『イマジナリーフレンド』
私は小さい頃からそんな者が見えていたらしい。
らしいというのは、まだ5歳だった私はそれが何なのかわからず両親に友達が出来たと嬉しそうに話し、両親も疑問に思わず、『良かったね』と笑顔だった事を今でも覚えているからだ。
だが、1週間程経った頃、その友達の姿を見ないと両親は不思議がり私に尋ねて来た。
『その子はどこの子なんだい?』
『わかんない。時々庭にいるよ』
『庭?この家のかい?』
『うん』
幼稚園から帰ってからは家の中にいる娘を呼びに来たのだろうか?一人で?
両親は顔を見合わせる。
それというのも、この農場は畑に囲まれており隣家とは距離があるのだが、その距離を小さい子が歩いて来る姿を見た事が無い。
『どんな子だい?』
『んー、男の子よ』
その言葉に更に困惑した両親は心配そうに見て来て、
『ウンスや、この辺りに男の子は住んでいないよ?見た事も無いんだが・・・』
『え?でも・・・』
2日に一度は庭先に来ていたではないか?
近くには両親もいて畑仕事をしていた筈だったのだが・・・。
『・・・ぇー』
そこで漸く、その男の子は自分以外は見えないのだと気付いたのだった。
だが、そう自覚しても時々その男の子は見えている為、庭にその子が現れる度につい話し掛けてしまう。
『君って、他の人には見えないんだって』
『その意味がわからないな』
『幽霊なの?』
『勝手に死人にするな。俺は生きている』
『何処に住んでるの?』
『向こうの村』
『そこから来ているの?』
『ああ』
その子の話す説明は曖昧で、当時の自分は全く理解出来ていなかった。だが、その子は自分と同じ歳だというのに大人びいた言葉を使い、それもウンスには珍しさと不思議さで色々と聞いていたのだが沢山聞いた割には会話を纏め記憶に残った事といえば――。
『名前はチェヨン』
『お父さんは偉い人、でもお母さんは具合が良くない』
『何時も剣を振り回すか勉強をしている。ここには散歩に来た』
と、いう事だけだった。
会う度噛み合わない会話をしていたが、それでもウンスは同年代と会話が出来るというものに浮かれていたのだが・・・。
そんなある日、
その男の子はぱったりと姿を見せなくなってしまった――。
最初は寂しかったが、その頃になるとウンスも小学校で出来た新しい友達がいるのだからと来なくなった男の子の事を気にしなくなり、半年後にはすっかり頭の中から存在は無くなっていた。
――・・・そんな事もあったわね。
高校生になったばかりのウンスはふとそんな事を思い出した。
田舎の中でもそれなりに進学校と呼ばれるその高校に入学したのだが、暫くして配られた志望大学記入用紙に悩みながら自宅に向かいウンスは歩いていた。
行きたい場所は決めている。
しかし、それを両親にはまだ言えなかった。
ため息を吐き出し、見えてきた家に視線を向けると・・・。
「あれ?」
家の隣りにある畑の真ん中に誰かが立っているが、それが両親ではない事はわかり――。
何処かであの姿を見た事があった様な・・・。
「あ」
――あの時の男の子だ!
まさか、また自分がイマジナリーフレンドを出す状態になったのかとショックを受けていると、ウンスの様に少年へと成長した彼が視線に気付き顔を向けて来た。
「あ」
彼もウンスを見て目を丸くし声を上げたが、そのまま辺りを見渡し始めた。
「え、と、チェヨンさん?」
「あ?ああ・・・」
「そこウチの畑よ、何してんの?」
「へ?」
ハッと下を見た彼は、周囲を見渡しながら不思議そうな顔付きのまま畑から出て来たが、
相変わらず服装は寺の修行僧なのか時代錯誤の格好をしている。
・・・私って、時代劇の見すぎ?
両親が好きだという時代劇を一緒に見ているウンスは、イマジナリーフレンドまでもがそんな衣装になったのかと近付いて来る少年を眺めていると、彼はジロジロと足から頭まで目を通し眉を顰め顔を凝視して来た。
「お前は、ユウンス、だったか?」
あの小さくて可愛い男の子が、こんなにがっしりした身体付きになり男らしい顔付きになるなんて・・・。
・・・うーん、でも。
ウンスもまた昔の面影が全く無いチェヨンを唖然と見上げていたが、チェヨンは腕を組み始める。
「確か昼寝をしていた筈だったんだがな。・・・変だな」
「昼寝もするんだ・・・」
・・・おかしなイマジナリーフレンドだ。
「は?しちゃ悪いか?」
「いいえ」
特にキャラクターに拘ってはいなかった筈だとウンスは肩を竦めると、家に向かおうとしたが足を止め振り返った。
「チェヨンさん、家に来る?」
「・・・いいのか?」
微妙に焦り顔になった彼を見て、何故かウンスは可笑しいと笑ってしまう。
「だって貴方、お父さん達には見えないみたいだから入っても問題にならないでしょう?」
「そう、なのか?」
それが彼には理解不能だったのだろう、
更に首を傾げ険しい顔になったのだった――。
家の中は両親がまだ帰って来ていないのか、薄暗く室内は静まり返っていた。
田舎らしく広さだけが取り柄の古い家に、とうとう自分はイマジナリーフレンドを上がらせてしまったのだ。
・・・悩んでいたのは確かなんだけど、そこまで疲れていたかしら?
