人は、総じてネガティブな面を持っている。

 

悪いことの方が気になるし、嫌なことの方が記憶に残る。

褒められたことは忘れるのに、たった一度言われた嫌味だけは何年経っても覚えていたりする。

心理学では、こういう傾向を「ネガティブバイアス」と呼ぶらしい。

 

そして、こと日本人においては、この傾向が強くなりやすい環境で育っているんじゃないか?と私は思う。

 

ネガティブを感じたらそのままアクションに変える!

出来ることは出来る事だけなんだよ。

知っていることは知っている事だけなんだよ。

持てるモノは持てる分だけ。

それなのに、アレコレ考えて、悪い方に意識が言ってしまうのは悲しいかな。

私達の現実が目の前にあるからだよね。

  失敗を恐れるように出来上がっていく

出来たことを褒めるより、出来なかったところを指摘される。

失敗すれば叱られる。

間違えれば恥をかく。

迷惑をかけるな。

失敗するな。

ちゃんとしろ。

そんなものを幼い頃から積み上げられていけば、そりゃ失敗を恐れるようになる。

 

「出来なかったらどうしよう」

「間違えたらどうしよう」

「怒られたらどうしよう」

チャレンジする前に、不安と心配が先に立つ。

 

まぁ、当然と言えば当然なんだろう。

 

あるスピリチュアル系の人が、人の感情も上から下へ落ちていくようなもので、重い感情ほど下に溜まり、ネガティブなものほど強く影響する、みたいな話をしていた。

・・・そこから使命だの加護だの、ネガティブからの解放だのという話になったので、そこは置いておく。

 

でも、「悪いものほど強く残る」という感覚自体は、なんとなく分かる。

  ただの出来事に、勝手に答えをつけてしまう

連絡が来ない。

いつもよりそっけない。

返事が短い。

急に雨が降ってきた。

 

本来なら、それだけの出来事だ。

 

なのに頭の中では、

「嫌われた?」

「何か悪いことしたかな?」

「怒ってる?」

「運悪すぎる」

「やっぱり私はダメなんだ」

と、勝手に話が大きくなっていく。

 

でも実際には、忙しいだけかもしれない。

疲れているだけかもしれない。

返信を忘れているだけかもしれない。

雨だって、天気予報を見ていなかっただけかもしれない。

 

それでも、人は早く答えを欲しがる。

 

分からない状態が嫌だから、理由を簡単に作ってしまう。

そして一番手っ取り早いのが、

「自分が悪かったのかな?」

なんだと思う。

 

自分を責めれば、とりあえず理由は完成するから。

  「考えないようにする」なんて無理だろう

そこでよく言われることがある・・・

考えすぎない。

決めつけない。

ありのままを受け入れる。

ポジティブに考える。

手放す。

 

・・・いやいや。

どこの無我を目指してるんだよ?、と思う。

 

出来るなら最初から苦労していない。

出来上がった思考パターンなんて、一朝一夕で変わらない。

幼い頃から積み上げてきた不安や失敗への恐怖を、自己啓発の動画一本で消せるわけがない。

 

だから私は、解決しようとしなくても良いんじゃないか?と思う。

 

ネガティブになったっていい。

不安になったっていい。

心配したっていい。

ただ、一つの選択肢として私が思うのは、

考えるより、行動してしまえばいい。

ということだ。

  考える前に、現実に触れてしまえばいい

連絡が来ない。

「嫌われたかな?」

「怒ってるかな?」

「昨日のあれかな?」

 

と一人でグルグル考えるくらいなら、

「え?なんかあった?」

って聞けばいい。

 

元気がないなら、

「どした?大丈夫?」

って言えばいい。

 

急に雨が降ってきたなら、

「あぁぁぁぁ!傘忘れた!走れ俺!」

でいい。

 

そこで人生まで悲観しなくていい。

走ればいい。

濡れたら濡れたでいい。

転んで痛かったら泣けばいい。

勘違いなら笑えばいい。

自分が悪かったなら謝ればいい。

相手が悪かったなら怒ったっていい。

 

起きてから感じたままに行動すればいいんだ。

考える為に、起こしてしまえばいいんだよ!

  いい子ちゃんでいようとするから動けない

みんな少し、いい子ちゃんでいようとしすぎなんじゃないか?と思う。

 

間違えないように。

嫌われないように。

怒られないように。

恥をかかないように。

失敗しないように。

だから、行動する前に考えすぎる。

 

そして、考えすぎた結果、何もしない。

 

・・・仕方ない。

だって私たちは、失敗やミスを責められることを怖がるように育ってきたんだから。

 

・・・仕方ないさ。

でも、行為しないと何も変わらない。

 

  ネガティブは「変化に気付いた」サインかもしれない

私は、ネガティブになっている時って、何かの変化に気付いた時でもあると思う。

いつもと違う。

何か変だ。

何か引っかかる。

もちろん、その感覚が正しいとは限らない。

勘違いかもしれない。

思い込みかもしれない。

ただの不安かもしれない。

でも、それなら尚更、頭の中だけで答えを作るより、現実に触れた方が早い。

 

女性がネイルを変えた。

髪型を変えた。

アクセサリーを変えた。

気付いた!!!

 

そこで、

「言ったら変かな?」

「勘違いだったら恥ずかしいな」

なんて考えて何も言わなければ、何も起きない。

 

でも、

「ネイル変えた?」

って言えば、そこに一つ出来事が生まれる。

喜ばれるかもしれない。

「あ、そうです」

で終わるかもしれない。

別にそれでいい。

 

結果までこちらが決めなくていいんだ。

 

ネガティブバイアスなんて、たぶんなくならない。

マイナス思考も、不安も、心配も、全部消すなんて無理だと思う。

だったら消そうとしなくていい。

 

感じた。

気付いた。

不安になった。

そこから一つ、行為に変えてみる。

頭の中で勝手に答えを出すくらいなら、現実に一回触れてみる。

 

ネガティブにならない人になる必要なんてない。

「あれ?」

と思った時に、考え込んで固まるのか?

それとも一歩だけ動くのか?

その違いは、案外大きいんじゃないかな?