言っている事と、やっていることが違う人
身近にいませんか?
「子供に勉強しろ」って、言うだけの親
きっと、一緒に勉強をしたりはしないんだろう
多様性を受け入れろって言う社会
それって、否定派を受け入れる気あるのか?
政治やマスコミなんて、例を挙げるまでもない。
むしろ、上司の顔色を伺う上司の方が、矛盾してなくて清々しいくらいだ(笑)
「自己矛盾」の3大特徴
1.自ら気づくことは極めて難しい(しかし、他人のことは一瞬で見抜ける)
2.気づいてしまうと、他人の無自覚さが「滑稽」でたまらなくなる
3.他人から指摘されると、凄まじい勢いで「自己弁護」の防衛システムが作動する
この構造、実に美しく、そして絶望的なまでに私たちの日常に組み込まれています。
言うのは簡単、やるのは地獄。だから自分くらいは甘やかそう。
他人にだけ厳しい人って心当たりあるでしょ?
やたら指摘して来たり、粗を探してたり・・・
余計なお世話なアドバイスが好きだったり、善意の押し売りの訪問販売してくれたり
一緒に居ると疲れちゃうけど、そういう人ほど会話の内容に事欠かないから
周囲に人が居たりするんよね。
言うのは簡単。やるのは難しい。
他人にアドバイスをするのは簡単です。
「もっと早く寝た方がいいよ。」
「勉強しなさい。」
「感情的になるな。」
「ちゃんと計画を立てなさい。」
どれも正論です。
でも、いざ自分が当事者になった瞬間、その正論は一気に難易度が跳ね上がります。
仕事、人間関係、お金、体調、時間…。
言うだけなら見えなかった現実が、一斉に襲い掛かってくる。
だから、言うこととやることが違うなんて、人間なら当たり前なんです。
夏休みの宿題が、その証拠
毎年、夏休みの初日に完璧な計画を立てるあの感覚。
「今日はここまで」「来週にはこれを終わらせる」
と意気込んで完成した立派な予定表は、どうしてあんなに脆いんでしょうか(笑)。
自分に対してですら、言った通りに生きられない。
予定通りに進まない。
『予定通りにいかないのが人生だ。』
なんてカッコいいことを言うくらいだから、本人だって矛盾していることは分かっているんでしょう。
それでも懲りずにまた予定を立ててしまう。それが人間という愛おしくも滑稽な生き物です。
これが私です。
他人には厳しく、自分には甘い。
自己矛盾は、自分では気づきにくい。
他人のことはよく見える。
だから、「言ってることと違うじゃん。」
と、他人に思うことなんて山ほどあると思う。
逆に、自分のことを指摘されたらイラッとする。
即座に「いや、この場合は事情が違って……」
「事情があるから。」
そんな言い訳も始まる。
でも、それでいいじゃないですか。
人は、自分を見る時と他人を見る時で、バイアスが違うんです。
同じ基準で見られるほど、人間は器用じゃありません。
甘やかしてくれる人なんて、ほとんど居ない。
家事をしなければ責められる。
遅刻をすれば叱責される。
仕事でミスをすれば責任を負わされる。
社会は甘くないのが現実だ。
「いいよ、大丈夫。」
「今回は許してあげる。」
そんな優しい言葉をかけてくれる他人なんて、そうそう居ません。
居たとしても、下心があるんだから(笑)
だからこそ思うんです。
自分くらいは、自分を甘やかしてもいいじゃないか?
どうせ甘やかせる場面なんて限られている。
だったら、その限られた場所くらい、自分の味方をしてやればいい。
他人が許してくれない時代だからこそ、せめて自分だけは最高の理解者でいたい。
「あーあ、また今日もやっちゃったな」と笑い飛ばして、適当に生きていきましょう。
自己矛盾? 大いに結構!
言うこととやることが違う?
予定通りにいかない?
他人には厳しいくせに、自分には甘い?
はい、その通りです(笑)
でも、それが人間なんです。それが私です!
だったら胸を張って言ってやりますよ(笑)
「自己矛盾? 大いに結構!」
「私は他人に厳しくて、自分に甘い!」
「ごめんね(笑)」
完璧じゃなくてもいい。
自己矛盾だらけでもいい。
他人が許してくれない時代だからこそ、自分だけは、自分を笑って許してあげよう。
だって、それくらいの甘さがなければ、人間なんてやってられないんだから。


