
心、境界線⑥
彼の行動に呆れた者達は彼に話し掛ける事も無くなり、女性達もまた失望したのか彼で盛り上がる事も少なくなっていき、アン医師は孤立するヨンを心配したが彼は変わりなく普通に仕事をしていた。
そして、アン医師は女性に謝罪して回るヨンの様子を見て気付いた事があった。
それは付き合っていた女性は全て病院のスタッフ達だけで他職業は一人もいなかったのだ。
これをイ医師に尋ねると、さも当たり前の様に話し、
「だから、それさえも彼は気付いていなかったのですよ」
何時もの淡々とした口調で返して来た。
「それはどういう意味だと思います?」
「それは、恋人というか、好き・・・」
その時恋愛感情があったかは不明だが、彼女といて居心地が良かった。だから同じと考えて、同業者と付き合ったが他は全く合わなかったという事なのだろう。
そもそもユウンスを彼から誘ったのなら、確実好みのタイプだったのだ。ただ気付くのが遅過ぎた。
「・・・数年前の話ですからね」
ユウンスがこの病院にいたのも、彼と付き合っていたのも――。
「彼女がどう思っているのかは・・・」
再びため息を吐いたイ医師だったが、ふと顔を上げると、
「・・・前を向いているのはユ先生かもしれないな」
「・・・?」
イ医師の表情にアン医師は何故か嫌な予感しか感じなかった――。
「あそこのパイ美味しかったな。コーヒーも苦味が無く私には合っているかも」
ヤン医師と買いに行ってから数日後、休みになったウンスは再び公園近くのコーヒーショップに向かっていた。
最近はずっと外に出ていると思う。
きっと長年腹の中に収めていた不満を漸くぶち撒ける事が出来たからだ。
清々しい。
・・・に、なる筈だったのに。
一人で何処かに入って食事をする事も無く、街中をぶらぶらしては持ち帰りの食事を買って家で食べている。いい加減そんな生活も止めなければと思い春から考えていた事をヤン医師に相談すると最初は驚いた彼だったが、協力すると微笑んでくれた。
――けして私も逃げている訳では無い。
しかし、心の奥ではまだ割り切れない何かがあったのかもしれない。
久しぶりにヨンに再会し、ぶり返した怒りを何とか耐えたのに再び会った時の修羅場に巻き込まれ一気に頭に熱が上がった。
彼は自分の都合良い様に捉え、また同じ事になっているのか。
だが、彼女達もまた既に自分達がそんな関係だった事を知っていた。
自分も彼も周囲に話さなかったのは羨ましがられる程の関係では無かったから。
何時でも切れる関係だったからだ。
・・・でも。
と思う時はある。
あの時2人で話し合ったのなら私達はどう進んでいたのだろうか?
・・・まだ私は続ける気はあったのか?
「・・・ま、今考えてもね」
これから先の事のが自分には重要なのだと切り替えていると、鞄の中でスマホが振動し手に取って耳に当てた。
『・・・ユ先生?』
「ヤン先生?」
突然のヤン医師の電話に驚いたが、彼もまた休日で外出しているとの事だった。
『あぁ、あの公園にいるのですか?今から向かいますのでお茶でもしませんか?』
男性から誘われるだなんてここ数年あっただろうか?
断る理由も無くウンスは素直に了承した。
「ありがとうございます!では・・」
そう言いウンスは公園の目印を探そうと周辺を見渡したが、
突然、
脱兎の如く近くの木の後ろに隠れた。
正に五十メートル先からチェヨンとこの間とは違う女性が2人並んで此方に歩いて来る。
遠目でもわかる彼の大きな体躯は何時もよりラフな格好とはいえ、人気の少ない公園内では一際目を引いてしまう。
「ウソッ、ちょっと待ってよ!」
慌てて木々を伝いベンチの後ろに身体を隠し、2人が通り過ぎるのを口を抑えて待っていると、まだ通話中のヤン医師から心配そうな声が聞こえて来た。
『どうしました?』
「あ、いえ、少し・・・」
小声で返しながら近付く足音と会話にウンスは焦ったが、何故か動揺もしていた。
どうして隠れてしまったのか?
クールな女性の様に、『あら、また会ったわね』と言い去れば良かった。
隠れるなんてまるで自分も後ろめたい事がある様ではないか。
――私は無いわよ、・・・絶対に。
「ねぇチェ先生、兎に角話を聞いて欲しいの」
「ごめん、もう貴女にも話したが誰でも良いとは思っていないので」
「待って!」
2人が近付くとその会話でこの間と似た様子にウンスは再び辟易となったが、どうやら少し状況が変わっている事にも気が付いた。
歩いているヨンの後を追って女性が付いて来ているらしいくデート中で無いとわかったが、だからといってここから動く事も出来ず今だに屈んでいる自分が情けない。
『今向かってますが大丈夫ですか?』
「あ、いえ、違うんです・・・」
話さないウンスに徐々にヤン医師も心配になったらしい、急いで向かうと言い通話は切れてしまった。
離れ様と動こうとしていたウンスだったが、今の2人の会話に何故か引っ掛かりを感じ耳を傾けてしまう。
――誰でもいい?
