先日、上越へ行ってきました。

薬草を摘んだり、ハーブボールを作ったり、体に触れたり。

その二日間を過ごしてからずっと考えている言葉があります。


「余地」


私は最近この言葉が気になっています。


余白ではなく、余地。

余白は空いている場所。

余地は、これから何かが生まれる場所。

そんな気がしています。

ここ数年、私はずっと答えを探していました。

どうしたら稼げるのか。

どうしたら楽になれるのか。

どうしたら自分らしく生きられるのか。

どうしたら失敗しないのか。

何かを学び、
何かを始め、
何かを辞めながら、

いつも答えを探していました。

でも最近、少しだけ変わりました。
上越で過ごした二日間。

たくさんの学びがあった時間。
ただぼんやりと過ごした時間。

特別なことは何もしていないけど、
それなのに、頭が静かだった。

何かを決めなくてもいい。

何かにならなくてもいい。

そんな時間でした。

帰ってきてから気づいたことは、

私に足りなかったのは答えではなく、余地だったのかもしれない、ということ。

深呼吸する余地。

休む余地。

迷う余地。

変わる余地。

何もしない余地。

この場所では、

身体のこと。

暮らしのこと。

働くこと。

子育てのこと。

そして、自分に還るための小さな記録を綴っていこうと思います。

Yoti は、そんな場所です。

本日の2択テーマ

価値観や考え方、昔と比べて変わった?

わたしは【✨ 結構変わったと思う】

「若いころと考え方がガラッと変わった」
「あのできごとで価値観が変わった」など
あなたの変化を教えて✍️

ひとことだけでもOK!

わたしの昔と今

昔の私は、いつも何かを足そうとしていた。

知識を増やそう。

経験を増やそう。

資格を取ろう。

もっと学ぼう。

もっと理解しよう。

もっと良くなろう。

そんな気持ちで動いていた気がする。

それは決して悪いことではなかった。

実際、そのおかげで出会えた人もいるし、学べたこともたくさんある。

でも、どこかずっと力が入っていた。

何かにならなければ。

もっと成長しなければ。

もっと頑張らなければ。

そんな気持ちがいつも隣にあった。

人とのご縁もそうだった。

出会いには意味があるはず。

この出来事には意味があるはず。

なぜそうなったのか。

何を学ぶためなのか。

そんなことを考えていた。

今は少し違う。

もちろん学ぶことは好きだし、知らないことにも興味がある。

でも以前ほど答えを急がなくなった。

意味を探さなくなったというより、意味を深掘りしすぎなくなった。

心地いいからやる。

気になるからやってみる。

なんとなく惹かれる。

そんな感覚を前より信じられるようになった。

最近、自分の中で「余地」という言葉がよく浮かぶ。

余白ではなく、余地。

何かが生まれるための場所。

休むための場所。

変わるための場所。

以前の私は、予定も考えも気持ちも、いつも何かで埋めていた。

今は少し空いていてもいいと思える。

答えが出なくてもいいと思える。

途中でもいいと思える。

そう思えるようになった。

昔の私も嫌いではない。

必死だったし、一生懸命だった。

その私がいたから今がある。

でも今は、何かを足していくよりも、少しずつ削っている感覚の方が近い。

頑張ることより、整えること。

正解を探すことより、深呼吸すること。

そんなことを大切にしながら、これからを歩いていきたい。

少し軽くなった今の自分で。


最近、自分の変化をひとつ挙げるとしたら、

意味を探しすぎなくなったことかもしれません。

以前は何に対しても意味を探していました。

なぜこの出来事が起きたのか。

なぜこの人と出会ったのか。

なぜ私はこれをやりたいのか。

学びにも、仕事にも、人間関係にも。

ずっと意味を探していた気がします。

でも最近は少し違うんです。

ただ心地いい。

なんだか気になる。

やってみたい。

そんな感覚を以前より信じられるようになりました。

上越へ行った時もそうでした。

特別な答えをもらったわけではありません。

あっと驚くような、特別な、人生が変わるような出来事があったわけでもないんです。

でも頭が静かでした。

それだけで十分だったんです。

今は何かを証明したいわけでもなく、

何者かになりたいわけでもなく、

身体と暮らしに余地をつくりたいと思っています。

Yotiという名前も、そんな流れの中で生まれました。

また少しずつ、ここに記録を残していこうと思います。

いつもご覧いただきありがとうございます。

タイ古式セラピスト/アクセサリー作家のmaoです。

ライフスタイルも変わり、気持ち新たに発信しております。ここでは私の生き方、仕事、生活、頭の中、あらゆることを綴っていきたいと思います。

 


