君に降る華(12)
「・・・何ですか?これは・・・」
「“雪だるま”だ」
「・・・何ですって?」
「“雪だるま”だと言っているだろうが」
「・・・・・」
黙ってしまったチャン侍医に構わず、小さい雪だるまを作ると薬草園の板張りの上に置いた。
周りにある残りの雪を掻き集め作られたそれは少し土も含まれ、何も無い花壇の真ん中にポツンと寂しく置かれチャン侍医は困った顔になってしまう。
しかも、ちゃんと目や口まであるのだ。
「・・・仏像?」
「違う。しかし、よくわからん」
そう言うとヨンは気分が晴れたのか、雪だるまという物をそのまま残し薬草園を出て行ってしまった。
「これを置かれても・・・」
チャン侍医は呆れた眼差しを雪だるまに向けていたが、
結局は壊す訳にもいかずやれやれと診療所に入って行ったのだった。
ヨンが木を倒した日から既に数ヶ月は経ち、雪も溶け始めていた。
時々山に入って雪が溶け始めてきた草原を眺めている。
「・・・“雪だるま”を作る雪ももう無いな 」
あちこちからは地面が見え始め、少し前に自分が作った雪だるまは既に形が崩れ、小さな塊と化していた。
暖かくなれば――。
そんな望みももう頭の片隅に追いやり、自分が粉々に粉砕し倒れた木を見つめている。
時が流れると徐々にウンスの存在は何だったのか?と不思議に思う時がある。
しかし。
「・・・確かにいたのだ」
手を広げると髪飾りがあり、あの女人は確かに高麗に来ていた。
この数ヶ月あちこち護衛で開京を離れる時もあった、しかしその町でもこんな装飾の飾りは一つも無かった。つまりはやはりあの女人は本当に天界からの者だったのだろう。
ヨンは倒れた木に腰掛け、思い切り深呼吸をし長い息を吐くと、肺に入る冷たい空気に覚醒した様に一気に目が覚める。
あの時もこんな事をしたな。
そして熟自分は女に縁が無いのか、と苦笑いしか出ない。
メヒの時は自分だけ皆に置いて行かれたとガキの様に暴れていた。
次はこの地の者では無かった。
違う町に護衛で行った時に向こうの郡主が妓生を呼んだが、近付いて来る妓生の姿を見て嫌悪感しか湧かず結局チュンソク達の席に入って行ったのだ。
疲れを癒すだと?
何も考えなければそれも良いだろうが、あの匂いと媚る眼差しがいちいち癪に障り、その段階で身体だって反応しないだろうと思った。
ふと、顔を上げ。
「・・・そうか」
なのに、ウンスの手は触りたいと思ったのか。
隣りに座った際にふわりと良い匂いがしたが、あれは何の匂いだったのか?
新緑にも花にも近い、気分が良い匂いだった。
懐から髪飾りを取り出し眺めていたが、中に埋め込まれている白い花がまるで白い外套を着たウンスに見えて、そうかと今更ながらに気付く。
白い花はまるでウンスの様だと思ったのだ。
雪原の中にポツンと佇む姿はそこだけ、花が咲いている様に見えた。栗色毛の長い髪が風でふわりと靡き、身丈の合わない外套で手を降る姿はある意味可愛らしくもあった。
「・・・だから、欲しかったのか」
水に浮かぶ花のこの飾りは確かに珍しい作りだったが、ウンスの持ち物というだけでは無かった様だ。
「何だよ、だったらやはり少しは触れば良かった」
何と、惜しい事をしたのか。
そんな淡い気持ちを今更気付いた所で、後悔するのは男の性で隣りにいたのにあまり見なかった自分に腹も立った。
「俺を“すき”と言っていたのにな・・・」
今頃は天界で医者になる為の医術を学んでいるのだろうか?
天界か。
ウンスはメヒもきっといるだろうと言っていた。既に天界で暮らしているのかもしれない。
それなら誰にも縛られず自由に暮らして欲しい。ウンスを見る限りとても平和そうに見える、きっと良い王様が統治しているのだ。
・・・・・ん?
腕を組みヨンは考えてしまう。
今自分はメヒは何処かで豊かに暮らして欲しいと思った。傍にいて欲しかったのではなかったか?
自分の剣の握り部分にはメヒの布が巻いてあり、自分で忘れない為に巻いた筈だった。
なのに、思い出すのはユウンスが雪原に立ち手を振る姿で、気付くと髪飾りを見つめているのだ。
大樹にはまだ行けない筈なのに、この雪原には何度も来てしまっている。来ないとあの女人の記憶が薄まりそうで不安だからだ。
いつの間に俺はメヒを忘れる様になっていた?
――ユウンスが大丈夫だと、きっともう天界にいると言っていたからか?
あの時に零れた涙は、メヒを解放出来た安堵だったのだろうか。
「・・・メヒとは小さい頃から一緒にいて、妹の様に思っていた。何時かはそのまま夫婦になるのだと思って・・・同じ内功を持ち、赤月隊を継いで行くのだと思っていたんだ」
横にウンスはいないのに、何故か言葉が止まらなかった。自分がウンスに伝えていなかった過去の話を今更、一人で話している。
それでも話したかった。
「おーい、ユウンス!絶対に他の男に惑わされるなよ!!」
頭は良いが、何処か抜けている様にも感じて会えないとわかっているのに、それだけが心配になる。
「・・・本当に大丈夫か?・・・はぁー、全く・・・」
何か余計な心配事を考えてしまったと思いながら腰を上げ、山を降りて行くのだった――。
「おい、此方は既に用意は終わっているぞ」
「待って下さい。まだ王様と王妃の診脈が終わっていません」
「早く終わらせてくれ、向こうには三日以内には着きたい。叔母上が仕切っているとはいえ誰もいないのは心配だ」
新しい王になる江陵大君とその王妃を連れ元から出立し、一日は経っている。その間突然の雨に道もぬかるみ中々前には進めず、事が上手く進めない苛立ちにヨンは思わず舌打ちをしていた。
これで何度目の王だろうか。
前王の慶昌君は廃位され江華島に流刑されてしまい、沈む気持ちを落ち着かせる間も無く次の王を迎え来いと書簡が届いた。
幼かった王の周りは自分の利益しか考えない重臣ばかりで、誰も江華島に行く慶昌君を見送る事もしなかった。
ただ迂達赤隊だけが、島に向かう為の波止場迄行き、寂しく笑う幼い王の背中を見送っていたのだ。
これがこの国では当たり前の事なのだと諦めている民もいて、新しい王様に何の期待も無いと嘲笑する者達でさえいる。
はたして次の王はどの位いられるのだろうか?
ヨンでさえも、内心冷めた感情を持ち始めていた。
ふと、日が落ち始めた空を見上げると山の上だけ赤く光が照らされいる。
曇天が薄まり、残った雲が夕日を遮っているのだろうか?
暫く無言で見ていたが、用意が終わったとの報告に顔を戻し皆が集まる場所へと歩いて行った――。
(13)に続く
△△△△△△△△
・・・ここは・・・。
22時に13話は更新します(^_^)ノ✨
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