君に降る華(10)
思わず二人は目を見合わせ、そのまま固まってしまう。
しかし、ヨンは直ぐに目を逸らし、
「深い意味は無い」
と言葉を吐いた。
・・・そうだ。
自分には誓い合ったメヒがいたではないか。
今はもういないが、メヒの事は死ぬまで忘れぬと決めたのだ。
――なのに、自分は何をしているのか?
一度強く握り締めた髪飾りを、ゆっくりと離しウンスに手を出した。
「・・・すまぬ。やはり、ユウンスが使うだろうから・・・」
貰いたいと吐いた自分が再び返す等情けない。
しかし、何故かこの女人がいたという証が欲しかった。天界等有り得ない出来事だと頭で理解しているし、今だに自分にはその光景さえ見えない。
妖だと言われたら、そのうちそう考えるだろう。
だが、このユウンスという女人は確かにいて、忘れるのは寂しいと思ってしまった。
だからといって、今の自分の行動は・・・。
「おかしな事を言った。・・・すまない」
だが話す間もヨンの眉が下がったり顰めたり、どうやら何かと葛藤しているのが見え、見ていたウンスは思わず吹き出してしまった。
・・・確かに、現代には見当たらない人だと思う。
「チェヨンさんにあげるから、貰ってくれる?」
「・・・いいのか?」
「ええ」
再び手に握った髪飾りに視線を落とし、ヨンは静かに見ている。
ウンスはそんなヨンを見ていたが、そうねーと言い首を傾げた。
「春になったら、また長期休みに入るから帰って来ようと思うの。そうしたら春にまた会えるかしら?」
――歩いたら、願ったら、またここに来れるかな?
「・・・来れるのか?」
首を傾げて来るウンスに顔を向け、ヨンは不思議そうに見てしまう。
てっきり雪が降った時だけだと思っていたと言うヨンに、ウンスは頷くがそれでもと言葉を返した。
「公園に向かったらこの場所に来ていたのだから、春にも試してみるわよ。駄目だったら次の冬かしら?」
「・・・あ、あぁ、まぁ、そうだな」
どうやらウンスは再びこの高麗に来るつもりでいるらしい。
ヨンはキョロキョロと周りに目を動かしていたが、ウンスを凝視し、
「・・・雪が溶けたら、また来るのか?」
「何よ?来ちゃいけないわけ?」
「いや、そんな事はないが・・・」
「春にも来れるなら、何時でも来れる可能性が高いって事になるわ!」
実験にもなると張り切るウンスを見下ろしていたヨンだったが、思わずそうだなと頷いていた。
――・・何だ、再び会えるではないか。
「でも帰る前に寄るから、明日にでもまた来るかも!」
「もう物はいらないぞ」
「チェヨンさんに似合うアクセサリーでも持って来るつもりだったのに」
「あく?」
「身に付ける飾り」
「いらない」
「どうして?そういうの好きなんでしょう?」
「・・・そういう意味で言った訳では無い。飾りも甘い物もいらないからな」
「我儘ねぇー」
「はぁ?」
ウンスが甘い物が好きだから、今迄言わなかっただけなのに我儘とは納得いかない。それでも、ウンスが高麗に再び来たいという気持ちを知りヨンは安堵していた。
「・・・雪が溶ければ、ここはとても気持ちが良い場所なんだ」
「へぇー?」
暖かければ今迄の様に、寒さで僅かな会話しか出来ないという事も無くなるだろう。
「雪が溶けても日が高いうちに来いよ」
「わかっているわ!」
ウンスを見送る為に霧の膜が広がる木の間迄ヨンも近付いたが、やはりその先に町は見えなかった。
しかし、それでも良いと思う。
ウンスが行き来出来るなら、それで良いじゃないか。
数ヶ月後には雪も溶けその時に再びウンスがやって来る、それが無理でも次の冬には再び高麗に来ると言うのだから。
「それ迄には医者になっているのか?」
「まだまだ先よ、あと数年掛かるんだから。来る迄にいっぱい不満話が溜まっていると思うし・・・
それにまたチェヨンさんの話も聞きたいわ」
「俺のは・・・変わらない話ばかりだろう」
その言葉にヨンは思わずくくっと喉を鳴らし笑い出し、そんなヨンにウンスもニコリと微笑んだ。
偶にはにかむ様に笑う姿は若者らしく、こういう所は彼の本当の姿なのだと思えた。
「チェヨンさんて元々が良い人なのよ。・・・私、そういう人好きよ」
「―ッ?!」
突然ゴホゴホと咳き込むヨンは、眼差しを一瞬ウンスに向け、
「そ、そうか・・・」
口を抑え視線を遠くの景色に向け黙ってしまった。
そこから特に何も返さない彼にまぁ、いいかと肩を竦めウンスはじゃあねと霧の中に入って行こうとしたが――。
後ろから服を引かれ振り向くと、いつの間にかヨンが近くに立ちコートを掴んで見下ろしていた。
「?」
「・・・向こうで、また変な男に引っ掛かるんじゃないぞ?」
「わ、わかってるって、もうしない!」
「明日ここで待っていてやる」
「あら、大丈夫なの?」
「雪が降ったら来なくても良いからな?」
「だったら、春ね!」
「ああ」
暖かい日は何時までも待っていられるからな。
ヨンがそう言うと、
「ありがとう!チェヨンさん、また会いましょうねー!」
そう言い手を振りながら、ウンスは霧の中に消えて行った。
騒がしい空気が薄まり、霧も消えてしまったがヨンはまだ立ち尽くしている。
「・・・“すき”と言われたぞ?」
ウンスの今迄の会話の中の意味だと、そういう事になり、つまりは自分に対しても・・・?
