私はシティーハンターが大好きです。
小学生のころ、学校から帰ってきたらTVで放送されていた。
毎週見ていました。その後にキャッツアイだったかな?
まぁそれはいいとして・・・私は冴羽獠が大好きです。
あの人の生き方?もうね、惚れてます。ぶっちゃけ未だに中二病ですよ。
目指してますからね。冴羽獠になりたいです。
シティーハンター大原画展に行きたい!
って、感情のままに語りだしたらアメブロっぽくないので
ちょっと、考察的な自己啓発?的な話しもしましょう。
それこそ、シンプルフレーズの視点で見るっていうか、原画展に行く理由的な?
そんなお話をしましょう(笑)
「○○たい!」は、自分を知るための言葉だ
やりたい。
見たい。
感じたい。
知りたい。
分かりたい。
体感したい。
行きたい。
私は前から、この「○○たい!」という感情は、とても大切で、魅力的な思いだと思っている。
理屈より先に出てくる言葉。
損得を考える前に、心が勝手に向いてしまう方向。
それは、自分の欲望であり、感情であり、自分の好みを知るための、とても分かりやすい言葉なんだと思う。
今回、私はシティーハンター原画展に行きたい。
大好きなマンガの原画展。
大好きな主人公。
私が憧れる男像の原点。
見たいに決まっている。
行きたいに決まっている(笑)
好きな場所があるから、嫌な部分を許せる
以前、人の好みや異性の好みについて書いた。
人にはそれぞれ、好きな場所・好みがある。
自分が惹かれるところ。
どうしても譲れないところ。
反対に、苦手なところや、どうしても許せないところもある。
人と付き合い、その先で結婚という契約をする。
一緒にいる時間が長くなれば、当然、良い面だけではなく悪い面も見えてくる。
そのとき、相手を許せるのか?
私は、自分が好きになったところや、惹かれた部分があるかどうかで、相手を許せる理由が生まれると思っている。
この人のここが好きだ。
この部分に惹かれた。
だから、嫌な部分を見ても、関係を続けようと思える。
許すというのは、何でも我慢することではない。
ただ、自分の中に相手を許す理由があるかどうかなんだと思うんだ。
好きと言われたから好きになった。
自分を好きになってくれる人が好き。
そういう相手に依存した関係では、嫌な部分を見たときに、許す理由まで相手に依存してしまう。
相手が折れる。
妥協する。
謝罪する。
贖罪する。
そこまでしてくれなければ許せない・・・
自分の側に、許す理由がないからだ。
自分を許す方が、ずっと難しい
これは、自分自身に対しても同じだと思う。
自分の行動や言動を、いつまでも悔いて後悔し続ける。
私自身、それはよく分かっている。
自分を許そう。
自分を好きになろう。
言葉にするのは簡単だけど、実際にはそんなに簡単な話ではない。
正直、他人を許すより、自分を許す方がずっと難しいと思っている。
好きの反対は無関心だ、なんて言う人もいる。
でも、私の私見では、好きの反対は嫌いに決まっている。
自分の嫌な部分を見れば、自分を嫌いになる。
嫌い続けることに疲れた先で、自暴自棄のように自分への関心を失っていく。
だから、自分のことを知らなければ、自分を許すこともできない。
自分の好きなところ。
譲れない価値観。
どうしても曲げたくない美学。
なりたい自分。
そういうものが分からなければ、自分の嫌な部分を見たときに、自分を引き受ける理由がなくなる。
自分を知るというのは、長所と短所を並べる自己分析ではない。
嫌いな自分を見たときにも、完全には見捨てないための理由を知ることなんだと思う。
「○○たい!」は、欲望の自己紹介だ
そこで、「○○たい!」という話に戻る。
行きたい。
見たい。
知りたい。
やりたい。
感じたい。
感情をそのまま表現したときに出る、この言葉。
それこそが、自分の欲望や感情を知る機会であり、自分の好みや「好き」を知る瞬間なんだと思う。
今回のシティーハンター原画展。
私は、最高に、最強に、超行きたい。
私の生き方であり、人生観であり、価値観であり、憧れる男の一人。
冴羽獠。
見たいに決まっているwww
今、大阪で開催されている。
行ける距離。
何ともまぁ都合よく、時間も日程もターゲット内。
行くでしょ?
