私はミスが多い。

些細なミスが多いんです。

単純な見落としとか、勘違いとか。
誰にでもあるようなミスなのに、なぜか私がする。

 

そのせいで、誰かに迷惑を掛けたり、誰かに負担を強いたりする。

 

本当に申し訳ない。

だから、ミスをしたら「ごめんなさい」と謝るしかない。

 

向き不向き?出来る出来ない?…私はミスが多い

このブログを書いている今日。

まさに書いているその日・・・私は仕事でミス・失敗・間違いをしたわけです。

ごめんなさいをしてきました。すみません、気を付けます。って言ってきた。

本当に申し訳ないと思っている。

でも、それで終われるわけじゃないから、これから何とかしないとダメなんです。

どうしたら、同じミスを繰り返さないか?を考えていこうと思うんですが・・・・

もうね。ほんと、ごめん。

  ミスをする時って、何もない時だったりする

これがまた不思議なんです😩

ミスをする時って、大抵、何か問題がある時じゃない。

 

暑いわけでもない。
疲れているわけでもない。
空腹でもない。
眠いわけでもない。

何の問題もない。
余裕もある。

 

そんな時に、ぽろっとミスをする。

 

逆に、忙しくて、余裕がなくて、他事もいろいろしていて、集中なんてできないような時の方が、なぜかミスをしなかったりする。

 

私はADHDです。

 

散漫なくらいが、ちょうどいいのかもしれない。

余裕のある仕事より、余裕のない状況。
制限があって、終わりが決まっていて、追い詰められている時の方が、良いパフォーマンスをする。

 

本当に、どうしようもない・・・

私しようの環境と職場にしたら、他の人が辛くなる・・・

本当に、どうしようもない。

  「やれば出来る」って、やっている側には辛い

「やれば出来る子」

そう言われることがある。

通知表には大抵書かれてた。

残念極まるとはこのことだろう。

 

でも、「やれば出来る」っていうのは、やっていない人に対して言う言葉なんじゃないか?

 

私は、やっているつもりなんです。

気を使っている。
気にしている。
気を配っている。

ルール通りにやろうとしている。

 

それでも出来ていない。

 

だから「すみません」なんです。

言い訳なんて、いくらでもできます。

暑い。
疲れた。
空腹。
眠い。

でも、そんなものは日常にありふれたことです。

 

社会は、そんなことを待ってくれない。

会社は動く。
時間は進む。
仕事は終わらせなきゃいけない。

 

そして効率を求められる。

 

その結果、ミスは責められる。

 

そして私は、ミスが多い。

 

今日もミスをしたから、こんなことを書いているわけです。

ごめんなさいをしてきたから、こんなことを考えている。

どうしようもないから、ごめんなさいなんですよ。

  ルールには境界線がある

「ルール通り、決まった通りにやれば間違いない」

 

分かっています。

やっているつもりです。

 

でも、出来ない・・・だから、困ってます。

そのせいで、またルールが・決まりが増えるかと思うと泣けてくる・・・

 

向き不向きで言えば、私は向いていない。
出来る、出来ないで言えば、出来ない側なんだよ。

 

だって、やっているつもりでも出来ていないなら、それはアウトでしょ。

 

ルールが境界線なら、私は出来る側にはいられない。

出来ていないんだから。

でもね。

だからといって、「私には何も出来ない」とは思いたくない。

 

  自分のフィールドで戦いたい

私は、自分のフィールドで戦いたい。

 

そう思う。

でも、現実はそんなに甘くない。

 

出来なくても、向いていなくても、今ある環境から抜け出して、生きていけるのか?

 

そう考えたら、今の環境の方が無難だったりする。

 

だから逃げられない。

辛くても、出来なくても、しがみつくしかない。

 

だって、またリスタートするのは大変でしょ?

今までの経験がある分、今の方がいいんじゃない?

そんな安直な安パイに逃げたくなるのも、人の弱さなんだろうし、私の弱さなんだと思う。

 

  「自分の使い方」を示す

そう思うから、私は違う環境に、違う世界に飛び出してしまおうと思う。

失うモノが無いからね。

 

でも、そうじゃない人も居るだろう。

だから、私からの言葉を残そうと思う。

 

出来ないこともある。

分からないこともある。

無理なこともある。

向いていないこともある。

苦手なこともある。

そして、今まさにその只中にいることだってある。

 

だったら、自分の使い方を示すことは必要なんじゃないか?

「私はこれが出来ます」とアピールするんじゃない。

「私はこれに向いています」と伝えるんでもない。

 

もっと現実的に、

「この状態じゃ、私のミスは減らないんです。こうしてくれたら、減ると思います。ダメなら、違う方法を考えて、ミスを減らせるようにします」

くらいでいいんじゃないかと思う。

ミスはする。

だから、ごめんなさいは言う。

迷惑を掛けたなら、補填する。

そのうえで、自分がどう使えるのかを示していく。

ミスをしない人間になるんじゃない。

ミスをする自分を、どう使えばミスを減らしながら力を出せるのかを探す。

それも、自分を知るってことなんじゃないかな?

 

だって、ルールの中で「出来ない」と判断されたとしても、自分の全部が「出来ない人」になるわけじゃない。

 

出来ないことはある。

向いていないこともある。

でも、それだけじゃない。

だから私は、自分の使い方を探したい。

それが、自分のフィールドで戦うための、最初の一歩なのかもしれない。