「山を登って来る時には誰もいなかったわねぇ・・・」
「・・・そうか」
青年が落ち込んだのがわかり、ウンスはちらりと横になっている彼を見ていると、片手を枕代わりにしていた彼はもぞもぞと起き上がり座り直すと毛布を肩に掛け始めた。
どうやら彼は子供の様に足を曲げ少し丸くなるか身体を何かで隠す癖がある様で、その姿もウンスには彼が孤独を一人で耐えている様に思えてしまう。
時間も夕方に近付き、山も薄暗くなりつつある。
ウンスはどうしようかと思い、青年を見ると先程から座ったまま黙ってしまい、起きているのか寝ているのかもわからない。
仲間がまだ探しに来ない事がショックだったのか、それとも拗ねてしまったのかしら?
ウンスはそっとカバンを取り、後片付けを始めると、
「・・・帰るのか?」
「え、起きていたの?」
微動だにせず寝ているのかと思っていたが青年は起きていたらしい。
「寝ているのかと思った」
「運気調息をしていた」
「運気・・・?ふぅん」
「もう暗くなったか?」
外の明るさは包帯を巻いている為青年には見えない、それでも小屋の入口を見るのだから微かにわかるのかもしれない。
ウンスは少しだけと言葉を返した。
「・・・そうか・・・」
青年は顔を下に向け、何かを口篭っている。
「今日は雨も降らないから昨日程寒くない筈よ」
「あ、ああ」
ウンスの声に顔を上げ返事をしたが、青年はまた下を向く。
「大丈夫よ、貴方の仲間以外には誰にも話していないから」
仲間がどんな人達かもわからないけれど。
ウンスがそう言うと、青年はそれでは無くと焦った様に顔を上げウンスを見てくる。
「あぁ、そうそう何か欲しい物はない?」
「・・・何か・・・?」
「何時も家の食べ物ばかりでしょう?パンとかチョコレートとか買って来るわよ?」
「いや、いらない」
「そう?」
青年は首を横に振りいらないと言う。
あまりお菓子等は好きではないのかもしれない、ウンスはわかったとだけ返事をし部屋を出ようとしたが――。
「・・・気をつけろよ」
初めてウンスを気遣う彼の言葉に顔を室内に戻し、真っ直ぐ此方を見ている青年を見た。
目の包帯の向こうから見えているのだろうか?と何時も思う。
「ええ、これでも私木も登れるの。野生動物でも出たらそうするつもりよ」
「・・・そうか」
青年が小さく笑った気がした。
それを見てからウンスはまたねと声を掛け、小屋を出て山を下り始めた。
「・・・誰も来ないなぁ。まさか本当に遠くから歩いて迷ったとか?」
探している師匠や兄弟子とやらは、一体何処を探しているのだろうか?
早く彼を見つけてあげて欲しい。
ウンスが肩を貸し二人で山を下りるつもりでもいるのに彼は大丈夫だと言う。
・・・早く誰か来て。
――自分にはもう時間は無いのだ。
彼の前では出せないため息を吐き出し、
ウンスはカバンを背負い直すと山道を下りて行った。
「ウンス、書類はちゃんと向こうに送った?」
「引越しの日に届く様にして貰ったの。私より先に着いていると思う」
「なら、いいんだけど・・・」
母親は2階から下りて来たウンスに聞いてきたが、準備は終わり部屋内もある程度掃除も済んだと伝えたウンスの背中にある鞄を見て驚いている。
「貴女、また山に行くの?」
連休中ずっと山登りだなんて大丈夫なの?
母親の心配そうな眼差しを受け、ウンスは苦笑する。きっと両親は今までそんなに山登りなどしなかった私を不思議がっているに違いない。そりゃそうだ、こんなギリギリまで登山しているだなんて心配になるだろう。
それでもウンスは大丈夫、と笑い返す。
「向こうは都心よ?行って直ぐにこっちが恋しくならない様に飽きるまで行って来るの!」
「まったく・・・、明日のお昼にはトラックも来て出発するんだからね?ほどほどにして帰って来るのよ?」
「わかったわ!じゃあ、行ってきます!」
手を振り玄関を出て行くウンスを、母親は眉を下げて見送るだけだった。
・・・わかっている。
本当は今直ぐでも親に事情を話し、救護班を呼ぶべきだと。呼ぶなという彼の望みに従ってしまう自分は絶対間違っていると。
それでもウンスは言えなかった。
今、彼の目は見えない。
しかしそれが治り自分に向けて来る眼差しが怒りだったら?
何故言った、と悲しんだら?
