手に入れたものより、積み上げてきたもの・・・
何を手に入れて、何を手放したのか?
そんなことは、終わってしまえば些細なコト。
だって、手元に残っているモノを見るしか選択肢が無いんだから。
手放したのか?奪われたのか?
それとも、横に置いてしまったのか・・・
私はきっと、それすらもまだ分からないよ。
だって、まだまだ途中の過程の道程だから
第7章|欲望の先に残るものは、何だろう?
私達は、いつだって何かを欲しがっている。
お金が欲しい。
自由になりたい。
誰かに愛されたい。
もっと良い生活がしたい。
欲しいものがあるから、願うし、求めるし、手を伸ばす。
そして、その欲望があるから、何かを始めたり、努力したり、必死になったりするんだろうね。
でもさ?
欲しいものを手に入れたら、その後はどうするんだろう?
ずっと欲しかったものを手に入れた。
叶えたかった夢が叶った。
目指していた場所に、ようやく辿り着いた。
・・・そりゃあ、嬉しいだろうね。
満足するだろうし、達成感だってあるだろう。
でも、それで終わりなのかな?
次の欲しいものを探す?
もっと大きな夢を追いかける?
それも良いじゃないか。
もう、私ったら欲張りなんだから!(笑)
ただ、私はもう一つ、考えてしまうんだ。
手に入れたものよりも、そこに辿り着くまでに積み上げてきたものの方が、案外大切なんじゃないだろうか?
手に入れたものは、いつかガラクタになるのかもしれない
欲しいものって、手に入らない時が一番輝いて見えるものなんだろうね。
あんなに欲しかった時計。
憧れていた車。
頑張って手に入れた家。
持っているだけで嬉しかったものも、時間が経てば当たり前になってしまう。
悲しいかな。
人間って、本当に欲張りだよね。
手に入れたら満足する。
満足したら、次の何かが欲しくなる。
そうやって、私達は欲望を繰り返して生きているんだろう。
でも、私自身の経験を振り返ると、何とも言えない気持ちになる。
かつて持っていた家も、車も、高価な時計も、アクセサリーも。
今では手元に残っていないものが沢山ある。
必死になって成功させた仕事だって、今の私には残っていない。
あんなに欲しかったものも、あんなに頑張って手に入れたものも、失う時はあっけないものなんだよね。
じゃあ、全部無駄だったのか?
何のために頑張ったんだ?
……なんて、思うこともあるだろう。
でもさ。
手に入れたものがなくなったからといって、そこに至るまでの経験までなくなるわけじゃないんだよね。
何のために? それが残っているんじゃないかな
私は、何かを欲しいと思った時に、大切にしたい言葉がある。
「何のために?」
っていう言葉だ。
どうして、それが欲しかったんだろう?
何を叶えたかったんだろう?
誰のために、何のために、そこまで頑張ったんだろう?
ただ欲しかったから。
好きだったから。
やってみたかったから。
そんな自己満足だって、立派な理由じゃないか。
でも、その「何のために?」がある時って、きっと自分の行動に意味を持たせられるんだと思う。
例えば、私が家族の生活を守るために必死になっていた頃。
手に入れたかったのは、お金だったのかもしれない。
仕事だったのかもしれない。
生活できる環境だったのかもしれない。
でも、その根っこには、生きるため、生かすためという欲望があった。
だから、出来ることを探した。
だから、必要なものを選んだ。
だから、必死に行動した。
その結果、手に入れたものは、もう残っていないものも多い・・・。
でも、あの時、何のために行動していたのか。
それは今でも覚えているんだよね。
そして、その経験があるからこそ、今の私は、あの時間を振り返ることが出来る。
手に入れたものを失っても、何のために生きていたのかという経験は、自分の中に残っている。
それって、随分と素敵なことなんじゃないかな?
人生の解答用紙って、いつ採点するんだろうね?
ただ、人生って、そんなに綺麗な話ばかりじゃない。
失敗することもある。
後悔することもある。
思い出したくもない過去だってある。
むしろ、私なんて黒歴史ばかりじゃないか?(笑)
あの時、違う選択をしていたら。
あんなことをしなければ。
もっと上手く出来ていたら。
そんな風に思うことなんて、いくらでもある。
でもね。
どれだけ後悔しても、過去は変わらないんだよ。
失ったものは戻らないし、起きた出来事がなかったことになるわけでもない。
じゃあ、全部悪かったことにするのか?
全部無駄だったことにするのか?