確かに友達や両親には相談出来ない悩みだが、一人で解決出来ない事だったのかとウンスは持っていた鞄をリビングの隅に置き、チェヨンをソファーに座らせ飲み物を用意しキッチンから戻って来ると何故かチェヨンはソファーに座らず立っている。
「座らないの?」
「いや、柔らか過ぎて・・・中は鳥の羽根か?」
「いいえ、普通のマットだけど・・・?」
「?」
再びきょとんとした眼差しになったチェヨンを無視し、ウンスが向かいのソファーに座りそれを見ていたチェヨンは漸く同じ様に向かいに座ったが、
今度は目の前のお茶が入ったグラスを黙って見つめている。
「お茶よ」
「ああ」
返事はしたもののどうやら飲む気は無いらしく、視線を部屋内に向け天井や壁を見渡している。
「イマジナリーフレンドというのはね・・・」
ウンスの声に顔を動かしていたチェヨンは素早く視線を戻し険しい顔で此方を見て来たが、それでもウンスは話を続ける。
「イマジナリーフレンドとは、小さい子供に見られる症状で空想上の人物をさも実際にいるかの様に接してしまう状態なんだって」
「・・・」
「大抵は小さいうちにその症状は無くなるらしいのだけど、偶に10歳を超えてもなる子もいるらしいの」
「それで?」
「そういう子は発想力が高いか、心身的に不安定な状態か・・・という」
「今がその状態だと?」
ウンスの話を聞いていたチェヨンが目を薄め少し小馬鹿にした眼差しを向けて来るのを、ウンスは鼻で笑い返した。
「馬鹿にしてるみたいだけど、貴方は私のイマジナリーフレンドという事は私の空想上の人物て事なのよ?」
ウンスの発言に小馬鹿にした表情だったヨンは意外だと言わんばかりに片眉を上げる。
「何故俺が空想上なんだ?それはお前ではないのか?」
「は?」
「俺は事実生きている。ここは俺の夢の中なのだろう?」
「何言ってんの?私は寝てないわ、今学校から帰って来たばかりなのに」
「こんな建物等見た事も無い。故にこれは夢だ」
「・・・・・」
――・・・何、この人?
確かに小さい頃もよくわからない事を話していた様な気がする。
・・・え?
私のイマジナリーフレンドって変な人設定だったの?
自分の発言が正しいと自信に満ちた眼差しと上げた口角に、ウンスは驚きを通り越し呆れてしまったのだった。
「・・・何だったの?あの人?」
一口も飲まなかったお茶のグラスを眺めながら、ウンスは突然リビングから消えたチェヨンが座っていた正面のソファーを見つめていた。
あの後、二人でお互いが空想上だとの言い合いになり、チェヨンが仕方ないなとふんぞり返りながら、
「だったら、俺の本貫を調べれば良いだろう。直ぐにわかる筈だ」
「何で私がそんな事をしなくちゃならないの?面倒くさい!」
「そもそもここがどの辺りかわからん」
「だから私の家だってば」
「家まで作るのか・・・」
「私の話聞いてる?」
相変わらず話が噛み合わないとため息を吐き出し、壁に掛けてある時計を見上げた。
「あ、そろそろお父さん達が帰って来るわね」
「親・・・」
「今の時間だと市場に行っていると思うの。残った野菜等を取りに・・・」
「農家なのか?」
「そうよ、広い畑で野菜や果物を作り市場に卸して。
・・・本当に田舎の農家よ・・・」
先程より勢いが弱くなったウンスの声にチェヨンは腕を組んだまま無言になったが、
「・・・儲かっているなら良い事ではないか?」
少し間の後、チェヨンはそう言いウンスの顔を静かに見つめて来る。
おそらくウンスの態度がそれが不満だという事に気付いたからか、ウンスが返すまで彼はそれ以上何も言わないでいた。
――・・・あぁ、私の悩みはこれなのよね。
ウンスはお茶を一口飲み、「何でもない」と呟き誤魔化した。
だが突然。
「――ハッ」
正面のチェヨンは顔を上げ目をパチパチと瞬きをした。
「何?」
「起きるか」
「・・・は?」
「俺は昼寝中だと言っただろう?帰る」
「・・・あ、そ」
そう言うとチェヨンの姿が薄くなっていき、消える寸前彼は顔をウンスに戻し、
「お前は恵まれている」
と言葉を発して来た。
「はあ?」
意味のわからない言葉にウンスは声を上げたが、
完全に消えたチェヨンには届かなかった――。
苛立ちなのか言われたくない事を言われたからなのか、彼が消えた後もウンスはもやもやとした心境で過ごす事になり、夕食時黙っていたウンスに両親が心配するはめになっていた。
「学校生活はどう?勉強大変なの?」
「ち、違うわよ、勉強が大変て事じゃないわよ?」
それで暗くなってしまったのだと心配した母親が尋ねて来て、ウンスは慌てて否定をする。
自分が望んだ高校に不満等一つも無い。
進学校特有の成績でクラス分けをされ、その中でも更に優秀者同士の競い合いはあるがそれさえ頑張れば、不得意な運動等は大目に見てくれるというシステムはウンスにはとても有り難かった。
今が一番ウンスとしては過ごし易いとも言い、何の心配も無い。
――・・・今はね。
ウンスは眉を下げ此方を見て来る母親に、
大丈夫よとにこりと微笑んだ――。
「・・・ほらな」
チェヨンは目を開け顔を左右に振ると、そこは先程昼寝として横になっていた古びた平屋の簡素な寝台の上だった。
むくりと起き上がり硬くなった肩や首周りのこりを解す為に首を振っていると、外に気配を感じそれと同時に扉を開けメヒが入って来る。
「まだ寝てたの?隊長が呼んでるよ」
「今行く」
「寝てばかりで、少しは皆と一緒に鍛錬したら?」
「してるよ」
「本当かしら?」
へえ?と目を薄め此方を見て来るメヒにヨンは口を尖らせてしまう。
赤月隊に入って既に数ヶ月は経つのに、鍛錬ばかりで任務には同行出来ず不満が無い訳ではなかった。自分がまだ未熟だという事なのだろう、自覚してはいる。それでも、隊長と一緒に、兄弟子達と一緒に、自分も活躍出来ると考えていた。
ふと、夢の中の女を思い出した。
確かにあの女は自分が幼少の頃に、よく見かけた者だ。
髪も肩位までしかなく自分にしつこい位に尋ねて来て、最後は面倒くさいと思ったのだ。
『名前はユウンス』
『友達が家の近くにいなくてつまらない』
『両親共に働いている』
そんな事を言っていたと思い出し、次に先程見た女を頭に浮かべ首を傾げる。
自分と同じく随分と大人になっていた。
長い髪を縛る事も無く女人らしい服装にも見えたが、よくよく思い出してみるとあの女足を晒していなかったか?