自分の好きに会いに行くでしょ?
行かないなんて、今まで私が書いてきた記事の意味がなくなるレベルですよwww
だから、行きます。
ありがとう、北条司様。
もう宿も新幹線も取りました( *´艸`)
上野には、行けなかった・・・
上野でも開催していただろう?
ありましたね。
行きたかったですよ。
でもね、私の理性が言い訳しましたよ。
予算が。
距離が。
時間が。
都合が。
いろいろ言いました。
SNSで流れてくる感想や写真。
どれだけ枕を濡らした?
どれだけ爪を噛んだ?
どれだけ足踏みした?
ただただ「いいね」を押しました。
悔しかった。
行けなかった自分がつらかった。
現実的な理由だったのかもしれない。
仕方なかったのかもしれない。
それでも、行きたかったという感情は消えなかった・・・
だから、大阪開催?
行きますよ。
今度は行きます。
行きたい。
見たい。
感じたい。
知りたい。
私の全部を持って行ってきます。
これが一番、欲望を発揮しているんだなと痛感しています。
私が冴羽獠に憧れる理由
シティーハンターって、女性にはどうしても人気がないみたいです。
なんでなんですかね?
私の知っている女性も、正直、否定的な人が多いです。
まぁ、仕方ないでしょ。
少年誌の主人公ですから。
女性にだらしない。
下品。
乱雑。
適当。
確かに、女性から支持されにくい部分はあると思う。
でも、私が見ているのはそこだけじゃない。
見えないところでの努力。
他人には見せない十字架。
裏切らない覚悟。
賭けるのは、常に自分の全力。
相手を許す度量。
悪く見られることを引き受けながら、それでも守るべきものを守る姿。
そこまで見て、初めて判断してほしいと思う。
とはいえ、それが難しいことも分かっている。
相手には相手の価値観がある。
冴羽獠を嫌う理由がある人もいる。
だから、こう思う。
私には、あなたが嫌う理由も分かる。
それでも、私が好きである理由までは否定させない。
私は欠点を知らずに憧れているわけではない。
下品さも、だらしなさも、適当さも知っている。
そのうえで、なお好きなんだ。
その奥にある覚悟や美学を知っているから、私は憧れる。
なりたい。
そういう人になりたい。
目指したい。
そう思うからこそ、私は今でもブレず、曲げず、推している。
自分の好きを否定しない
これが、自分を知るということなんだと思う。
自分が何に惹かれるのか?
何を格好いいと思うのか?
何を譲れないのか?
何を嫌い、何を受け入れられるのか?
そういう思いを自覚して、自分のために使えるようになる。
それが、自分を知り、相手を知るきっかけになる。
許したり。
許されたり。
否定したり。
受け入れたり。
綺麗ごとなんて言っていない。
何でも理解し合えるとも思っていない。
私は、自分の好きを否定しない。
だから、他人の好きを簡単には否定しない。
相手が私の好きを理解できなくても構わない。
嫌いでも構わない。
ただ、私が好きである理由まで否定させるつもりはない。
自分を知って、自分を大切にしようと思うからこそできる。
私は、それを美学だと思っている。
冴羽獠って、そうじゃない?
自分の思いを隠さず示している。
だからこそ、他人の否定的な目線も、辛辣な言葉も受け止められる。
自分が何者なのかを知っているから、他人の評価だけでは揺らがない。
だから、素敵な人間像になっているんだと私は思う。
……とか何とか言いますけど。
好きなんで、見に行きますよ!
行きたい。
見たい。
感じたい。
知りたい。
最高に、最強に、超行きたいですから(笑)




