まぁまぁよくある話だよ。

成功する・・・成功した話の冒険譚みたいなものだ。

そして、そこからの転落もよくある事・・・

悲しいね。成功と失敗は・・・違うか。

 

第4章|生きるためだった。だから必死になれた

欲望って、いろいろあるよね。

お金が欲しい。
誰かに認められたい。
好きなことをして生きていきたい。

そんな気持ちが、私達を行動させる原動力になるんだと思う。

 

でもさ?

欲しいとか、羨ましいとか、そんなことを言っていられない時だってあるんだよ。

 

生きるために、どうしてもやらなきゃいけない。

 

自分だけじゃない。

大切な誰かを生かすために、必死にならなきゃいけない時だってある。

 

そんな時の欲望って、きっとものすごく単純なんだろうね。

・・・今回は、私自身のそんな経験の話だ。

 

  子供が学校に行けなくなった

これは、まだ結婚していた頃の話。

ある時、子供が不登校になったんだ。

もうね。

どうしていいのか分からない。

 

学校に行けない。

だからといって、無理やり連れていけば良いって話でもないんだろうけど・・・

 

カウンセラーに相談する?
学校に相談する?
転校する?
少人数の環境に変えてみる?

出来ることは全部やったと思う。

 

いや、やってしまったね。間違った正しさを押し付けていたと痛感する今日この頃だよ。

 

実際・・・どれも根本的な解決にはつながらない。

 

親として何とかしてやりたい。

何とか出来るなら、何だってしてやりたい。

でも、現実ってそんなに都合よく出来ていないんだよね。

どうにもならないものは、どうにもならない。

 

じゃあ、どうする?

 

子供は家にいる。

仕事に出ることが難しい。

でも、生活は続いていく。

家賃も、食費も、光熱費も、生活しているだけでお金は必要になる。

 

学校に行けないからといって、生活費が免除されるわけじゃない。

仕事に出られないからといって、誰かが代わりに稼いでくれるわけでもない。

 

生きていくには、お金が要るんだよ。

だったら、家で仕事をする方法を探すしかないじゃないか。

 

  なりふり構っていられないんだよ

そこからは、もう必死だった。

家にいながら出来る仕事は何だろう?

どうやったら収入を得られるんだろう?

 

出来ることを探して、試して、また探して。

 

もう、手当たり次第だよ。

格好いい仕事がしたいとか、有名になりたいとか、そんな話じゃない。

 

自分に向いている仕事を探しましょう!

好きなことを仕事にしましょう!

 

……いやいや。

そんな悠長なことを言っている場合じゃないんだって!(笑)

 

今、必要なのは収入なんだよ。

家族が生活できるだけのお金が必要なんだ。

 

だから、出来ることをやるしかない。

そんな中で、たまたま成功したのがYouTubeだった。

 

バズったんだよね。

それも、YouTubeの収入だけで生活できるくらいに。

 

たまたま・・・いや、理由は明確だし、その通りだし、なるべくしてなったんだよ。

今思い返しても、よくやったもんだと思う。

でも、最初から成功する自信があったとかそんな話じゃない。

だって、必死だったんだから。

失敗したら、次を探す。

出来ないなら、違う方法を考える。

何とかしなきゃいけない。

家族総出で積み上げて、何とか手に入れた成功だったと思う。

 

生きるため。

生かすため。

それだけだったんだよね。

 

ただね・・・特別な才能があったのは事実なんだろうね。

私じゃないよ?私だけのことじゃないよ?

子供たちの才能があったって言うだけの話なんだ。

 

まぁ?

その後、離婚して追い出された私には、何も残ってないけどな!(笑)

人生って、本当に面白いよね。

 

  欲望があるから、動けるんじゃないかな?

私は、この経験を振り返ると、欲望って何だろう?って考えてしまう。

 

YouTubeで成功したかったのか?

有名になりたかったのか?

お金持ちになりたかったのか?

もちろん、お金は欲しかった。

 

でも、お金そのものが目的だったわけじゃない。

家族が生きていくために、お金が必要だったんだ。

 

目的があって、そのために必要なものがあった。

だから、手に入れるために行動した。

 

ただ、それだけのことなんだろうね。

 

私達が持っている欲望って、最初から立派な夢や希望である必要なんてないと思う。

お腹が空いたから食べたい。

眠いから寝たい。

生活したいからお金が欲しい。

大切な人を守りたいから、何とかしたい。

そんな単純な気持ちだって、立派な欲望じゃないか。

 

そして、その欲望が切実であればあるほど、行動する理由は明確になるんだと思う。

何のために?

誰のために?

どうして、それが必要なのか?

 

そこが明確だったから、私は必死になれたんだろうね。

  より良く生きたい。それが欲望の始まりなんだろう

欲望っていうと、どうしても贅沢なものを想像してしまう。

 

もっとお金が欲しい。
もっと良い家に住みたい。
もっと良い車に乗りたい。

 

でも、その根っこにあるものって、案外単純なんじゃないだろうか?

今より、もっと良く生きたい。

 

ただ、それだけなのかもしれない。

誰かより良い生活がしたいと思うこともあるだろう。

誰かに認められたいと思うこともある。

自分のために頑張りたい時もあれば、家族のために必死になる時もある。

 

きっかけも、動機も、人それぞれだ。

でも、結局は生きるためなんだよ。

 

より良く生きるため。

「善く生きる」なんて、古の賢者みたいな誰かが言っていたね。

 

そんな言葉があるくらいなんだから、きっと昔から人は、生きることと、より良く生きることを考えてきたんだろう。

私は、それが欲望の始まりで、大切な原動力なんだと思っている。

 

  必死に手に入れたものだって、失う時はある

・・・ただね。

どれだけ必死になって、どれだけ頑張って、ようやく手に入れたものだったとしても、それがずっと自分の手元に残るとは限らない。

 

私がそうだったように・・・ね(笑)

 

家族総出で積み上げたものも、生活も、仕事も、環境も。

失ってしまう時はある。

 

それまでの努力が報われるとは限らないし、欲望が叶ったからといって、その先の人生まで保証されるわけじゃない。

 

じゃあ、全部無駄だったのか?

私は、そうは思わない。

 

少なくとも、あの時の私は、必要だと思ったことに全力で向き合っていた。

何のために行動していたのか。

どうして、そこまで必死になれたのか。

 

それを今の私は知っている。

成功も、失敗も、手に入れたものも、失ったものもある。

でも、あの時に行動した経験まで、なかったことにはならないんだよね。

 

欲があったから、行動できた。

行動したから、あの経験を手に入れることが出来た。

その経験を、これからどう思うのかは、また別の話なんだろう。

 

ただし、欲望がいつも自分を良い方向に連れていってくれるとは限らない。

生きるために必要な欲もあれば、何もかも失うような欲望だってある。

実際、私は多額の負債を抱えて、家も車も手放すことになった経験がある。

 

だからこそ、思うんだ。

欲望は捨てる必要なんてない。

でも、何を欲して、何を必要として、何を守るのか。

そこには、自分自身の選択が必要なんじゃないだろうか。