君に降る華(11)
これで、ユウンスは高麗に来れなくなった。
あぁ、わからず何度も同じ道を繰り返し歩くだろうか?
意外と頭が良い女人なのだから、直ぐに気付くかもしれない。
――・・いや、考えるだけ無駄な事だ、
雪が溶けても二度と会う事は無いのだから。
日が変わり、天候を見てヨンは小さくため息を吐いた。ぱらぱらと曇った空からは雪が降り続いている。
・・・今日は来ないか?しかし、会えない訳では無くなったからな。
雪が溶け暖かくなればまた来るのだ。
この季節より良いと、ヨンは髪飾りを仕舞っている胸元に手をおいた。
だが、降っていたのは朝だけで日が高くなるにつれ青空に変わり、ヨンは急いで山に行く為に準備を始める。
――だが。
ヨンが部屋から出ようとすると隊士が入って来て、
宮殿からの呼び出しだと連絡を受けたのだった――。
兵舎に戻ると入口にチュンソクが立ち、心配そうに見つめて来たがヨンは何も言わずそのまま通り過ぎ部屋へと歩いて行った。
その後ろ姿を見ているチュンソクの横にトルベ達が近付き、彼等も大丈夫だろうか?と尋ねて来る。
「山に入っていたのは、女と会う為だったのか?」
「わからんが・・・女に隊長が惑わされているだと?」
馬鹿馬鹿しい。
しかし、チュンソクはこの間の酒楼での出来事を覚えていた。あれは確かに女物の髪飾りだったのだ。とても可愛らしく、そして見た事の無い作りのそれはこの地の物には見えなかった。
異国から来た女人だと言われれば、納得してしまう。
だが、そんな女人に隊長が惑わされ王宮の内情を教える等絶対に有り得ない。
しかもチュンソクは朝の話を聞き、気分が悪くなっていた。
もし、その女人に対し隊長が慕う気持ちがあるのなら、けして宮殿には連れて来たくない筈だ。
――・・・あの様子だと無事に逃がしたか?
「・・・何方にしても、隊長としては辛い事かもしれないな」
酒楼で髪飾りを眺めながら、酒を呑んでいる隊長の姿は意外と普通であの威圧感等無い青年の様だった。
誰かを慕い想うのなら、それでも良いとは思う。
しかし、宮殿の奴等に見つかったのなら話は別だ。
入宮させろと言われた時のヨンの表情は表には出ていなかったが、絶望の色がチュンソクにははっきりと見て取れた。
その女人と何処まで誓い合っていたのかは知らないが、二人が夫婦になる事は無理だろう。
兵舎に入り、二階を見上げ奥の廊下にあるヨンの部屋に視線を向けるが、何の物音もせずに彼の荒ぶる気さえ感じない。
「・・・何時もみたく暴れる気も起こらないて事だな」
チュンソクは広間から出て外にまだいたトルベ達に警護の指示をするのだった――。
宮殿に呼び出されたヨンと副隊長のチュンソクが向かうと、重臣達が椅子に座り入って来たヨン達をじろりと睨んで来ている。
ヨンの付き添いで来たチュンソクは何事か?と困惑したが、話を聞き更に驚愕してしまった。
「どうやら、迂達赤隊長は怪しい女人と密会しているらしいと話を聞いたのだが真か?」
「・・・怪しいとは?」
尋問されているというのに、ヨンは何時もの様に薄い反応で返していた。
彼等の話では時々ヨンが山に向かっているらしく、それを不審に思った者がその後を付けると、ヨンは山中で見た事無い着物を着た女人と会話をしていたという。
初めて聞いた内容にチュンソクがちらりとヨンを伺うと、それでも何の反応もしないヨンは、
「・・・某を疑っているのですか?」
でしたら、役職を剥奪でも位を下げるでも処分を。
ヨンが言い放つ言葉にチュンソクは焦ったが、それは向こうも予想外だったらしく。
「それは王様が決める事だ」
と言い濁して来た。
毎日宴だ、妓生を呼べだのと、王政を下に任せ何もしないあの王様に何の判断が出来るのか?
チュンソクが呆れていると、重臣の一人がその女人は何なのだ?とヨンに尋ねたが、ヨンの返答は曖昧なもので重臣達は眉を顰めてしまう。
「わかりません。家も見当たりませんので・・・」
「市井の者か?」
「調べています」
しかし重臣達の中の一人が口角を上げそうだと声を出す。
「見た情報では見目がとても良いと聞いている。怪しい女人でなければ入宮させてはどうか?」
王様は華やかな事で満足する方だから、女が一人でも多い方が気分も良くなるだろう。
ヨンが握る鬼剣からガチャリと音が鳴った。
チュンソクは瞬時にヨンの手元を見たが、鞘はそのままで短い息を吐き出す。一瞬、ヨンから冷たく重い殺気を感じ、慌てて抑える構えになったのだが気のせいだったらしい。
「行く時に、何人かを連れて行け」
「何故ですか?」
「本人から直接尋問した方が手っ取り早いからだ」
――怪しくなければ、そのまま連れて来れば良い。
ヨンもチュンソクも目を薄め、険しい顔付きに変わっていく。
まるで身分等関係無い、見目さえ良ければそのまま王様の前に出すつもりなのだと言葉でわかる。
ヨンは暫く無言だったが、
「わかりました。某の後に付いて来て下さい」
そう言うと頭を下げ退出して行ったのだった――。
ふと、赤くなっている手に気付きヨンは寝台で手を上げ傷を見つめる。
ユウンスに会うと必ず傷を聞かれていた。
やはり医者になりたいのだなとよくわかる性格に、結局は答えてしまうのだ。
窓を見ると日が傾き始め、薄暗くなっている。
もう帰ったのだろう。
――雪が溶けた頃、ユウンスは再び道を歩くだろうか?
「・・・すまない、ユウンス」
もう通れない。
諦めてくれ。
「また会おうと言って振った手を握れば良かった・・・」
あの白い滑らかな手を触りたかった。
「・・・男の性だな!」
クククと笑い、赤い手で腹を抑え仰向けのまま更に笑い出す。
それをウンスに言ったら、お前もか?と、あの騙した男の様に、変わらないと怒るだろうか?
「あははは!面白い・・・!」
声を上げ暫く笑っていたが、はあと長い息を吐き出すと目を閉じた。
「・・・“雪だるま”作ってみるか?」
どうせあの場所に行っても一人なのだ。
俺が何を作ろうが構わないだろう――。
(12)に続く
△△△△△△△△△
・・・そんな事情。