欲望を否定する人が居る。
そりゃそうだ。強欲は身を亡ぼすとはよく言うからね。
なにより、悪意を持っているように見えてしまう。
人を出し抜いて、甘言で欺いたりって見えてしまう。
偏見だと思うけど、どうしてもそう見えてしまうから悲しいね・・・
第1章|欲望って、そんなに悪いものなのか?
私達は、沢山の欲を持っている。
あれが欲しい、これが欲しい。
あんなことをしてみたい、こんな自分になりたい。
誰かに愛されたい。
誰かに認められたい。
もっとお金が欲しい。
もっと自由になりたい。
そんな風に、私達は常に何かを求めて、願って、欲しているんだろうね。
でもさ?
欲望って、そんなに悪いものなんだろうか?
年末になると、よく聞くじゃない?
「煩悩を払う」とか「煩悩退散!」とか。
人間には108つの煩悩があるそうだ。
いやいや、いつの時代の話なんだろうね?
そもそも、今の時代って、ほとんどの欲望がお金で解決できてしまうんじゃないだろうか?
美味しいものが食べたい。
綺麗な服が欲しい。
旅行に行きたい。
大きな家に住みたい。
なんなら、お金で買えないものを探す方が難しいくらいだ。
もちろん、何でも買えるわけじゃないけどね。
じゃあ、欲望って結局、お金を欲する感情なんだろうか?
だとしたら、それって随分と真っ当で、必要なものじゃないか?
だって、生きるためにお金が必要なんだよ。
生きているだけで、お金が必要なんだから。
衣食住、全部お金で買える。
食べるにも、寝るにも、住むにも金が要る。
なんなら、そこに住んでいるだけでも税金がかかる。
存在税か?
面白いね(笑)
……って、そんな話じゃないね💦
でも、考えてみてほしい。
生きるためにお金が必要で、そのお金を手に入れたいという気持ちが欲望なんだとしたら、欲を持つことは、生きるために必要なことなんじゃないだろうか?
それなのに、どうして私達は「欲深い人」を悪い人のように見てしまうんだろうね。
昔話でもそうだ。
欲張りな人は罰を受けて、無欲で心優しい人が報われる。
人のために自分を犠牲にできる人が善人で、自分のために何かを求める人は、どこか卑しい人のように扱われる。
もちろん、自己犠牲ができる人を否定するつもりはない。
それはそれで、素敵なことだと思うよ。
でもさ。
自分のために何かを欲しがることだって、素敵なことじゃないか?
愛されたいから、自分を磨く。
認められたいから、努力する。
お金が欲しいから、働く。
もっと良い生活がしたいから、新しいことに挑戦する。
誰かに好かれたいと思うから、身ぎれいにして、立ち居振る舞いを正して、人に優しくすることだってあるだろう。
それって、悪いことなのかな?
私は、そうは思わない。
むしろ、欲があるから頑張れるんだと思う。
欲しいものがあるから、手を伸ばす。
叶えたい願いがあるから、行動する。
なりたい自分がいるから、努力する。
その欲望こそが、私達を前に進める原動力になるんじゃないだろうか。
もちろん、強欲は身を滅ぼすとも言う。
欲に目がくらんで、何もかも失ってしまうことだってあるだろう。
実際、私自身も、お金に関わる欲望によって、とんでもない現実に直面したことがある。
だから、欲望なんて何でも持てばいい、何でも叶えればいい、なんて言うつもりはない。
何が必要で、何が大切で、何を求めていて、何を欲するのか。
そこには、ちゃんと選択が必要なんだと思う。
でも、だからといって欲望そのものを否定する必要なんてない。
だって、私達は欲を持って生きているんだから。
生きたい。
もっと良くなりたい。
大切なものを守りたい。
それだって、立派な欲望だろう?
欲張りで何が悪い?
欲があるから、私達は何かを目指せる。
そして、欲があるから、自分のために行動できる。
ただ、その欲望が自分を苦しめるものになるのか、自分を前に進める力になるのか。
そこには、きっと違いがあるんだろうね。
例えば、昔話の『花咲か爺さん』。
あのおじいさんだって、最後は金銀財宝をもらってウハウハなわけだ。
自己犠牲で何もかも手放して、めでたしめでたし……なんて話じゃない。
じゃあ、善いおじいさんと欲張りな隣のおじいさん。
一体、何が違ったんだろうね?
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