうさまと言いグラスの残ったワインを飲み干すと席を立ち、ヨンは既に食べ終わっていたのか皿は無くウンスと一緒に立ち上がった。
「貴方って意外と少食なのね」
「・・・いや、普通に1人前食べたのだが?」
その間に追加を頼んだのはウンスであり、ヨンは途中から大丈夫だろうか?と思いながら眺めていた。
「わ、私お昼も食べていなかったんだから!」
「なるほど」
秘書の車が真っ直ぐこのホテルまで来た事で、ウンスは何も飲まず食わず状態で夜まで待っていたと文句を言い少しは機嫌が良くなったとも話す。
「なので、チェヨンの話も聞いてあげる」
「・・・ありがとう」
ウンスの口角を上げた笑みを見て、
ヨンは漸く安心した自分がいると苦笑をしたのだった――。
「・・・まあ、はっきり言ってあの図書館の時は既に自分の身体はそんな状態だった訳で、・・・だから、あの時はずっとユウンスに今、逃げてくれと・・・あ、はい、すみませんでした」
「ゴホン!腹立つけど、仕方ないわね。カウンセリングもする私から見れば確実に精神的なものなんじゃないかしら?」
「そうだな」
その後も他の女性が近付いて来ても、結局は何も感じる訳でも無く触りたいとも思った事が無かったという。
“何人恋人を作ろうがお前の婚約者は既にいる”と言われ、何かが崩れた気がした。
自分の人生は全部親やチェ家のものなのか?と絶望に落ちそうになり何かにしがみついてでも違う人生が欲しかったのも事実で、ウンスを引き摺り込んだ自覚とずる賢い考えも隅にはあった。
「・・・ごめん、俺は犯罪者になってでも違う人生になりたかったのかもしれない」
「全く、本当に迷惑な話ね」
「ああ」
レストランから出て談話スペースに来た2人はコーヒーを買い向かい合ってチェヨンの懺悔の様に吐く言葉をウンスに話していた。
それを聞き考えてしまうのは、医師なのか同級生としての立場になれば良いのかわからないと思いながらもウンスはついつい言葉を掛けてしまう。
「チェヨンが治したいと思うならリハビリをすれば良いし、諦めているならチェ家が続く何かを考えるべきだわ」
「・・・リハビリ」
男女の何かを想像すると特に何も無かった。
でもウンスと夫婦になりたいと考えたのは確か。
ではウンスと夫婦になった時はどうなのか?と考えた時ふと思い出した事があって、
ウンスと甘い夫婦生活というよりも実家の近くに家を買い、庭先でウンスと飼い犬と楽しく水撒きをしている絵が頭によく浮かんでいたのだ。
――許されるならば、穏やかな時をウンスと過ごしたいと考えていたのだろうか?
「・・・縁側に奥さんと犬と座って庭を見たいとは思う」
「・・・縁側。随分と長い先の未来ねぇ」
「いや、若い時からそういう夫婦になりたいと」
「ふーん、平和で良いんじゃないの?」
「そうかな?」
「先ずは女性と話す機会を作るとか、そういう懇親会に行くとか・・・」
「え、何故?」
「え?」
「いや、だから俺はユウンスしか好きじゃないと・・・」
「・・・・・」
――・・・そうだった。
この男、頑として自分を好きだからと言っていたじゃない。
まずい。
何時の間にか、医者の立場でアドバイス言ってしまったわ。
ウンスはさてと、と腰を上げた。
「・・・では、チェヨンはリハビリをするという事で。頑張ってねー」
「いやいや、ユウンス」
「疲れたから寝ようかな」
「話は終わっていないぞ。
ユウンスはリハビリに協力してくれるのか?」
そそくさと歩き出したウンスを早足でヨンも追い掛け待ってと手を掴む。
「ちょっ、止めてよ!」
「ほら」
「は?」
「ユウンスの手は握りたいと思うし、綺麗だと思うんだ」
「っ?!」
――・・・何言ってんの、この男。
「多分、ユウンスの肌を見たからだと思う。それが頭にあったから、他が残らなかったし興味も無かった」
あの誰もいない静かな空間と張り詰めた空気と2人だけの普段よりも早い息遣い。
それで彼が興奮したとしたら、忘れずにいるのは当たり前だ。
だが、ウンスは違う。
背後からチェヨンがウンスの項に吐く吐息も這わせてきた手の動きもまだ頭に残り、思い出す度にざわざわと背筋が粟立ってしまいあの時にあったのは恐怖だった。
10年前の怒りのままに罵倒し殴りたい気持ち程では無くなったが許している訳では無い。
だが、彼は身体に異常をきたす程の精神状態だったと知ってしまうと罵詈雑言を浴びせるのも正解と言えない気がした。
――自分は、違う状態だったら彼を受け入れただろうか?
本来の超が付く程の真面目人間なのを早く教えてくれれば良かったのに・・・。
――・・・不器用過ぎる。
「・・・私の部屋には入れないから」
「もう少し話をしたい。あぁ、部屋は・・・鍵は掛けない」
「・・・1時間だけね」
「お願いします」
ホッと安堵の息を吐いたヨンは自分の部屋にウンスを促し連れて行くが、
握った手を離していなかった事をお互い気付いたのは部屋に入ってからだった――。
⑭に続く
△△△△△△
ここまで続くとは・・・。
鍵は掛けないからねー。
でも頑張るんだよー|( ̄3 ̄)|ヨン~
下文を少し足しまして遅くなりました💦🙇♀️
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