周囲を警戒し過ぎて詳しく見れてなかったが、・・・そこは見ない方がいいのかもしれない。
――・・・だが何か、違和感があったな。
あの頃の明るさは無くなり、相変わらず大きい瞳の奥は心労か悩みか暗く澱んでいる様にも見えた。
話を聞いて、どうやら農家の娘というのが気に入らないのだろうと感じたが、ヨンにはそこはよくわからないとも思う。見た事もない景色の屋敷に住み、周りは広い畑があった。
あんなに土地を持っているのだから沢山の作物が採れる事だろう。
けして貧しくはない筈だ。
「お前は恵まれている」
夢から覚める寸前、俺の言葉はあの女に聞こえただろうか?
――俺は間違った事は言っていない。
「よお、ヨン、真面目に鍛錬しているか?」
赤月隊が外回りの任務から帰って来たのを迎えたヨンとメヒに、兄弟子達は泥だらけの袖を払いながら尋ねて来た。
「しているよ」
「本当か?」
何故兄弟子達もメヒと同じ事を言うのか?
不機嫌な表情を隠す事無く見せるヨンに、ニヤニヤと揶揄う眼差しを向けそれが余計にヨンには不満だった。
鍛錬をしていたのは自分だけではない。メヒや他の者もいた筈なのに、自分だけが集中していない物言いに兄弟子に詰め寄ってしまう。
すると、兄弟子はヨンの顔を見て、
「何か考えているだろう?」
と言われ、グッと喉を詰まらせた。
――・・・くそ。
顔を逸らせ離れて行ったヨンの背中を見ていた兄弟子は、ちらりとメヒに視線を向けた。
「彼奴はまだ自分をわかっていないんだ」
「・・・?」
「彼奴は自分で思う以上に才能がある。だが、今驕らせてしまうとそれも潰れてしまう、ヨンはまだわかっていないんだ」
「でも、不満が募るとそれもまた悪い方に向かう気がする」
「そんな時はお前が慰めてやれよ」
「は?」
「気になってるんだろう?いい事じゃないか」
「はあ?何言って・・・!」
飄々とした態度で言う兄弟子達を真っ赤な顔で見上げ、メヒは慌ててヨンの後を追って行った。
部屋に籠り修得した運気調息をヨンがしている時は、部屋の前にメヒがいて誰も入らない様に見張っている。
ヨンから頼まれた訳ではなく、少しでも集中して欲しいとメヒが考えているのだろう。
それに対してヨンは何も言わずにいるのだから、二人が助け合っているならそれも良いじゃないかと兄弟子達は若い二人の様子を微笑ましく眺めると、身体を洗う為に宿舎に入って行ったのだった――。
「待ってよ、もう少しで夕餉だから戻ろう」
「一人で帰れよ、俺はもう少しいる」
握っていた剣を鞘を付けたまま振り出したヨンにメヒはため息を吐いた。
「ヨンを認めていない訳じゃないよ?まだ任務に付くには私達は未熟だから・・」
「言われているのは俺だけだ。メヒは関係ないだろう?」
お前は明日にでも連れて行って貰えるさ、と剣を振りながら言うヨンにメヒも片眉を上げる。
「私だって隊長達と一緒に行きたいわ!だけど、無駄死にさせない為に言っているのよ!
ヨンはどれだけ隊長達の役に立てる自信があるの?」
「うるさいな!もう帰れよ!」
ヨンはガリガリと項を掻くと、メヒを睨みつけ剣を握り走り去ってしまった。
あっという間にいなくなったヨンを見送っていたメヒは、悲しそうに俯いていたが踵を返し宿舎へと歩いて行くのだった。
“お前には才がある”と言われ躊躇する事もなく赤月隊に入ったヨンだったが、想像以上の任務の多さと内容の濃さに顔を強ばらせてしまい隊長はそれを見抜いていたのだろうか?そんな事で任務に連れて行って貰えない訳ではないと思うし、今は数ヶ月前の自分とは違う。
それなのに・・・。
「・・・はぁー」
薄い茜色に染まっていく空を見上げ、近くにあった伐採され倒れた木に腰を掛け、再びガリガリと頭を掻きむしり鍛錬場の剥げた地面の一点を見つめていたヨンだったがふと手を止める。
あの女に、何が不満なのかと言いたかった。
だが、言わなくて良かった。
今の自分が何を言えるのか?
「・・・あぁ、なるほどな」
途中で口篭った女の心境が朧気ながらも理解出来た。
言える立場でも無い、言う資格も無い。
頭が良い程に気付かない訳がないか、と持っていた剣を座っている木に掛けヨンはその上に横になった。
「・・・あー、メヒにもあたってしまったな・・・」
自分より気が強いメヒも此方に気を使っていたのは見てわかっていた。
自分はそこに甘えてしまったのだ。
――・・・謝るか。
呟いたのはどちらに言う言葉だろうか?
