昔話って、勧善懲悪的なモノが多かったり

謙虚な姿が美しいみたいに描かれるよね。

 

でも、実際そこだけを切り取ってるだけで・・・

桃太郎だって犬と猿は喧嘩別れ

カチカチ山なんて、うさぎもおじいさんもたぬきも鬼畜過ぎ・・・

本当は怖い日本昔話?

第2章|花咲か爺さんだって、最後はウハウハじゃないか!

 

「強欲は身を滅ぼす」

よく言ったものだよね。

 

昔話なんかでも、欲張りな人は大抵ひどい目に遭って、無欲で心優しい人が報われる。

 

例えば、誰もが知っている『花咲か爺さん』。

正直者のおじいさんと、欲張りな隣のおじいさんのお話だ。

 

欲張りなおじいさんは、隣のおじいさんが良い思いをしているのを見て、自分も同じように金銀財宝を手に入れようとする。

 

ところが、欲をかいたばかりに最後はひどい目に遭う。

一方、正直者のおじいさんは、枯れ木に花を咲かせて、お殿様から褒美をもらう。

 

めでたし、めでたし。

……って、ちょっと待ってほしい。

花咲か爺さんだって、最後は金銀財宝をもらってウハウハじゃないか!(笑)

 

別に、無欲を貫いて褒美を断ったわけじゃない。

「私は欲がありませんので、皆様にお配りください!」

なんて自己犠牲をしたわけでもない。

 

ちゃんと褒美を受け取って、めでたしめでたし。

それで良いじゃないか!

 

じゃあ、何が違ったんだろうね?

私は、欲望そのものよりも、その欲望がどんな行動につながったのかが重要なんじゃないかと思う。

 

正直者のおじいさんは、最初からお殿様に褒美をもらおうとして、灰を撒いたわけじゃない。

自分がやりたいと思ったことをやった。

 

亡くなった愛犬への思いもあったんだろうし、枯れ木に花を咲かせたいという願いもあったんだろう。

ある意味、自己満足なんだよね。

自分がそうしたいから、そうした。

 

それが結果として誰かを喜ばせ、褒美を受け取ることにつながった。

自己満で、エゴで、勝手にやったことが誰かのためになった。

 

そして、喜んでくれた誰かが、感謝の形として褒美を渡してくれた。

私は、そこが素敵なんだと思う。

 

だって、最初から見返りを求めていたわけじゃないんだから。

 

反対に、隣のおじいさんはどうだったんだろう?

褒美が欲しい。

金銀財宝が欲しい。

自分も同じように良い思いをしたい。

その気持ち自体は、別に悪いことじゃないと思うんだ。

 

誰かが良い思いをしていたら、羨ましくなることだってあるだろう。

自分も欲しいと思うのは、当たり前じゃないか。

 

でも、欲しいものを手に入れるために、何をするのか?

そこに違いがあるんだろうね。

 

これは、私達の日常でも同じことが言えるんじゃないだろうか?

誰かに愛されたいから、自分を磨く。

誰かに認められたいから、勉強する。

お金が欲しいから、仕事を頑張る。

有名になりたいから、新しいことに挑戦する。

全部、自分のためだ。

 

承認欲求でも、自己顕示欲でも、愛欲でも、何でも良いじゃないか。

その欲望が、自分を素敵にしていく原動力になるなら。

 

ただ、私は一つ、大切にしたいことがある。

それが「誰のための欲望なのか?」っていうこと。

 

「あなたのためにやってあげた」

「あなたが喜ぶと思ったから」

「これだけしてあげたんだから、何か返してほしい」

そんな言葉を聞くことがある。

 

もちろん、本当に誰かのためを思って行動することもあるだろう。

 

でもさ?

自分がやりたいと思ってやったことなのに、相手に見返りを求めてしまったら、それは誰のための行動なんだろうね?

自分の欲望を、相手に押し付けているだけになってしまうこともあるんじゃないかな?

 

だったら、最初から自己満で良いと思うんだ。

私はこうしたい。

私はこうありたい。

私はこれが好きだから、こうする。

それで良いじゃないか。

 

その自己満足が、結果として誰かのためになったら素敵だろう?

誰かが喜んでくれたら嬉しいだろう?

そして、その誰かが感謝してくれたなら、もっと素敵じゃないか。

 

褒美を受け取ることだって、悪いことじゃない。

お金をもらったって良い。

感謝されたって良い。

自分が満足して、相手も喜んでくれた。

 

それなら、めでたしめでたし!

欲望を否定するのは簡単だ。

自己満足を悪いことのように言うのも簡単だ。

 

でも、私は思うんだ。

自分のためにしたことが、誰かのためになったら素敵なんだよ。

 

最初から誰かのためになろうとしなくたって良い。

まずは、自分が何をしたいのか。

どんな自分でありたいのか。

その欲望が、自分を動かす力になれば良いんじゃないだろうか。

 

ただし、欲望にはもう一つ、厄介なところがある。

誰かが持っているものを見ると、自分も欲しくなってしまう。

誰かが幸せそうにしていると、どうしても自分と比べてしまう。

 

欲望って、必ずしも自分の中だけで生まれるものじゃないんだよね。

他人の存在が、自分の欲望を大きく刺激することだってある。

 

そして、私自身も、その厄介な欲望に随分と振り回されてきた。

 

もうね。

他人と比較してしまう気持ちって、本当に面倒くさいものなんだよ。

第3章「他人の幸せを見て、モヤモヤするのも欲望だろう」に