「・・・メヒを忘れないのは当然だが・・・」
いやだが・・・。
そもそも、あのユウンスは天界の女人だ。自分達と同じに考えてはならないと知っている
・・・筈なんだがな。
「・・・ま、まぁ、そこは・・・あー」
声に出すと全てが言い訳になりそうで上手く言葉が出て来ない。
先程引き留める為に手を握ろうとしたが、出来ずに外套を掴んでしまった事を内心後悔している自分もいて、思わず恥ずかしくなっていたのだ。
「明日は早めに来るか・・・」
ウンスがくれた髪飾りを懐に仕舞うと、踵を返し帰る為に歩き出す。明日の先は、雪が溶けてから再びこの場所に来れば良い。
仕方ない、ウンスが来た時は溜まりに溜まった不満を聞いてやるか。
帰る為の自分の足が軽やかに感じるのは、頭の中で否定をしてもその理由は既に気付いている・・・。
ふと広い雪原を見渡した。
この雪原も暫くは誰の足跡も付かないだろう。
いや、誰も知らなくて良い。
ここは自分とユウンスだけが知る不思議な場所なのだ。
そんな事を考えながら、ヨンは森を後にしたのだった――。
「はぁはぁはぁ・・・ッ」
ヨンは森の中で屈む姿勢で、荒い息を吐き出していた。
目の前には雪に濡れ木々は湿っているというのに、あちこちから漂う焦げた匂いと、焼けた木材の欠片が転がっている。
ヨンがいる周りだけがパラパラと灰が散り、白い雪の上を真っ黒く染め上げていた。
「・・・うぅっ!」
全身を掻き毟りたい衝動と言葉に出来ない絶望が綯い交ぜになるが、ヨンの内側から吐き出されるのは声にならない呻き声だけだった。
「・・・あぁッ!」
低く吠えながら再び立ち上がると、近くにある木を殴りつけた。ヨンの雷功で殴った所が爆発音と共に粉々に粉砕し、それでも抑えられない気迫がピリピリと背中から青い光として放ち出す。
木に手を付きヨンは歯を食い縛り必死に耐えていた。
離れた場所から見ていた兵隊達は突然の行動に唖然とし、まだ消えていない火と倒れた木と黒く焼け焦げた場所に座るヨンを交互に見ている。
・・・突然何をしているのだ?!
もしや隊長は気がふれたのだろうか?
呆然と何人かが見つめる中、
暫く身体を屈め動かなかったヨンがゆっくりと立ち上がり後ろを振り返った。
「あの女人は、妖魔だったのだ。この道を通り高麗に来ていた。故にそれを今閉じた」
あの妖(あやかし)は二度と来ない。
ヨンの言葉に見ていた者達は驚愕する。
「妖魔だと?!」
「俺は、怪しい女人を調べていたにすぎない」
そう言うと、付いて来た兵隊や大臣の横を通り過ぎ宮殿へと歩いて行く。
大きな木々を殴り付けたヨンの手からは切れた皮膚から血が流れ、ぽつりぽつりと白い雪の中に赤い印を付けていた。
しかし、それさえ誰も気に止め見もしない。
本人でさえも。
「・・・・うぅ・・・」
もしも、この世に神がいるというのなら。
何故自分ばかりなのかと問いたい。
――・・・どうしてなんだ。
俺は天界からも弾かれた男だからか?
幸せになる資格は無いという事なのか?
倒れた木々をぼんやりと眺めた後、
朧気な瞳でヨンはただ宮殿に帰る為に足を動かしたのだった――。
(11)に続く
△△△△△△△
ヨン自ら通り道を壊しました。アラアラ...
その理由は・・・