ヨンは静かに目を閉じた――。
「・・・おっと?」
見た事ある畑にヨンは周囲を見渡してしまう。
やはり、あの夢の中の畑だ。
自分はまたあの女の屋敷に来てしまったのか?と急いで畑から出ると道に上がった。
馬車も見当たらないのに道も綺麗に舗装されており何の為なのかと考え、近くに郡守の屋敷があるのならあの女の家柄も農家とはいえ裕福なのも理にかなうと結論に至っていると、道の向こうから男が一人ヨンに向かって歩いて来る。
自分より年上だとわかり、姿勢を正しそれを見ていると男は近付きヨンの目の前まで来て、
「・・・お尋ねしたい――」
しかし。
男はヨンの声を無視し前を通り過ぎて行く。
「・・・あのっ」
手を上げたまま固まってしまったヨンは目を男の背中に急いで向け再び声を掛けたが、やはりその声さえ聞こえないのか足を止める事なく去って行った。
「・・・・・」
あの女の言葉の意味がわかり、唖然と硬直していたヨンだったが、
その男が女の屋敷に向かって行くのに気付き慌てて後を追った。
あの屋敷の者だとしたら、女の父親かもしれない。
いや、男には見えずともあの女なら・・・。
男が玄関前に立つ頃にヨンが漸く追い付き、
「ただいま」
そう言い、
男が扉を開けたと同時にヨンもその中へと身体を滑り込ませ、建物内へと侵入して行った――。
見た事ある廊下と壁を見て、ヨンは急いで男から離れ階段の下へと身を隠しながら自分の手を見つめる。
入った時に男の身体に触れた筈なのに、何の感触も感じなかった。
――・・・ここは俺の夢の中だから仕方ない。
そう思うも、どれも見た事ない道具や家具に僅かながら不安がない訳ではない。
とにかくあの女を探さないと・・・。
ふと、男が入って行った部屋にも気配があり、ヨンは静かに様子を伺ったが違うと知ると頭の上の階段を見上げ、足音を消しながら素早く階段を上がり始めた。
「ウンスー!夕飯よ、下りて来て!」
「はーい」
1階から母親の声が聞こえ、ウンスはデスクのライトを消した。
学校から帰って来て1~2時間必ず勉強時間を作ると中学生の時から決め、ウンスはそれを実行している。
でも優秀な子はもっとしているのかもしれない、まだ時間が足りない様な気がすると終わっても不安になってしまうのだ。
自分よりも頭が良い子は必ずいると覚悟はしていた筈なのに、実際試験を受け結果がわかると悔しい気持ちになった。
あの時は完璧だと思ったのに。
あの子は自分よりも早く解き終わっていた。
返された用紙を見て丸では無い部分に深く後悔して、少しのミスも後々の後悔になりそうだと気持ちが沈んだ。
――・・・これを3年間頑張るしかない。
「・・・はぁー」
ウンスは机の上に置いたテスト用紙を一瞥し、
長いため息を吐きながら椅子から立ち上がったが――。
ギィ・・・。
「・・・・え?」
部屋のドアが微妙に開いた気がした。
先程下から母親が呼んだが、今上がって来たのだろうか?
いや、だったら必ず声を出しながら上がって来る。
ジッとそのドアに視線を止めたままウンスは、ゆっくりと近付いて行く。
・・・まさか泥棒?
そんな訳ないと思うけど・・・。
年に1度あるかないかだが、田舎でも空き巣や強盗のニュースがテレビで流れてくる。
広い畑を持っているウンスの家が狙われてもおかしくないが・・・。
――・・・いや、やめてよ?本当にそれは勘弁してよ?!
最悪な想像に心臓がバクバクと痛い位に早鳴り、手も震えてきていると強く握りしめた。
何の武器も無いが、思い切り叫べば下の両親だけでも助かってくれるかもしれない。
震えで、は、は、と短い息を小さく吐きながら、
ウンスはドアに手を掛けた。
だが、
突然ドアが開き、
ウンスは叫ぶ為に思い切り息を吸い込んだが――。
「叫ぶな」
低い声に、ヒッと大きな手で塞がれた口から悲鳴が漏れる。
「俺だ、チェヨン、だ」
「〜〜ッ?!」
「・・・あ、触れた?」
おかしなものだ。
ウンスの驚愕した表情とは反対に、
何故か家の中にいるチェヨンは冷静な顔のままウンスの口を塞いでいる。
――・・・何〜〜っ?!
ウンスは大きな目を更に広げ、
目の前のチェヨンの顔を凝視したのだった――。
「何故かまたここに来てしまったんだ」
ウンスの口を抑えながらチェヨンは淡々とここに来た話を始めていたが、ふとウンスの表情を見ると苦しいのかヨンの手を叩き睨んでいる。
「あぁ、すまん」
漸く口から手を離し自分の手を見ているヨンを睨みながら、ウンスは再び大きく息を吐き出した。
「――はぁ。また、寝てたのにとでも言うつもり?」
「よくわかったな」
相変わらず不思議そうな眼差しを向けて来るチェヨンに、ウンスは嘘でしょう?と肩を落とした。
いきなり消えてから3日程しか経っていない。
しかも今度は彼が自ら家の中に入って来てしまうまでになったなんて・・・。
随分と自己意思が強いイマジナリーフレンドだと思っていたが、ウンスは内心疑問を持ち始めていた。
客観的に言われている症状や現象だと思っていたが、どうにも自分の想像に反しこの人は独立している様にも見える。
自分の様に生きていると言うし、実家もあると言っていた。
はたして自分の空想の友達にそんな設定までする人はいるだろうか?
いや、私は絶対にしない筈だわ。
「ウンスー、早く下りて来なさい!」
再び階段下から母親が呼び、ウンスは慌ててドアに近付き顔を出した。
「少し時間が掛かるから、お母さん達で先に食べてて」
「冷めちゃうから早く下りて来るのよ?」
「わかった!」
離れて行った母親を確かめドアをしっかり閉めると振り返り、部屋の真ん中で佇んでいるチェヨンを見る。
「・・・とりあえずそこの椅子に座って」
「ん?」
チェヨンが顔を横に向け先程までウンスが座っていたデスクチェアーを見下ろし、素直に座ると前と同じにキョロキョロと部屋内を見渡している。
「・・・あまりジロジロ見ないでくれる?」
「は?」
「女性の部屋に入っているのよ、貴方?」
「ハッ」
女性の部屋と聞いて、途端に身体を強ばらせ下に視線を落とし床の一点を見つめているチェヨンをチラリと見てから、ウンスはベッドに腰を落とした。
「・・・もしかしたら、イマジナリーフレンドよりも複雑な状態なのかもしれないわ」
――空想上の話云々所ではない。
「チェヨンさんは昼寝していた。なので、夢だと思っているのかもしれないけど・・・もしかして、その間貴方の精神が何処かに、まぁ、ここに飛んで来ているのかもしれない・・・幽体離脱?みたいな」
「言っている話が一つもわからないな」
何だ、精神が飛ぶとは?
魂ではなく?
