幸せって、いったい何なんだろう?

 

幸せに形なんてないのかもしれない。

 

でも、人それぞれに「幸せを感じる何か」は確かにあると思う。

モノかもしれない。

時間かもしれない。

人かもしれない。

 

何を好きになるのか。
何を大切にしたいのか。
何をしている時に心が動くのか。

 

それは人によって違う。

だったら、その違いを「好み」って言ってもいいんじゃないだろうか?

 

「好き」があるだけで

誰かを好きなる

何かを好きになる

好きじゃない・・・と思うけど・・・無いと困る

好きとまでは・・・言えないけど・・・手放せない

 

きっと、それって特別なコトなんだ。

  「好き」って思えるだけで幸せなんじゃない?

私は思う。

 

好きって思える幸せ。

好きって言える幸せ。

好きでいられる幸せ。

好きを表現できる幸せ。

 

どれも、別に段階じゃない。

 

好きって思えたから次は伝えなきゃいけないわけでもない。

伝えたから相手に受け入れてもらわなきゃ幸せじゃないわけでもない。

 

相手の反応なんて、その次の話だ。

 

好きな人が自分を好きになってくれるかなんて分からない。

推しが自分の存在を知っている必要だってない。

それでも好きなんだ。

好きだから見たい。

好きだから聞きたい。

好きだから会いたい。

好きだから応援したい。

 

推し活なんて、まさにそうでしょ?

相手から何かを返してもらえなくても、

「私はこれが好きだ」

って思える。

 

その感情が自分の中にある。

それだけでもう、幸せって言って良いと思う。

  「好き」があるって、実は当たり前じゃない

ただ、その「好き」は何もない場所から生まれているわけじゃない。

 

安心がある。

安全がある。

食べられる。

眠れる。

生きることだけに追われていない。

自分の気持ちを感じるだけの余白がある。

 

お金だって必要だ。

 

お金が無ければ、推し活なんて出来ない。

好きな場所にも行けない。

好きなものを買うことも難しい。

 

それどころか、明日の生活すら分からない状態なら、

「好き」なんて言っている余裕そのものが無くなることもある。

 

安心と安全は、幸せ以前の土台なんだと思う。

生き物として存在するための基盤。

 

その土台があるからこそ、

「これが好きだな」

って思える。

 

だから私は逆に思う。

「好き」と思えているという事実そのものが、今ここにある幸せの証拠なんじゃないか。

  幸せって、失ってから気付く

幸せって、失ってから気付くことが多い。

 

当たり前にある時には、なかなか見えない。

あるアニメでは、幸せをガラスみたいなものとして表現していた。

透明だから、そこにあるのに見えない。

でも確かにそこにある。

そして壊れた瞬間に、その存在が分かる。

しかも割れたガラスは、今度は自分を切る。

 

住む場所があったこと。

食べられていたこと。

話せる人がいたこと。

会いたい人に会えていたこと。

好きな人を好きでいられたこと。

 

失って初めて、

「あれは幸せだったんだ」

って分かる。

 

だったら、失ってから気付くだけじゃなくていいじゃないか?

今、好きなものがある。

今、好きな人がいる。

今、「好き」って思える自分がいる。

その事実を、今のうちに幸せって言ってしまえばいい。

 

  「好き」を知ることは、自分を知ること

「好き」って、単なる感情でもないと思う。

 

何を好きになるのかには、自分が出る。

今まで見てきたもの。

経験してきたこと。

育ってきた環境。

趣味趣向。

価値観。

憧れ。

欲望。

その時の状態や状況。

 

いろんなものが混ざって、

「好き」

っていう感情になる。

だから、

自分の「好き」を知ることは、自分自身を知ることでもある。

私は何が好きなのか。

誰が好きなのか。

どんな時間が好きなのか。

どんな自分でいることが好きなのか。

 

それが分かっていけば、

自分が何に幸せを感じる人間なのかも、少しずつ見えてくる。

それは、

「本当の自分を探す」

なんて大層な話じゃない。

 

ただ、

自分の思いを知ること。

自分の心が何に動いているのかを、自分でちゃんと見てやること。

 

そして、その「好き」を大切にしていくこと。

 

それが、

幸せになっていく

ってことなのかもしれない。

 

幸せをどこか遠くに探しに行かなくていい。

何か大きなものを手に入れてから、ようやく幸せになれるわけでもない。

好きって思える。

好きって言える。

好きでいられる。

そんな自分が今ここにいる。

私は、その事実だけでも十分に幸せって言って良いと思う。

いや、

ちゃんと幸せって言おう。

「好き」がある。

それだけで、幸せなんだ。