その言葉に自分も含まれていたのだと思うと、あの言葉だけでは足りない気がする。
もっと罵倒すれば良かったか?
しかし、女性はヨンの言葉にも負けていないのか、
「ねえ、私は別に気にしていないわよ?何を思っていてもチェ先生の傍にいるわ」
優しく寄り添う様な女性の声に思わずチラリと覗いてしまうと振り返ったヨンは彼女に向き、何と2人はベンチの近くで止まってしまった。
――ええっ?!そんな!
これでは自分が必然的に彼らの話を聞いている姿に見られてしまう。
・・・こんな所を見つかったらあまりにも恥ずかし過ぎるじゃない。
更に頭を下げ後ろに退けようと足を動かしていると、黙っていたヨンが漸く口を開けた。
・・・が。
「いても代わりにはなれないし、そのうち時間が勿体ないと貴女も思うでしょう」
「?!」
女性の驚く空気を感じたが、直球過ぎるヨンの言葉にウンスも驚いてしまう。
どうやらヨンの中には想う誰かがいるらしい。
代わりに女性と付き合ってもお互い辛いだけだと彼は話す。
「・・・で、でも、その人はチェ先生に振り向くの?」
「多分もう無理だと」
「慰める訳じゃないけど、私ならチェ先生の傍にいてあげれると思うの。辛い思い出も何時かは・・・」
「辛い?辛いと思った事は無くて・・・ただ俺が悪かっただけなので」
彼が言うには軽薄な態度で本当に好きな人まで離れてしまったという。だが今になって改めても既に遅かったらしい。
――当たり前だと思うけど。
屈みながらウンスは頷く。
「でももうその女性とやり直せないなら意味は無いじゃない?」
だからチェ先生も前を見てと女性は話す。
女性は何とかヨンとよりを戻したいのだろうと会話で見て取れた。
「・・・もしかしたら彼女は違う恋人がいるかもな。でも自分は違う人ではもう無理みたいだ」
結局他人と付き合っても、何かが違うと違和感と煩わしい気持ちが止まない。その女性と一緒の時だけ本当の自分が出せれたし、寛ぐ事が出来た。
「・・・その時にちゃんと言えば良かったとずっと後悔している。彼女のどんな姿だって見てて楽しかった、嫌な気持ちなんてなっていなかったと。“何か言いたい事あるなら言って”と言ったのも彼女だけだった。
だがどうやらこんな俺をずっと嫌っていたらしい、あの時にそう伝えれば去らなかったのかな・・・」
・・・・・・
・・・・
「・・・・・・・ん?」
ウンスは隠れたまま首を傾げる。
「・・・誰かが傍にいるかもしれないと知っただけで落ち着かないし、辛いのは、・・・まだ彼女が好きなんだと」
だから、違う女性を想いながら貴女と付き合って女性としてどう感じる?
そう問われ女性は無言になった。
暫くの沈黙の後女性は早足でヨンの元から去って行ったが去り際、
「チェ先生、きっと今更自覚しても遅いと思うわ」
と吐き捨てていた。
「・・・知ってるよ」
ヨンの声はおそらく女性には届かなかっただろう。
しかし、
ベンチに隠れているウンスには全てが聞こえている。
顔を伏せたまま頭に手を上げ外だというのに癖でくしゃくしゃと掻き回していた。
いやいや、違う。
きっと数ある恋人達の誰かの事だろう。
だが、ヨンの言葉に身に覚えがあるものもある。
何時も黙って見て来るヨンに何かあるのかと“言って”と言ってもいた。
もう4~5年前の事で自分で無い可能性もあるのに――。
「何も言わなかったじゃない。何時も『別に何も無い』と言って・・・」
私の事をどう思っているの?
ただの身体だけの関係で良いと思っているの?
聞けばきっと彼は答えただろう。
その答えを自分は聞きたかったの?
嫌だから、
聞いて自分が情けなくなりたくないから、
先に振った―――のだわ。
Trrrrr・・・。
「ッ?!」
こんなタイミングで。
きっとヤン医師だ。
公園の近くまで来て掛けて来たのだろう。
急いでスマホを取り出し。
・・・何故か通話を切ってしまった。
ゴクリと唾を嚥下する。
スマホをポケットにしまいウンスはベンチからそっと顔を覗かせると――。
「ヒッ!」
予想はしていた。
性格上何かと目敏く気付く事もこの間再会し
変わっていないと感じていたのだから。
ベンチに背中を見せていたヨンは肩越しに顔だけをウンス側へと振り向き、
「・・・・・ウンス?」
隠れているとは想像もしていなかったのか、
目を大きく開き此方を凝視したのだった――。
⑦に続く
△△△△△△
鉢合わせ・・・。😳