「詳しく聞かれても・・・私だってよくわからないし・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
チェヨンも考えているのか、腕を組んでジッと天井を睨んでいる。
彼は眠ってこの状態になったというが、自分が眠って彼の場所に飛んだ事は無いのだから幽体離脱状態になっているのはチェヨンだけなのだろう。
「・・・何か悩みでもあったとか、不安定な状態だったとか?」
チラリと上目遣いでチェヨンを見ながらウンスが言うと、まさかと声を出したチェヨンだったが直ぐに視線を逸らしてしまう。
どうやら、思い当たる事があったらしい。
「あー、お前に言った言葉・・・」
「言葉?」
「・・・恵まれていると・・・」
「あぁ、あれね」
「すまん」
「?」
「・・・俺が言う立場では無かったんだ」
謝って来たチェヨンにウンスは首を傾げたが、彼の表情に何かを感じ別に怒っていないと返した。
――多分、私と似ているのね。
「・・・自分でも自覚しているから。お父さん達には進学校に通わせて貰えてるだけでも感謝しているのに
・・・それが叶うと次の望みも不満も出ちゃって・・・」
「・・・・・」
ウンスの言葉を聞きながら、ヨンは柔らかい床を見つめた。
才があると赤月隊に入れた名誉を軽んじた訳では無い、なのに既に自分は隊長や兄弟子達に肩を並べる力が備わったと錯覚していたのだ。
兄弟子達は何年修行したのか?隊長は功績を挙げる迄に幾ら命を落としそうになったのか?
「・・・自分を認めて貰え、驕りが出ていたのかもしれない」
「何か調子に乗っていたの?」
「調子・・・?いや、そうだな、乗っていたんだ」
「ふぅん」
視線を床に落としたまま話すチェヨンをウンスは見つめる。
詳しい内容はわからないが、自分とはまた違う彼の悩みがありそれを彼は充分にわかっているのだ。
少し間の後、チェヨンは一つため息を吐き顔を戻して来た。
「・・・メヒにもあたってしまった」
「メヒ?」
「同じ赤月隊の仲間だ。気が強い女人だが俺よりも才能がある」
「え?貴方、女性にあたったの?最低ー!」
「ぐっ・・・」
言われる迄もなく情けないとわかっているのだろう、チェヨンは下唇を噛み拗ねた表情になっていたがそのまま話し出す。
「・・・ユウンスには謝ったからな」
「何その、不貞腐れた態度・・・?その女性にも謝りなさいよ?」
「わかっている・・―」
「ウンスー!まだなのー?」
二人の会話を切る様に再び母親が呼び、部屋のドアに二人は視線を向けた。
「ユウンスが言う様に他の者に俺が見えないらしい」
「そうなの?」
「父親に声を掛けたが、無理だった。後ろにいても触る事も出来なかった」
「さっき私に触っていたわよ?」
「だから、それがわから――」
チェヨンはハッと顔を上げ、言葉を切る。
「あら?起きるの?」
「え?いや、あの・・―」
まだ言い足りない事でもあるのか、
何故か焦り気味になったチェヨンだったが、やはり姿は薄くなっていく。
「・・・ユウンス、また・・来る・・――!」
「また来るつもりなの?!」
――えー?!
ウンスの返事がチェヨンに届いたのかは謎だが、彼はあっという間に消えてしまい会話していたのが嘘の様に室内は静かになっていた。
「・・・本当にあの人、何なの?」
不思議なのは彼の手の感触は確かに感じたが、全く匂いがしなかった。
幽体離脱もまた違うのだろうか?
ますます謎な人になっていくと思いながら、
漸くウンスはドアを開け階段を下りて行くのだった――。
「―ッ!」
「・・ン、ヨン、大丈夫?」
「・・・え、メヒ?」
「ほら、もうこんなに暗くなったから帰ろうよ?」
メヒの言葉にヨンが周囲を見渡すと、夕方だと思っていた景色はすっかり暗くなり広場さえ見えない程に闇に包まれていた。
自分はどれ位眠っていたのか?ほんの僅かな時間だと思っていたが、かなり深く眠っていたらしい。心配したメヒに身体を揺らされ、漸く自分は目を覚ましたというのだ。
「ヨン・・・」
「大丈夫だ、帰るよ」
ヨンの話し方で先程の不機嫌さが消えた事にメヒはほっとし、立ち上がるヨンを見ていると名前を呼ばれた。
「メヒ」
「何?」
「俺は“調子に乗っていた”」
「は?調子・・・?」
「当たって悪かった」
「え?」
突然謝られ困惑気味だったが、ぶんぶんと大きく首を振り大丈夫だとメヒは笑い返す。
「何時でも鍛錬付き合うからさ!・・・私もヨンと一緒に任務に連れて行って貰いたいし・・・」
「メヒ・・・」
恥かしそうに小さく呟いた後にこりと笑うメヒに、
ヨンもありがとうと優しく微笑み返すのだった――。
そんな一月後(ひとつきご)、ムンチフ隊長から同行の許可が出てヨンは驚いた。
何かが変わった訳では無いし、何時もの鍛錬も同じだった筈だ。
なのに何故?
隊長部屋から退室したヨンは不思議に思いながらも歩いていると、廊下の壁に背を付けメヒが待っていた。
「メヒが助言したのか?」
「あたしじゃないよ」
話を聞くと、何故か兄弟子達がヨンとメヒも同行させてはどうか?と提案をしてくれたという。
「え?」
「あたしが思うに、ヨンが色々悩んでいたのを知っていたんだと思う。今はあまりそれが見えないもの」
不安定な気持ちは気にも表れていたのだろう、それがわからない隊長達でないからこそヨンを同行させなかった。ヨンも見透かされているとはわかっていた、それでも任務に着けば大丈夫だろうと根拠も無い自信も持っていたのだ。
「“調子に乗らない”様に気を付けただけさ」
「何それ」
「いや、早く行って装備の準備をしようぜ」
笑うメヒの肩を軽く叩き、ヨンは宿舎に帰ろうと促し歩き出す。
ふと、ウンスの顔とあの女の部屋を思い出した。
置物はやはり全てが見た事もない奇妙な部屋だったが、色合いは派手でなく壁に飾りも無い質素な部屋だとも思った。
机の周りに書物が大量にあり、確かに女人の割には色々と学んでいたのだろう、あの女の発言も自分が納得する部分もあったのだ。
――あの女は、自分が作った空想の人間だ。
初めそう思っていたがあの話を聞いて、違うのか?と思い始めている。
あの場所は何処なのか?ユウンスは同じ高麗人なのか?