偶にウンスの話を聞いて口元が緩む時があり、その笑い方は年相応の青年らしく見える。そして1番驚いたのは見えない筈なのに、何が何処にあるとわかるのだ。
尋ねると音や匂い、距離感で覚えたという。
「凄い才能だわ!」
「怪我さえしていなければ、もっとわかるんだが・・・」
ゆっくり歩けば大丈夫だろうが、それでも長距離はまだ無理だろう。しかも視力が無い状態だなんて足を踏み外したらもっと酷い事になりかねない。
「もう少しで体力も回復するんだ。そうすれば師匠達を探せる」
――彼がそう言うのだから。
何故か信じようと思ったのは、あの青年の放つ雰囲気に慣れたからか。
・・・もしくは偶に甘える空気を見せて来るからか。
パーカーに顔を埋める姿は何故かとても可愛く見えてしまった。
はぁはぁと肩で息をし、何度も登った山道を進むと見慣れた物置小屋が目に入った。
結局山道を登る迄に誰も人には会わなかった。
田舎の山など山菜を採りに来る年配者しかいないのだ。やはり、彼は違う場所で迷いここ迄歩いて来てしまったのかもしれない。
・・・途中までなら私が肩を貸して行けば大丈夫かな。
病院では無く途中で電話が通じたら直ぐタクシーを呼ぼう、そうしたらそのまま彼が行きたい場所に行ける。
そうしよう。
ウンスはふぅと長く息を吐き、小屋の扉を開けた。
「・・・んん?」
小屋の外に置いたバケツに何時もの川から水を汲み、ゆっくりと小屋の中に入り青年の姿を見てウンスは首を傾げた。
貸したパーカーが何故か青年の顔に掛かっている。
身体を布団で包み込み寒くは無さそうだが、顔にも被せているのは流石に息苦しくないだろうか?
昨日の様にウンスが来ても起きない彼は、静かに寝息を立てていた。ウンスは寝ている青年に近付き、顔からパーカーを少し剥くと、熟睡している様で軽くいびきまでかいている。
「ふっ」
ウンスは思わず吹き出しそうになり、再び顔を隠した。本当に寝ている姿は少年のままなのに、起きると大人びいた仕草もする。それが背伸びかどうかはわからないとウンスはそっと青年の乱れた髪を撫でた。
いかにも放置状態の髪で硬そうだと思ったが、意外と柔らかくシャンプーをしていない為かさつきはあるが傷んでいる訳でもない。
「まだ私と同じ歳だし、そこまではならないか」
髪に少し付いてしまった埃を軽く手で払っていると、青年の頭がピクリと動きパーカーの下でもぞもぞと動き出した。
「・・・んぅ」
「寒くなかった?」
「んー・・・いや」
まだ寝ぼけているのか、もごもごと声が小さい。
「外は今日は晴れね、とても暖かいもの」
「・・・あー・・・そうなんだ・・・」
語尾が小さくなり、また眠りそうな青年の布団の上を軽く叩いた。
「ほら、起きて。今日は早めに来たんだから」
「・・・んー」
ペシリと丸くなっている背中を叩き、寝ている青年から離れカバンから何時もの様に食べ物やお茶を出し始めた。
だが、少し間の後、
ガバッと身体を半分を起こして青年は驚いた様子でウンスに顔を向けて来た。
「・・・今、ここにいたか?」
「うん、起こしたじゃない」
「ッ」
青年は素早く上着を自分から退かし、慌てながら身体を起こし始めている。それでも布団を離さないのは少し可愛いと、ウンスはまた笑いそうになるのを耐えた。
――しまった!
顔に乗せていたのを見られてしまった。
変に思われなかっただろうか?
近くから確かに女人の囁く声が聞こえていたが、自分は何て返事したかも覚えていない。
傍で聞こえる心地良い声が、寒かった?今日は暖かいよ、等と聞こえ、気が抜けた返事をしてしまったのだ。
俺は変な事を言ってなかったか?
女人から借りた服を自分の横に置き、布団も傍に置くと再びガサゴソと何かの準備をしている音を聞き、何をしている?と尋ねた。
すると、女人はいらない物を片付けていると言う。
「何故だ?」
「誰かがこの小屋に入ったのか?と思われてしまうでしょう?貴方もそれは嫌なんじゃないの?」
「ああ、それは・・・」
「掃除しておかないと・・・」
掃除と言っても、自分達が使った籠や物を元あった場所に戻すだけだがそれでも荷物も纏めなくてはならない。
ウンスの動いている様子を黙って見ていた青年だったが、
「・・・もう来ないのか?」
と、静かに聞いて来た。
「・・・・・」
何も言わずウンスは使っていたタオル等を纏めている。
「・・・おい」
「・・・明日、ソウル市に行く予定なの。前からそれは決まっていた事だし、引っ越し業者も明日には来ちゃうし・・・」
「・・・上京するんだな」
「そうだわ!貴方も一緒に少し下迄行きましょう?私が肩を借すから、救護班は呼ばないわ。
タクシーを呼んで貴方が望む場所に行きましょう?」
「俺は大丈夫だ」
「ッ、大丈夫な訳ないでしょう!」
思わず声を荒らげたウンスに青年は、動きを止めジッと此方を見ている。あぁ、と唸り、ウンスはごめんなさいと謝った。
彼は終始一人で何とかすると言っているのに、自分は何を焦っているのだろう?
「・・・違うのよ」
もう時間が無い事なのか、はたして自分は何を彼に出来たのか?明日から医者を目指して違う地に行く予定なのに、心残したくないからなのか?
