人と人の繋がりや関係って、きっと妥協点探しなんだと思う。
お互いに譲れない部分はもちろんある。
何に癇に障るのか?
何が琴線に触れるのか?
どんな言葉がどう伝わって、どう感じられて、どう受け取られるのか?
そんなもの、全部分かるはずがない。
相手のことを知ることは出来る。
でも、相手の全部を知ることなんて出来ない。
だからこそ、私は人間関係って「分かり合うこと」よりも、どこで折り合えるかを探すことの方が大切なんじゃないかと思っている。
人は「譲る理由」を作っている
妥協って聞くと、なんとなく我慢とか負けとか、そんな印象がある。
でも、私はそうは思わない。
人が誰かに譲る時って、その人に屈しているんじゃなくて、
「今回はまあいいか」
って、自分が譲ってもいい理由を作っているんだと思う。
好きだから。
家族だから。
親だから。
上司だから。
今回は相手の方が詳しいから。
喧嘩するほどでもないから。
昨日は自分が譲ってもらったから。
好みでもいい。
立場でもいい。
ルールでもいい。
モラルでもいい。
メリット、デメリットでもいい。
何を理由にするかは人それぞれだ。
大切なのは、自分がその結果を引き受けられる理由があることなんだと思う。
妥協って、真ん中を取ることじゃない。
自分が納得出来る落としどころを探すことなんだ。
どうしても譲れない時もある
もちろん、いつでも譲れるわけじゃない。
相手が一歩も引かない時もある。
こちらが引けば引くほど、どんどん押し寄せてくる人もいる。
癪に触ってしょうがない。
どうしても許せない。
譲る理由なんて一つも見つからない。
そんな時は、戦うしかないことだってあると思う。
でも、戦い方だって一つじゃない。
逃げる。
離れる。
外部に頼る。
仲間を増やす。
正面からぶつかる。
全部、選択だ。
夫婦喧嘩なんて、もうやるしかない時だってあるだろうからね💦
ただ、私はその先が大切だと思う。
やりきって許せるならいい。
お互いに譲歩が出るならいい。
相手に譲らせるでも、自分が譲るでもいい。
その後に落としどころが見つかるなら、関係は続いていく。
逆に、それがどうしても見つからない時は、関係が終わる時なのかもしれない。
私の経験からの意見だよ・・・。
「分かり合う」って本当に出来るのか?
私は、人と人が完全に分かり合うなんて無理だと思っている。
一緒にいれば、相手のことは少しずつ分かってくる。
何を嫌がるのか。
何に喜ぶのか。
どこで怒るのか。
何を大切にしているのか。
でも、その奥にあるものまで全部知ることなんて出来ない。
「私を知って」
「あなたを知りたい」
「お互いに分かり合おう」
そうやって、ずっとお互いだけを見続ける関係って、私はかなり難しいと思う。
だって、分かり合えないことの方が多いから💦
それでも「分かり合える」と思いたい時がある
ただ、一つだけ。
私なりに「分かり合える」と思いたい形がある。
それは、同じ目標や目的に向かっている時だ。
運動会で勝つ。
演劇や舞台を成功させる。
一人一人がそれぞれの役をこなして、同じ場所を目指す。
そんな時は、それぞれの意志も価値観も違っていていい。
表現も方法も違っていていい。
ただ、同じ方向にベクトルを向けることが出来る。
その時は、相手に譲っているんじゃない。
伴走しているんだと思う。
私は私の役割を果たす。
あなたはあなたの役割を果たす。
そして、その先に同じ目的地がある。
相手に期待して、信頼して、その歯車がかみ合う時って、きっとそういう時なんじゃないだろうか?
恋愛は向き合う時間
恋愛は、きっとお互いと向き合う時間なんだと思う。
相手を知り始める段階だからね。
何が好きで、何が嫌いなのか。
何を大切にしているのか。
どこで笑って、どこで怒るのか。
そうやって相手を知ろうとする。
でも、その中で本当に知るのは、
「この人の全部を知ることなんて出来ない」
っていうことなのかもしれない。
だから恋愛って、分かり合うための時間というより、
分かり合えないことを知っていく時間なんだと思う。
夫婦は同じ未来を見る時間
その上で夫婦になるんだとしたら、今度はお互いだけを見続けるんじゃない。
恋愛の中で知ったズレも、違いも、分かり合えなさも踏みしめて、
「じゃあ、この二人でどこに向かう?」
って未来を見る時間なんだと思う。
恋愛では、
私とあなたが向き合う。
夫婦になったら、
私も未来を見る。
あなたも未来を見る。
同じ方向を見ながら歩いていく。
もちろん、夫婦になっても向き合う時間は必要だ。
でも、ずっと
「私を分かって」
「あなたをもっと知りたい」
「なんで分かってくれないの」
だけでは、きっと苦しくなる。
お互いを理解し切ることよりも、
この二人でどう生きるか?
何を大切にするか?
どこまで歩いていくか?
そっちの方が、ずっと大切なんじゃないだろうか?
幸せは「なっていく」もの
私は、幸せって掴むモノでも、手に入れるモノでも、与えられるモノでもないと思っている。
幸せは、なっていくものだ。
結婚した瞬間に幸せになるわけじゃない。
理想の相手を見つけたから完成するわけでもない。
相手を全部理解出来たから幸せになるわけでもない。
分かり合えないことを知る。
譲れないところを知る。
それでも、譲れる理由を探す。
時には喧嘩する。
離れる。
また向き直る。
そして、同じ方向を探す。
その積み重ねの中で、幸せになっていくんだと思う。
分かり合えるから一緒にいるんじゃない。
分かり合えないことを知った上で、それでも同じ未来を見て歩いていく。
夫婦って、きっとそういう関係なんじゃないだろうか?




