私の想いも。

誰かの想いも。

毎日のように、新しい言葉や情報で埋め尽くされていく。

ニュース。
SNS。
誰かの意見。
正しそうな言葉。
もっともらしい説明。

 

情報が増えれば増えるほど、
自分が最初に何を思っていたのか、
何を大切にしていたのか、

いつの間にか分からなくなることがある。

 

気持ちを上書きされて、
塗りつぶされて、

「あれ?私は本当はどう思ってたんだっけ?」

って。

 

でもさ。

そこで私は思うんだ。

私だって、誰かの大切な想いを塗りつぶして生きているんじゃないだろうか?

 

  繰り返される言葉は「当たり前」になっていく

一度言われただけなら、ただの意見かもしれない。

 

でも、

「普通はこうする」
「そんなことやめなさい」
「あなたには無理」
「将来困るよ」
「あなたのために言ってるの」

そんな言葉を毎日のように聞かされたらどうだろう。

 

繰り返される言葉。

繰り返される環境。

繰り返される反応。

 

それはいつの間にか、

「そういうものなんだ」

っていう、その人の当たり前になっていく。

 

赤ちゃんが周囲の言葉を聞きながら言葉を覚えるように・・・・

 

私達は、
何度も何度も与えられたものを、
世界そのものだと思ってしまうことがある。

 

  特に、親の言葉は重い

例えば子供が、

「これやりたい!」
「将来こうなりたい!」

って目を輝かせた時。

 

親はきっと、心配する。

 

「でも現実は」
「それじゃ食べていけない」
「安定した方がいい」
「そんな簡単じゃない」

本当に心配だから言っているのかもしれない。

 

でも、

心配から出た言葉が、相手には不安として残ることもある。

「夢を見るのは危ない」
「好きなことでは生きられない」
「自分のやりたいことは間違っている」

そんな言葉に変わって残るかもしれない。

 

発した意味と、
相手の中に残る意味は、

同じとは限らない。

ここが怖い。

 

  「あなたのために」は、誰のため?

この言葉、本当によく聞く。

「あなたのために言ってるんだよ」

 

でもさ・・・・・・・・・

 

本当に全部、
相手のためなんだろうか?

 

自分が心配したくない。

失敗する姿を見たくない。

世間体が怖い。

自分の価値観から外れてほしくない。

 

そんな自分側の感情だって、混ざっているんじゃないだろうか?

 

私は、それ自体が悪いとは思わない。

人なんだから、
不安にもなる。

心配にもなる。

 

でも、

それを全部「あなたのため」に変換して、相手に渡してしまうのは違うんじゃないか?

って思う。

  今の時代では、AIですら人を染めようとする

今回、私はAIと話していて、それを強く感じた。

 

私はただ、

「私はこう思う」

って私見を話している。

 

なのに、

「強すぎる」
「一般化出来ない」
「こう言った方が正確」

って、何度も修正される。

 

一つ一つは正しそうに見える。

それっぽい事実も並んでいる。

 

でも繰り返されたら、

「私の考えの方が間違ってるのか?」

って思わされることだってある。

 

AIですら、
そんなふうに人の考えを上書きしようとする。

 

だったら私達はどうなんだろう?

普通に生きて、
普通に話して、

毎回、

「今、自分の言葉でこの人の想いを塗りつぶしてないかな?」

なんて考えながら話せるんだろうか。

 

正直、私は疑問だ。

 

  染めないなんて、たぶん無理なんだと思う

だからって、

「何も言わない方がいい」

って話じゃない。

 

親は危険を教える。

先生は知識を教える。

恋人には気持ちを伝える。

友人には意見を言う。

人と関わる以上、
誰かの世界に色を乗せることは避けられない。

 

だからこそ、

自分はいま、相手の世界に色を乗せている

っていうことくらいは、知っていたいと思う。

心配で、
誰かの夢を塗りつぶしていないか。

 

不安で、
誰かの未来を狭めていないか。

 

善意で、
誰かの選択肢を奪っていないか。

 

それでも必要だと思って言うなら、

私は、

「あなたのために」

じゃなくて、

「私はこう思うから、あなたに伝える」

くらいの責任を持ちたい。

 

「あなたが傷つくのが、私は怖い」

「あなたが失敗するのを、私は見たくない」

「その選択をされると、私は不安になる」

 

それなら、
自分の感情として引き受けられるから。

 

誰かに染められないように気をつけるなら、

自分が誰かを染めていないかにも、気づいていたい。

「あなたのために」と言う前に、

その言葉は本当は誰のためなのか。

 

一度くらい、
自分に聞いてみてもいいんじゃないだろうか・・・