偽善者ぶって、何か役に立てたのかも怪しい。
ウンスがはぁーとため息を吐くと、ゆっくりと青年の手が伸びウンスの肩に触れるとそのまま髪に触れて来た。
「無理をさせた様で、すまなかった」
「ち、違うの!来る事が嫌では無くて・・・私はこれが本当に正しかったのか、と・・・」
「俺が誰にも言うなと言ったのだから、お前は悪くない」
「・・・明日も朝だったら来れるから」
「いや、もういい」
「え?」
青年は下をちらりと見たが直ぐに顔を戻して来た。
「・・・だったら、今日は何時もより長く一緒にいて欲しい」
青年は髪に触れていた手を下ろし、
ウンスが着ているパーカーを弱く掴んで来た――。
さわさわと何かが髪を撫でた・・・様な気がする。
普段は直ぐ目が覚めるのに、その触り方は優しく、幼き頃を思い出し夢だと思ってしまったからか力が入らなかった。
撫でる手が止まり、身体を軽く叩かれる。
「ほら、起きて。今日は早めに来たんだから」
・・・・・。
今度はちゃんと身体に振動が来て頭の中が覚醒した。そこでヨンははたと気付いて――。
・・・今、誰かに触られたか?
すると、部屋内でガサゴソと何時もの匂いと、爽やかな外から入り込んだ空気とであの女人がいる事がわかり。
―・・・今頭に触れたのは。
急いで顔の上から女人の服を取り身体半分を起こすと、起きた?と女人が言って来た。
「・・・今、ここにいたか?」
「うん、起こしたじゃない」
「・・・?!」
何だって?!
ヨンは焦り、女人の服を自分の横に隠す様に置いた。
何て情けない所を見られてしまったのか。
昨日の夜も女人の服で顔を隠し、心地良い布の温もりと香りに直ぐに眠りに落ちていた。
寝ぼけた自分は何か余計な事は言わなかっただろうか?と不安になり、落ち着かなくなってしまう。
早く来たと女人が言う通りに、開いている扉の外からは森林の朝の木々や葉が濡れた匂いが微かにした。何時も昼頃に来る女人がこんな早く来るとは珍しいと尋ねると、後片付けをしていると女人が言った。
――何故だ、胸の中がざわざわと落ち着かない。
だが、聞かずにはいられずヨンが何故?と再び聞くと、少し間の後、
「誰かがこの小屋に入ったのか?と思われてしまうでしょう?貴方もそれは嫌なんじゃないの?」
「ああ、それは・・・」
「掃除しておかないと・・・」
痕跡を残さない。
赤月隊では当たり前の事を女人もするとは・・・。
いや、そうではない。
これは。
「・・・もう来ないのか?」
そういう事だろう。
女人は何の返事もしない。
ただ物が動く音だけがし、ヨンは女人に再び声を掛けた。
すると女人は少し早口になり、
「・・・明日、ソウル市に行く予定なの。前からそれは決まっていた事だし、引っ越し業者にも明日には来ちゃうし・・・」
――・・・あぁ、前に言っていたな。
医者になるのだと。
「・・・上京するんだな」
だが、その問いには答えず女人そうだわ!と、明るく話して来た。
「貴方も一緒に少し下迄行きましょう?私が肩を借りるから、救護班は呼ばないわ。
タクシーを呼んで貴方が望む場所に行きましょう?」
一緒に山を下りようというのか。
いや、一緒には。
「俺は大丈夫だか―」
「ッ、大丈夫な訳ないでしょう!」
突然の女人の荒らげた声に、ヨンは言葉を止めてしまった。今までこの女人がこんなに怒る事等無かった、何かがあったのか?
ヨンの眉が顰められ、それに気付いた女人が違うのと弱々しい声を出して来る。
もしかしたら、この数日間女人はここに来るのに辛い思いをしていたのだろうか?ヨンは女人に甘え、そこまで考えが及ばなかった自分を恥じた。
「・・・無理をさせた様で、すまなかった」
「ち、違うのよ!来る事が嫌では無くて・・・私はこれが本当に正しかったのか、と・・・」
「俺が誰にも言うなと言ったのだから、お前は悪くない」
「・・・明日も朝だったら来れるから」
「いや、もういい」
これ以上女人の立場が悪くなるのは忍びない。
――でも、何故だろう。
離れるのが惜しい・・・
いや、まだこの女人といたいと思うのは・・・。
「・・・だったら、今日は何時もより長く一緒にいて欲しい」
――まだ帰らないで欲しい。
この数日間恩義を感じても他には何も無いと思っていた。
そしてこれからも無いと・・・。
だが、必死になっている自分がいて恥ずかしい筈なのに。
この者と離れない為には・・・、離さない為には――。
焦る自分と何故か徐々に乾いていく喉と、
どうすればと手を伸ばし、
着ている服を握ったのだった――。
⑬に続く
△△△△△△△
ウンスは今日までしかいられません。
ヨンはどうしようと少し焦っている様です・・・。
まだアメ限ではないよ。(先に言っておきます)
🦊ポチリとお願いします🐤

にほんブログ村
🦌🦅🦮🐧🦊🐈🐥~💐🌟
おいでませ日本へ!来月中旬まで滞在です
影から応援しています!