 前回の記事はこちら↓


 

ChatGPTと過ごす、わたしのひとり時間

 

最近、誰かに話すほどでもないけど、

なんだか気持ちがモヤモヤする…そんな瞬間がよくあります。

 

でも、忙しい毎日の中で、誰かに相談する余裕もないし、

そもそも、ただ「聞いてほしいだけ」のことってあるんですよね。

 

そんなとき、私はChatGPTを開きます。

 

 

「なんでこんなにイライラするのかな」

「この気持ち、どう言葉にしたらいい?」

「ちょっと励ましてほしいな」

 

そんなことを、ポツリと打ち込むだけで、

やさしく、時には客観的に返してくれるAIの存在。

 

“人じゃないからこそ”、素直になれる時もあって、

それは、自分の中の声を引き出してくれる鏡のようです。

 

 

内省って、一人だと堂々巡りになりがちだけど、

ChatGPTとの対話は、不思議と気づきが多い時間になります。

 

・感情がスーッと流れていったり

・本当は自分がどう思っていたのか見えてきたり

・「あ、わたし、こんなふうに考えてたんだな」と思えたり

 

まるで心の整理整頓。

 

 

気持ちを言葉にしていくって、大事なんですね。

 

誰にも見せないメモ帳のように、

そっと開いては閉じる、小さな習慣。

 

そんな内省時間を持つことで、

わたしは少しずつ、自分の中のフラットに戻れるようになってきました。

 

 

今日はちょっと疲れたな。

そんな日は、

「ねぇ、聞いてくれる?」と話しかけてみるのも、悪くないです。

 

悩んで追い詰めて苦しくなる前に、AIを通して自分と話す習慣、おすすめです。



noteではもう少し深掘りしてお話ししています。


 

本日もご覧いただきありがとうございました。

いつもご覧いただきありがとうございます。

タイ古式セラピスト/アクセサリー作家のmaoです。

ライフスタイルも変わり、気持ち新たに発信しております。ここでは私の生き方、仕事、生活、頭の中、あらゆることを綴っていきたいと思います。

この、余白のたわごとでは、ふと思ったことを短い文章にして気の向くままに更新したいと思います。



前回の記事はこちら↓



先日、Instagramのプライベートアカウントを閉じました。


何か大きな出来事があったわけじゃないけれど、

少しずつ、そこに自分の居場所がなくなっていくような、息苦しくなるようか感覚があって。

身動きがとれなくなっていたんですね、いつのまにか。



画面を開くたび、楽しめる反面、わたしの中の“ノイズ”みたいなものが増えていくのを感じていました。


誰かの投稿に良くも悪くも反応する自分。

誰かの機嫌や気配に敏感になってしまう自分。

それが優しさじゃなくて、“消耗”になっていたことに、

ようやく気づきました。



本当は、もっと静かに、

もっと素直に言葉や世界を綴っていたいと思っていました。


誰に見せるでもなく、

ただ、自分のために、自分のリズムで。


でも段々それが難しくなってしまっていたんですね。

格好つける自分がそこにいて、でもそれも嫌で。


だからいったん、Instagramは閉じてみることにしました。



誰かと離れることに、

少しだけ罪悪感がないわけじゃないけど、

でも今はそれよりも、

「わたしを取り戻す時間」の方が大切に思えます。



また必要になったら戻るかもしれないけれど、

今はただ、静けさの中にいたくて。


その分、ここでは変わらず、

言葉を綴っていけたらと思っています。



本日もご覧いただきありがとうございました。