人魚と騎士[白の秘密]②
腕を掴まれた際、ぬるりとした感触に一瞬背筋が粟立ってしまったが耐えているとそれは直ぐに離れて行った。
掴んできたのは守り神の手だったが、形は人間と同じなのにぬめった肌とはどういう事なのか?
――それにここは何処だ?
顔を左右に振り、辺りを見渡しているチャン侍医に守り神はつまらなそうに言う。
「ここは私の新しい住処だ。あの町は空気が汚くなったので移ったのだ」
―兎に角、酒を寄こせ。
「あぁ、どうぞ」
竹筒を渡すと守り神は、顔を上げ飲み出した。
「・・・もしや本当に人間を食ったのですか?」
「あぁ?」
「元で化け物が人間を食うと、人に近付けるという昔話がありまして」
「それは狒狒(ひひ)の話ではないか。化け物が人間等なれるか。そして私は神だぞ、同じにするな」
「違いがわかりませんが」
見目だけでは違いはまずわからない。要は、人間が神か化け物かを呼びその扱いが変わるだけではないのか?
――狒狒と私が変わらないだと?
「・・・お主、あの男と同じ匂いがするね」
神を信じてはいるが、崇拝する気まではない。
見えたとしても、己の中で更に区別をする。
「面倒くさい奴等ばかりだな」
ウンスはちゃんと暮らせているのか心配になる。
そう言い、守り神は岩の上にズルズルと上がって行き寝転びだした。
「で、何用だ?」
態々酒まで持ってくるのは用があったからだろう?
寝転びながら、尋ねられチャン侍医は片眉を上げたが小さくため息を吐いた後、
「あの女人の事について」
そう切り出した。
チャン侍医は、少し前のウンスが住んでいた村の話やウンスの赤い髪、そして足の事を話し出した。
「あぁ、あの村か」
「あの女人は、元は守り神に捧げられた生贄だったと聞きました。では以前の生贄は何処に?」
「何処も何も、皆逃げたり、自ら命を絶ったり、それぞれだ」
場所は村の外れの崖の上にある。
別な方へ行けばそのまま隣り町へ行くだろうし、思い詰めた者は近くの崖から身を投げる。守り神はその数日の間様子を見て、その後の処理をしていたとも言った。
「ウンスはただ馬鹿正直に里に帰ってしまったという訳で、あの様な事になったのだ」
だから、可哀想にと連れて行ったまでだ。
今迄娘達が生贄になり、仕方なしにと雨を降らせる施しをやっていたがウンスも村から離れて行き、つまらなくなった為にあの場所から離れたという。
「だから、近くの港町も廃れてしまったのですね」
まず守り神がいなくなり、貿易や漁業を生業にしていた港町に影響が出た。
まだあの村は田畑を耕す生活だった為にわからなかったが、徐々に密売していた貿易商や元からの業者が減った事で異変を感じ始めたのだろう。
「ここに来る前にウンス殿が暫くいたという港町に行きましたが、波止場も市井も寂しいものでした」
丘の上にウンスが閉じ込められた蝋燭屋があったというが、チャン侍医が行った時には屋敷は朽ち果て、草や蔓が生い茂り入る場所さえ見つからなかった。とはいえ、罪人の屋敷をそのままにする程町人達は善人でもない。残った家財や財産を没収し、荒らしていったのだろう、そうでなければこんなに早く屋敷が荒む筈がないのだから。
生業が出来なくなった者達はあっという間に港町を離れ、華やかな町は今では廃墟と化していた。
――・・・こんなにも、この守り神の力で人間の住処が変わるものなのか?
「あの町はよく知らない。何時の間にか出来ていたのだからな」
ウンスが流されて知った位だ。
それよりも。
「・・・お主、先程から一体何を聞きたいのかわからんぞ」
守り神が身体を横にしながらも、チャン侍医に向き顔を顰めている。
それを見てチャン侍医は、目を薄めた。
「そうそう、お聞きしたかったのですよ。今迄ウンス殿の傷はどの様に治してきたのですか?」
「触って」
「は?」
「だから、身体を触ってだが?ウンスから聞いてないのか?」
「いいえ。そうなのですか?」
「別に肌を舐めたりはしていない。まだウンスだって嫁入り前なのだからな」
舐め・・・
守り神の言葉にチャン侍医は呆れたが、コホンと咳をしわかりましたと言った。
「・・・そうでしたか。それでわかりました」
「何をだ?」
「触れば傷等直ぐに治せる筈が、ウンス殿の足の腱だけは治さなかった。ウンス殿を遠くに行かせない為に」
「・・・・・」
守り神の酒を飲む手が止まる。
「最初はただの憐れみだったのでしょうが、女人の15年とは色々様子も変わっていきますので。見ていて飽きはしなかったでしょう?」
「・・・なるほど」
「私は思うのです。人間だって長く生きれば仙人にもなる。守り神の近くにいて力が与えられた人間とは何時から時が止まるのだろうか?と・・・」
所謂天女とは幼い女児では無く、成人した女人の事をいう。永遠の美貌と生命を与えられ、常に苦しみのない天界か桃源郷に住んでいる。
「・・・確かに、ウンス殿の見目は華やかで美しいと思います。では、守り神殿はあの女人との間に子が欲しかったのですか?」
「そんな訳があるか」
「あぁ、そうですか。だったら、長い時を過ごされた守り神殿は誰かを傍に置きたかった。それがウンス殿だったと」
「何が言いたいのだ?」
「いえ、神にも慕う気持ちがあるのだと不思議に思っただけです」
――慕う?
守り神は顔だけをチャン侍医に向けた。
「おや?神なのに、気付いてなかったのですか?
それは慈悲ではなく恋慕という事を」
③に続く
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ポーンと言っちゃうチャン侍医好きよ笑😚
今回は限定しなくても大丈夫でした✨