聞きたい事が沢山あったが途中で起きてしまい、その疑問はずっと頭の中に残っていた。
――次に会ったら聞いてみるか。
宿舎に戻りながらヨンはそう考えていた――。
「・・・・・あれ?」
五日経ち、
七日経ち、
しかし、
ヨンは眠ってもあの場所には行けなかった。
「おかしいなぁ・・・」
――悩んでいたユウンスも解決したのだろうか?
気持ちが不安定だと行ける、という事か?
・・・あの女は、どうなったんだろうか?
朝早く起き、冷たい水で簡単に顔を洗うと寝癖を付けたままヨンは鍛錬場へと入って来た。
そこには既に何時でも始められると準備をしているメヒが待っていたが、ヨンの髪を見てあははと笑い出す。
「何だよ?」
「何でもない!」
わからないヨンを見て、
メヒは再びうふふと笑うのだった――。
ヨンは暗い部屋で目を開け、自分の簡素な寝台から起き上がった。
――おかしい、やはり行けない。
そもそもが最近は長い時間眠らなくなったせいか、夢も見なくなっていたのだが、それでも深く考えなくとも行けた筈なのにと寝台に座り首を傾げた。
――・・・ユウンスに何かあったか?
良い状態だったのなら問題はないが、あの女の身に何かあり行けなくなったとしたら?
ユウンスが言うには空想上の人間では無いという。
だとしたら、あの場所が何処かにあり、自分は眠っている間にあの者の近くに魂だけが行っている事になる。
見た事も無い建物、家具、服装。
高麗でなければ、元・・・いや、西域国まで飛んでいたのだろうか?自分の知識の中では歴史と言っても末羅国(マッラこく)迄しか学んでおらず、東の倭国や麻逸国(まいつこく)の島国はまだ不明のままだ。あんなにはっきりと想像出来る訳が無い。
ヨンの気に気付いたのか、同部屋の仲間が寝返りを打ち慌てて寝台に横になった。
「・・・」
本当に大丈夫なのか?
――・・・聞きたい事があったんだがな・・・。
小さい頃に会っていた何時も自分の横に張り付いていた幼い少女の記憶と、少し口が悪くなり大人びいたウンスの女人らしい姿を思い出し、
数年であんなにも変わるものなのかと感じ、それでも無事でいてくれよと再び眠りの中へと落ちていくのだった――。
「・・・あっ!」
ゆっくり目を開けたヨンは、見た事がある場所に思わず声を上げていた。
あの女の屋敷だ!
あれから既に二ヶ月ぶりにみる景色に知った道を走った。
時間は夕方で、あの女は学び舎から帰って来る頃ではないだろうか?
急いで屋敷に向かうと屋敷を囲う塀の中から何かが出て来て思わず道を開けたが、その物体に驚愕し唖然と見送ってしまった。
「・・・何だ?あれは?」
「車だけど?」
「?!」
知った声に屋敷側を振り向くと変わらないウンスがきょとんとした眼差しでヨンを見つめている。
一瞬で全身を確認し怪我が無い事を確かめ大きく息を吐き出した。
「大丈夫だったのか・・・」
「はい?」
「・・・いや、何でもない。ユウンスはどうなったんだ?」
ヨンの言葉の意味が直ぐにわかったウンスは、
それそれ!と手を上げ、
「それ!チェヨンさん聞いてよ!」
嬉しそうに笑い出したウンスの顔を見て、笑顔は小さい頃から変わらないなと思いながらも、
女人の無事な姿にヨンは安堵したのだった――。
※末羅国(マッラこく)=今でいうイスラム国周辺。
※麻逸国(まいつこく)=フィリピンミンドロ島付近の名称。
「医大?」
ウンスの言葉にリビングにいた両親は驚き、口を開け唖然とウンスを見つめている。そんな眼差しを受けながら、ウンスはテーブルの下に隠した手を強く握り締めた。
自分がこれから話す事は自分と両親の暮らしに大いに影響があるのだと充分に理解している。
普通の大学とは違うシステムの医大は、病院勤めが出来るまでに年齢は20代後半になっているし、実績を上げる頃には30才になる。
女性としての人生、ユ家をウンスが継続出来ない事、更には大学費用も長く掛かって来る事を今決めないといけないのだ。
話を聞いていた父親は難しい顔になり腕を組みだし、母親はまだ理解出来ていないのか呆けた表情のままだった。
ウンスは乾いていく喉を潤す為、グラスに入った水を一口飲み小さく息を吐く。
「・・・農家に不満って事じゃないの。医者は中学生の時から興味があって・・・」
「それはわかるが、何故ソウル市の大学に行くんだい?近くにも医大はある筈だが?」
確かに、実家から通うとなれば釜山市や大邱市にも医大はある。漢方医学が盛んだったと言われている大邱市等はソウル市よりも薬科大学があるのも知っていたが、ウンスは自分が目指す場所はソウル市だと思ったのだ。
田舎者特有の憧れに近いと言われたら、そうなのだろう。
それでも、・・・どうしても行きたいと思った。
「チャレンジ・・・じゃなくて、必ず立派な医者になってみせるから・・・!
