あの場所でもう一度(24)
「初めて一目惚れをしました」
ヨンの言葉に、ウンスは照れを隠す為にカップを掴もうと上げた手を止めていた。
――・・・い、今、何を・・・?
会話の内容からそれは確実に自分に向けられた言葉なのだとわかったのだが――。
話を聞き実は意外と平凡な過去と、アメリカでも優秀で羨ましい生活を送っていたのだろうと想像していたのに全く違っていて、今まで自分は彼に対し羨望を含んだ勝手な考えだったのだと今更ながらに気付かされた。
・・・大変だったと言っていた。
医者としての技術も隙を見せてはいけないと、日々周りの者全てをライバル視して気を張っていたという。
本当のチェヨンはそんな生活を数年間過ごしていたのだ。
だから、この間旅行に行った時に時々戸惑う彼がいたのだろうか?向こうではそんなに楽しい時間は過ごせていなかったのかもしれない。
お土産で買ったキーホルダーを何度も見ては、興味深そうにイ先生達にも聞いていたのをウンスは見てふとそんな事を思っていた――。
それならヨンの話にもなるほどと感じ、この国に来たばかりの彼が環境に慣れず気持ちが沈んでしまったのもそれは仕方ないと、自分もヨンに対して引け目を感じていたのだと、そう言おうと思っていたのに。
――・・・好きだと言われていたのだわ。
しかし今はと、ウンスは彼の気持ちを断った。
それでも彼はウンスのクリニックの為に何かと協力をしてくれていた。
貴女だけだと、一人だけだと。
そして覚えていて欲しい、と彼は言った。
この間まで、その言葉はどういう意味があるのか?あのモデルとの件で、彼の言葉を信じてみても良いかもしれないと思い始めていたのに。
まさか。
こんなに直球で来るなんて。
お見合いという空気に気持ちが昂っているなんて事は・・・ないわよね?
“一目惚れ”
人生でそんな言葉を言われる等思ってもいなかった。
いやいや。
この前から彼が発する言葉はウンスの人生で無かった事ばかりなのだ。
故にどう返せば良いのかがわからない。
もう止めてとは感じない程に、彼の良い所を知ってしまった。
それに彼の言葉には嘘は見当たらない・・・だから、困ってしまう――。
ヨンの言葉に驚いた顔をした後、下を向いてしまうウンスにヨンは小さくため息を吐いた。
――・・・やっぱり、駄目だったか。
叔父の依頼で見合いをしてくれたウンスに浮かれてしまった。結局は彼女はそれだけで、自分の為では無いのに。
はぁとため息を吐きつつ、ヨンはすみませんと謝った。
「・・・忘れてくれて良いです」
「え?」
「・・・ユ先生の気持ちも考えず自分の気持ちばかり言いました、ごめんなさい。
・・・これは、自分が勝手に想っている事なので言うべきではなかった」
そこまで言ってしまった自分に、これから彼女は接し方も変わってしまうかもしれない。
・・・調子に乗りすぎた。
しかし、
ちらりとウンスを伺うと。
頬を膨らませ、何故か拗ねた様に窓を向いていた。
「・・・何よ」
「・・・ユ先生?」
「言ったら忘れてとか・・・言われた本人が直ぐ忘れられるとでも思っているの?」
そう言いヨンを睨んで来た。
「はい、忘れます。て人がいたら、それは言われ慣れている人よ!そういうのは言い逃げ、ていうのよ」
「言い逃げ?」
そんなつもりは。
「言われた本人はずっと何なの?どういう意味があるの?て悩むしかないのに・・・」
「・・・どういう意味。だから、それは俺がユ先生を好きだと・・・」
憧れや尊敬だけの“好き”、ならありがとうで終われるのだ。だが、それとはヨンの言葉は違うと感じる、なのに忘れても良いとも言う。
「好きと言いたかっただけなら、それで良いと思うのよ」
「そんな訳、ないじゃないですか?」
あの子が好き、それで終わり。
子供ではないのだ。
自分は既に成人した大人で、その先の関係だって望んでいるのは当たり前で。しかし、彼女は自分を見ていない、気持ちだって向いていないとわかるのに、それ以上を考えるだなんて愚か過ぎるじゃないか。
――いや、敢えて考えない様にしていたのだが。
「俺は・・・ユ先生が好きです」
「・・・・・」
「でも、ユ先生は俺を好きでは無いじゃないですか?」
「す、好き・・・?」
ヨンはふぅと息を吐くと、手をテーブルに乗せ身体を前屈みにし、ウンスに近付いた。
「・・・俺ではやはり駄目ですか?」
――ユ先生のタイプに入らない?
ずっと聞きたかった。
距離を詰めて再び真っ直ぐウンスを見つめて来るヨンに、ウンスはグッと息を止めてしまう。
「俺は、貴女だけを想う自信があります。
・・・少しでもいい、俺を見てくれませんか?」
――ほら、また!
彼のこの台詞は一体何なのか?
また顔が熱くなっていくのがわかり、頬を擦りながらながらウンスはうぅと唸っていた。
「・・・チェ先生を嫌いて訳じゃなくて」
「でも、・・・恋愛対象には入っていないのでしょう?」
眉を下げ、ジッと見つめて来るヨンの眼差しは心底寂しそうに見える。
だから、そういう気持ちにさせないで欲しいのに。
「・・・私も、あまり誰かを好き・・・とか、そういう感情を考えた事は無くて。
だからそう言われても、・・・返事は出来ないのよ」
大学時代のトラウマで・・・等と言い訳かもしれないが、今まで異性にも負けまいと気持ちを頑なにして来た結果がこんな自分にしてしまっていた。
異性を好きになると、自分が負けた気がしてそれが悔しいと考えている天邪鬼な人間になっていたのだ。
「・・・私、きっと面倒くさい性格だから」
「俺も、偶に言われます」
我が強い、自己主張が激しい、冷たい人間だ。
向こうで何度言われた事か。皆同じではないか?何故自分だけが言われるのか?人種が違うからか?とまで卑屈になっていた事もあった。此方に来て、時々そんな自分が出ていないか心配になる時もあるのだ。
・・・あぁ、確かに出ているな。
彼女に何もしないと決めたのに、気持ちだけは知って欲しいだなんて。
「俺も面倒くさい性格なんです。だからユ先生に自分の気持ちを直ぐ言ってしまった」
「・・・まぁ、そうね」
「・・・もし、ユ先生が嫌でなかったら、俺と出掛ける事から始めて貰えないでしょうか?」
「一緒に出掛けてるし、食事もしてるけど?」
「む、何時もイ先生達がいたし、イベントは付き添いでした。違います、二人きりだけでしたいんです」
何時もの面々での食事は同僚として、イベントだってデートという訳でもなかった。そもそも二人の意識が全く違っていたではないか。
「・・・うーん」
ウンスはどうしようかと困り顔になるが、ヨンは素早くバッグから封筒を取り出しウンスに見せる様に前に差し出すと、
それは以前イベントで化粧品メーカーから貰った次の展示会の招待券だった。
「・・・とりあえず、この間貰った化粧品イベントから。
・・・ユ先生、一緒に行きませんか?」
「行きます」
・・・そう言うだろうと思った。
もしもの場合に備えて、何時も放さずに持って歩いていたチケットが役に立つとは・・・。
即答するウンスを見て、ヨンはにこりと微笑んだ――。
(25)に続く
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『チェヨン氏、見合いしたってよ。』(副題)
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次は病院内の話。
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