前回、「行きたくない」という言葉について書いた。

 

「学校に行きたくない」
「仕事に行きたくない」

 

その言葉だけを聞いて、

怠けている。
甘えている。
逃げている。

そんなふうに答えを決めてしまうのではなく、

その言葉の奥に、まだ言葉になっていない「何か」があるんじゃないか?

 

そんな話だった。

今回は、その続きをもう少し考えてみたい。

分かって欲しい。でも、言えない。

人と人は完全に分かりあうことなんて出来ないんだろう。

例えそれが、親子や兄弟や恋人や夫婦だったとしても・・・

まして、友人や同僚なんてさらに無理だと思っている。

 

だからこそ、その「分かり合えない」の先に行く方法が必要なんだと思う。

 

  分かって欲しい。でも、言いたくない

言葉にならない思い。

誰にも言えないこと。

分かって欲しいけど、伝えられないこと。

 

どうしようもないのに、誰にも言えなくて、一人で抱えるしかない現実。

そんなもの、誰にだって一つや二つあるんじゃないだろうか?

 

それでも人は、何となく匂わせてしまう。

「学校に行きたくない」

「今日は帰りたい」

「もういい」

「別に」

「何でもない」

本当に言いたいことは、それじゃないのかもしれない。

 

好きな人に「好き」と伝える勇気はない。

でも、好意には気付いて欲しい。

 

助けてとは言えない。

でも、苦しいことには気付いて欲しい。

 

話したくない。

でも、何かあったことくらいは分かって欲しい。

 

「伝えたくない」と「伝わって欲しい」は、普通に同居する。

矛盾しているけど、人の感情なんてそんなもんだと思う。

 

  答えを当てる必要なんてない

じゃあ、「行きたくない」と言われたらどうするのか?

 

「いじめられてるの?」

「仕事で嫌なことがあった?」

勝手に答えを作るのも違うと思う。

 

何か言いたそうな顔をしているから、

「私に不満があるんでしょ?」

なんて決めつけるのも違う。

 

それは相手を理解しているんじゃなくて、

自分の解釈を相手に押し付けているだけだから。

 

本当のところなんて分からない。

だったら、

「何かあるんだろうな」

まず、それくらいでいいんじゃないかな?

 

無視することなんて簡単だ。

自分の事情や意見を優先して、正論を押し付けることも簡単だ。

 

でも、それを繰り返していたら、人と人は結局すれ違って、衝突して、嫌い合っていくんだろう。

  分からないことと、関わらないことは違う

私は、人と人が完全に分かり合えるとはあまり思っていない。

 

相手がちゃんと言葉にしてくれたって、その言葉を私は「私の経験」で理解するしかない。

まして、本人ですら言葉に出来ない感情なんて、分かるわけがない。

 

だから、

「あなたの気持ち、分かるよ」

なんて簡単には言えない。

 

分からんもんは、分からん。

 

落としどころを探すこともある。

「ここは分かり合えないね」と割り切ることだって必要だろう。

 

でもさ。

 

もし、その相手が自分にとってかけがえのない人だったら?

「分からないから仕方ないね」

そんな簡単に終われないこともあると思う。

 

  向き合えないなら、同じ方向を向けばいい

だからといって私は、正直に向き合えるほど出来た人間でもない。

相手のすべてを受け止められるほど、達観した人間でもない。

 

私にだって感情がある。

腹も立つし、面倒にもなるし、逃げたくもなる。

 

だから私は、

出来ることくらいはしたいな

って思う。

 

一緒にモヤモヤする。

一緒に悩む。

一緒に模索する。

答えのない答え探しをしてみる。

 

解決なんて出来なくてもいい。

相手の気持ちを全部理解出来なくてもいい。

向き合う力がないなら、無理して向き合わなくてもいい。

 

せめて、

同じ方向を向く努力くらいはしてあげたい。

 

私はあなたのことを全部は分からない。

あなたが見ているものも、感じているものも、本当のところは分からない。

でも、

分からないからって、一人でそっちを向かせなくてもいいじゃない。

 

私には何でも分かってあげられるほど器用じゃないし、何とかしてあげられるほどの力は無いし、受けとめきれるほどの器量も無いから・・・

  それでも、正解なんてない

もちろん、近づいて欲しくない人だっている。

 

「何も聞かないで欲しい」

「そっとしておいて欲しい」

それすら言葉に出来ないこともあるだろう。

 

だったら、離れることが正解になることもある。

近づくことも、離れることも、相手を思って選べてしまう。

 

だから結局、

人との関係に正解なんてないんだと思う。

それでも、何か言いたそうな顔をしていたら。

「行きたくない」と言ってくれたら。

 

私は、その言葉だけで答えを決めたくない。

分かってあげるなんて、大層なことも言えない。

 

ただ、

「何かあるんだろうな」って、目を向けるくらいは出来る。

分かり合えないから諦めるんじゃなくて、

分かり合えないことを知った上で、それでも同じ方向を向いてみる。

 

一緒にモヤモヤして、

「どうしたらいいのか、どうしたいのかも分からないね」

って言いながら考える。

 

それくらいの関係なら、私にも出来るかもしれない。

分からないまま、一緒に分からないままでいる。

 

それも、人と人が一緒にいる一つの形なんじゃないかな。

私は、そんなふうに思っている。