だから、あの・・・」
――『大学の費用を・・・。』
そこで言葉が止まってしまう。
両親に頼む肝心の台詞が言えない。
ユ家の収入源は市場や近くの商店街に卸す野菜や果物の売上が殆で、空いた時間は父親が配送で違う市にも行くというものだった。
典型的な農家で、いきなり莫大な収入が入る訳でも無い。
「奨学金制度は申請するわ。だけど、全てだと・・・」
学歴社会が強いこの国では、良い大学で就職先が決まると言われ両親もウンスを周りと同じ様に習い事に行かせてくれ、成績は自分だけの努力で無いのもわかっていた。
なのに私は・・・。
少し間の後、ウンスの話を聞いて黙っていた父親は隣りに座る母親に顔を向けた。
普段から静かな父親がウンスに対して険しい顔をする事は今まで無く、そんな表情の父親と困惑気味なままの母親の様子にウンスは先程からテーブルに視線を落としたまま正面を見れない。
これで断られても医大には行くつもりだ。
生活は苦しくなるかもしれないが、働いて一人で学費を払っていく覚悟は決めている。
「・・・わかった」
「え?!」
「ウンスがそこに行きたいと決めたのなら、合格出来る様頑張るんだよ?」
「え?あ・・・う、うん!」
緊張感からの解放に一瞬呆けてしまったが、じわじわと高揚感が上がり強ばっていた表情が緩んでいった。
「お父さん?」
「ウンスが医者になりたいと決めたのだから、大丈夫だよ」
母親は心配顔のまま横を見ていたが、父親は顔を見合わせ小さく頷き、
そうだろう?と顔をウンスに戻し目を見て来ると、それに返す様にウンスも大きく頷いた。
「あ、ありがとう、お父さん!」
ウンスは嬉しくて涙が出そうになるのを、
笑顔で必死に隠し両親に礼を述べた。
「行きたい大学に行ける様になったし、学費も出して貰える様になったの」
「ほう」
「でも私も借金はする事になるけど・・・でも、いいの!医者になれるなら!」
「医者?ユウンスは医者になるのか?」
ここは女人でも医者になれる場所なのだろうか?
やはり高麗では無いという事かと、ヨンは再びウンスの部屋で話を聞き考え始めた。
「あ、そういえば貴方ちゃんと女性に謝ったの?」
ふと思い出したのか、ウンスが尋ねて来て当たり前だとヨンは返事をした。
「俺は任務に同行出来る様になったんだ」
「任務・・・?」
「表の軍では扱えない任務は俺達赤月隊が請け負っている」
「特殊部隊?」
「うん?そうだな」
周囲からはそう言われているのならそうなのだろう。
「・・・その年で特殊部隊?実はチェヨンさんて凄いのねぇ」
「・・・そうでもない」
ウンスのぱちぱちと瞬かせた丸い瞳を正面から受け、間近で女人から覗かれた事が無いヨンは少し焦り視線を逸らしたが昔の様にウンスに褒められ何故か気分が高揚している。
・・・嬉しい訳では無いぞ。
小さく咳をし視線を戻すと、まだウンスは此方を見つめていた。
「聞きたい事があったんだ」
「また途中で起きるんじゃないの?」
「だから、早く聞かなければならない」
「はあ?忙しい人ねっ」
あの時ウンスはしつこい位に聞いて来たが、
自分は一つも聞かなかった。
――・・・あぁ、聞いておけば良かったな。
今更ながらにヨンはふと思ったのだった――。
「ヨン、最近機嫌が良いね?」
「そうか?」
自分ではよくわからないが。
「赤月隊の任務も順調にこなせているし、市井での評判も良いみたい。やっぱり隊長は凄いって」
「そりゃそうだろう、禁軍でも敵わないと思うぜ」
「何そこで二人でコソコソしてんだ?そういうのは帰ってからしろよー」
「え?!」
「そんなんじゃないよ!」
薪を拾っていた二人が話している様子を見て兄弟子に揶揄され驚いたヨンとメヒは、そんな感じに見えたのか?と慌てて離れると、
メヒは顔を赤くし兄弟子がいる方へと怒りながら戻って行き、ヨンも項を掻いた。
数ヶ月前の自分は赤月隊に対して尊敬はあるものの荒んだ気持ちを隠し抱いていた。あのままだったら、不満を周囲に撒き散らしていたのだろう。
「い、いまじ・・・何だったかな?」
やはり“想像の人物”だと思っていたあの女は、話を聞く限り違う国の者だとわかった。
寝ている時のみとは本当に不思議なものだ。
内功とはまた違う様だが、起きても体力が消耗して無いのはあくまで睡眠している状態で起きている事なのだろう。それでもヨンの気分だけで行ける訳でも無く、頻繁には無理な様だ。
なので、偶に会う時は愚痴と任務の成果報告を溜めて行く。向こうも学び舎での競い合いや生活を話をしてくれ、知らない内容があるものの話し終わる頃には気持ちが軽くなっていた。
詳しく知らなくても良い、自分の気持ちを聞いて欲しい。
どんな事でも良い、客観的視点の意見を知りたかった。
――・・・そうか、小さい頃に会っていたのはそういう友人が欲しかったからなのか。
「・・・あのさ、あたし・・・ヨンの為に何か出来ないかな?」
「・・・・え?」
メヒが想いを告げて来たのは、突然だった――。
チェヨンがウンスに怒涛の質問を終え自分の話をし始めた時に姿が薄くなりだし、それに気付いたのか椅子に座っていた彼は時間切れかとため息を吐くとウンスに顔を向けた。
「よくわからない話もあったが、聞きたい事は聞けたと思う」
「違う国だとしたらそりゃあね。
チェヨンさんは何処に住んでいるの?」
「俺は、高麗だ」
「高麗市?あったかな?」
「ある」
「ふぅん?後で調べてみるわ」
「朝までだとそんなに居れないのだな
・・・うーん―・」
彼が何やら考え出した時姿が消え、ウンスの部屋は何時もの静けさに戻った。
「・・・彼ってあんなに話す人だったかしら?」
小さい頃は無表情で質問した事をポツポツと話す子だった。大きくなってからもそんな感じだと思っていたのだが、会う度によく話す人になっていく。
いや、元々話す事が好きなのかもしれない。
ウンスが住んでいる場所や学校の事、文化の事も聞いて来たのは何故なのか?
それよりも1番の驚きは、彼は車を知らない事だった。
まさかそれは無いだろう?と思ったが、父親が乗っていたワンボックス型の車を見た事が無いと驚いていたのだ。
「あれは不思議だ、どう動かしているんだ?」
「えぇと・・・」
車内部の仕組みを詳しく知らない為説明出来なかったが、車の存在を知らないなんて事はあるだろうか?