それだって、自分の選択なのかもしれない。
私は以前から、人生って解答用紙みたいなものなんじゃないかな?って思うことがある。
生きている間に、沢山の問いがある。
どうする?
何を選ぶ?
何を守る?
何を諦める?
何を欲する?
その時、その時で、自分なりの答えを書いていく。
でも、その答えが正しかったのか、間違っていたのか。
そんなこと、すぐには分からないんだよね。
だって、まだ人生の途中なんだから。
解答用紙の空欄に答えを埋めるのは、これからの自分なんだ。
そして、最後に誰が採点してくれるんだろうね?
先生?
親?
友人?
世間?
いやいや。
自分の人生なんだから、自分で採点したって良いじゃないか。
もっとも、その解答用紙を全部埋め終わる頃には、私はもういないんだろうけどね(笑)
だからこそ、今すぐ正解を決めなくたって良いと思うんだ。
黒歴史を「良かった」にしたいから、私は書いている
私は、こうして文章を書いている。
自分が経験してきたこと。
見てきた世界。
感じてきたこと。
失敗も、後悔も、怒りも、悲しみも。
そんなものを、何年も何年も書き続けている。
どうしてなんだろうね?
誰かに認められたいから?
自分の考えを伝えたいから?
もちろん、そんな欲望もあるんだろう。
でも、もう一つある。
私は、自分の黒歴史に近い人生を、いつか「良かった」と思えるようにしたいんだ。
まだ、良かったと思えていないことが沢山ある。
あの時の選択は正しかったのか?
あの経験には、どんな意味があったのか?
今でも分からないことがある。
だから、書いている。
まだ、良かったになっていないから。
まだ、自分の中で終わっていないから。
書きながら、考えているんだろうね。
別に、過去を美化したいわけじゃない。
悪かったことを、無理やり善かったことに変えたいわけでもない。
悪いものは悪い。
失敗は失敗だ。
それでも、その経験にどんな意味を持たせるのかは、今の自分にも考えられるんじゃないかな?
あの時は最悪だった。
でも、あの経験があったから、今の自分にはこんな選択肢がある。
そんな風に思える時が来るかもしれない。
もちろん、来ないかもしれない。
それだって良いんだよ。
ただ、私は「良かった」にしたいと思っている。
その欲望があるから、今も書き続けているんだろうね。
結局、ここにも欲望があるんだよ。
本当に、欲張りなものだね(笑)
欲望の先に残るものは、何だろう?
欲望は、私達を苦しめることがある。
他人と比較して、嫉妬したり。
お金を求めて、何もかも失ったり。
願いが叶わなくて、立ち止まってしまったり。
私自身、そんな経験を沢山してきた。
でも、欲望があったからこそ、行動できたこともある。
生きるために働いた。
家族を守るために、生活を変えた。
必要だと思ったものに、全力を注いだ。
そして今も、自分の過去を「良かった」と思えるように、こうして文章を書いている。
結局、欲望って何なんだろうね?
私は、欲望を捨てる必要なんてないと思っている。
ただ、何でも欲しがって、何でも手に入れれば良いとも思わない。
何が必要で、何が大切で、何を欲するのか。
その時々で、自分に聞いてみる。
そして、必要だと思えることを選んで、行動する。
もちろん、選択が正しかったのかなんて分からない。
結果がどうなるのかも分からない。
成功するかもしれないし、失敗するかもしれない。
手に入れたものを、全部失ってしまうことだってあるだろう。
でも、その時に自分が何を欲して、何を選んで、何のために行動したのか。
その経験は、自分の人生の中に積み上がっていくんだと思う。
そして、いつか振り返った時に、
「あの頃は幸せだったなぁ」
なんて思える時間になるかもしれない。
あるいは、いつまでたっても最悪な思い出のままかもしれない。
それも含めて、自分の人生なんだろうね。
良かったにするのも、悪かったにするのも。
これからの自分が、どんな風に生きていくのかによって変わることもあるんじゃないかな?
だから、私はまだ書いている。
まだまだ、欲しいものがあるから。
まだまだ、叶えたい願いがあるから。
そして、まだ「良かった」に出来ていない過去があるから。
欲張りで何が悪い?
どうせ欲望を持って生きていくんだったら、自分にとって大切だと思えるものを欲しがって、自分の意思で選んで、そのために行動していく。
手に入れたものが残らなくたって、そこまで歩いてきた道のりは、自分の経験として残っている。
その経験を、これからどんな思い出にしていくのか。
それを考えながら、まだまだ欲張って生きていく。
そんな人生だって、素敵じゃない?