「・・・高麗?」
地名がない訳ではない。
しかし、自分達の土地ではその名前は・・・。
「別な国にもあるのかも」
彼がアジア人なのはわかるが、日本や中国に住んでいたとしてもまずその国だったら機械や自動車を知らないなんて有り得ない。
―――・・・高麗、ねぇ。
ウンスは勉強机から歴史の教科書を取り出し、ページを開いた。自分達の歴史の中で必ず学ぶ時代でもあり、今の国名の元でもある。
夢を見て何処かから飛んで来るチェヨンという青年。国ではなく、時代まで超えて来たのならもうそれはファンタジーかホラー話だ。
「・・・本当に幽霊だったりして」
この地に未練を残し、成仏出来なかった彼が・・・。
「いやいや、私そういうの苦手なんだから!」
想像するな!と頭を振り、ウンスは教科書を棚に戻したのだった――。
ヨンは目を開けると質素な宿舎の部屋の中にいて、小さい窓から朝日が漏れている何時もの光景があった。同部屋の仲間は既に外に出ているらしく、何の物音も無い部屋は寂しささえ感じる程だ。
ユウンスの部屋内も飾りも無くあっさりしたものだったが、白い壁に水色の陽射し避け、木の扉とあの女人にはよく似合っているとも思った。
「・・・そういえば、女人の部屋に行き過ぎか?」
行くと必ずあの部屋に招かれる為なるべく周囲を見ない様にしていたが、見られると困るものなら既に隠しているのではないか?とも今更ながらに気が付いた。
入っても男女の妖しい空気になる事もなく、寧ろ懐かしい感覚になっているからだろうか?ウンスの部屋も自分の部屋の様に寛ぐ時もある。
「・・・それは男として、大丈夫なのだろうか?」
ハッと顔を上げ何気に考えてしまう。
女人の部屋にいても緊張もしないなどまるで遊び人の様だと心配になりながら漸く部屋を出ると、宿舎の出口にメヒがおりヨンを待っていたのか此方を見ていた。
「先に行ってて良かったんだぞ?」
「まだ時間があるから一緒に行こうと思って」
最近メヒも笑う様になったと、小さく笑うメヒを見てヨンはふと感じた。
自分の考えが変わり、周囲も良い方向に進んだ事に心の中でウンスに礼を述べる。
・・・ま、あの者は気付いてないだろうけどな。
「そうか、なら隊長達も待っているから行こう」
ヨンが待合場所に行こうとメヒを促すと、何故か足を止めヨンと名前を呼ぶ。どうしたと振り返り見ると、動きを止めた彼女は顔を俯かせていた。
「どうした?具合が悪いのか?」
「ヨンはさ・・・」
ヨンが問うた言葉の返事では無い言葉に、不思議に思い何だと聞き返すといきなりヨンを褒めて来る。
「・・・ヨンは一人でも何でも出来ると思う。隊長達もヨンの才能を認めているし、もっと強くなると言っていたから」
「隊長がそんな事を?」
――それは知らなかった。
隊長に認めて貰えた嬉しさに、思わず口角が上がりそうになったが、メヒの緊張した表情に口を隠して誤魔化す。
――今度はメヒが悩み出したのだろうか?
だったら、次は自分がメヒを励ます番だと――。
「・・・あのさ、あたし・・・ヨンの為に何か出来ないかな?」
「・・・え?」
それはどういう意味だ?
俯いたメヒの顔は微かにしか見えず、
緊張しているのはわかるが怒っているのか困っているのかも見えない。
「メヒは何時も俺を助けてくれているよ」
「そう、かな?そうなんだけど・・・この先も、
・・・ヨンの傍にいたいって思って・・・」
・・・・・・
・・・・
「・・・・え?」
少し上げたメヒの顔は真っ赤で。
漸く言われた言葉の意味がわかった。
「・・・それは、どういう・・・?」
聞き返して良いのか?と何故か頭の片隅で疑問が浮かんだが、確認しておきたいともどういう意味なのかはっきりと知りたいとも思った。
「・・・ヨンはさ、・・・今気になる人はいる?
・・・あたしはヨンの事が――」
「あのさ」
「え?」
「今は、まだ任務に付いていく事に必死で・・・そこまで考えた事が・・・無い」
ヨンの言葉にメヒは一瞬悲しそうな表情になったが、直ぐに何時もの笑顔に戻っている。
「・・・・そうだよね。任務に同行出来る様になったばかりなのに。・・・ごめんね」
「・・・でもメヒには凄く感謝している。メヒがいたから俺も隊長達に認めて貰える様になったんだ」
「やだな、そんな事ないよ!そもそもヨンの努力だもの」
苦笑したメヒはヨンの腕を軽く叩き、早く行こうと先に歩き出して行く。
―――・・・これで、良かったよな?
メヒは自分より少し下で可愛らしいと思うし、隊の中ではあまり無い風使いの才を持っている。
兄弟子達から見れば自分とメヒは同じ時期に鍛錬し、成長しているのだから一緒の扱いになるのはわかるが、あくまでも俺は俺でメヒはメヒだ。
この年で慕い合う男女はいるが、そこまで意識した事も無かったのだが・・・。
メヒが行った暫く後にヨンも隊に合流すると、何故か一人の兄弟子が近付いて来て肘で背中を小突いて来る。
「わかってねぇなぁ」
「は?」
「少し大人になったと思ったんだがな・・・」
やれやれと大袈裟にため息を吐き出す兄弟子の姿に、
ヨンは何故かもやもやと複雑になるのだった――。
[まとめ・中]に続く。
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去年の今頃にこのお話を書いていたのだと思い出し、一部公開にしました(*^^*)
個人的にこういうお話大好きだからこんなんばかりなのですがね〜❣️
2人のアラアラ( *^艸^)話までは載せません。
[中]までです🐥
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徐々に写真等も増えていくと思いますので、興味がある方は是非見て頂けると嬉しいです♡
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