「自分の人生なんだから、自分が主人公でいたい」
そう思うのは、きっと普通のことですよね。
自分で選んで、自分で進んで、自分で何とかする。
でも……
その「主人公」という役を背負いすぎると、 人生は途端に苦しくなってしまいます。
だって、主人公だからって 何でも出来るわけじゃないからです。
主人公は万能じゃない
主人公だって、誰かの助けがなければ物語は進みません。
波乱に巻き込まれることもあるし、間違えることもある。
何も出来ずに立ち尽くすことだってあります。
それでも主人公なのは、 全部を解決出来るからじゃない。
「物語の中を進んでいくから」主人公なのです。
全部を思い通りに動かせる存在は、主人公ではありません。
それは「作者」であり「クリエイター」です。
人生の出来事を自分で作り、登場人物を動かし、伏線を回収して、好きな結末を用意する……。
そんな権限、私たちは持っていません。
なのに、自分の人生では、 まるで自分が作者であるかのように考えてしまう。
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自分で何とかしなければならない。
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自分で解決しなければならない。
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最後まで自分が責任を取らなければならない。
そんなこと、出来るわけがないのです。
脇役でも、物語は進められる
自分を「脇役(モブ)」だと思えば、少しは楽になれるんじゃないか?
脇役なら、困った時に誰かへ駆け寄っていい。
問題を投げてもいい。
分からないことを、分かる人に渡していい。
トラブルを、自分より詳しい人に任せたっていいのです。
脇役だからって、物語の外にいるわけじゃない。
ちゃんと一緒に進んでいます。
ただ、全部の場面で自分が先頭に立たなくてもいいだけ。
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法律の問題なら、弁護士に主人公を渡せばいい。
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身体の問題なら、医師に渡せばいい。
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仕事の判断なら、上司や会社に渡せばいい。
その場面を一番うまく動かせる人に、主人公を任せればいい。
その都度、主人公を渡したって困りはしないのです。
「責任」をなくすんじゃない
もちろん、最後に結果を受け取るのは自分です。
ツケも残る。
失敗すれば、自分だけではなく周囲の人間にシワ寄せがいくこともある。
それが一番つらい。 だから動けなくなる。
だから苦しい。逃げたくなる。
でも、「責任を取ること」と「全部を一人で処理すること」は同じじゃない。
判断する責任、解決する責任、費用を払う責任…… 責任には、いくつも種類があります。
その全部を、自分一人で持つ必要はありません。
取れる責任は、取れる人にしか取れない。
実は、どんな責任でも、取りきれない時は案外なんとかなるものです。
実際、僕は一度人生のシステムを限界まで使い倒して、本当の意味で物語の強制終了(リセットボタン)を押しました。
そう、自己破産の経験があるのです。
免責の後には「ブラックリスト」というリアルな現実が待っていますが、生活には何ひとつ困りません。
デビットカードと現金があればいい。
高額な買い物をしなければ、そもそもローンなんて必要ない。
家や車だって、賃貸とリースで何の問題もなく生きていけます。
大丈夫。逃げ切れます。
専門家に任せることは責任放棄ではなく、物語を止めないための行動なのです。
ハッピーエンドを作るのは、いつも他人
私は、他人のハッピーエンドをたくさん見てきた。
結婚した、夢を叶えた、新しい人生を始めた……。
それを見て、「良かったね」「幸せになったね」と語る。
でも、本当はそこで人生が終わったわけじゃない。 その後も、日常は続いていく。
ハッピーエンドとは、その人の人生が完全に幸福になった地点ではない。
「私がそこで見るのをやめて、語るのをやめただけ」なの・・・。
私が見つけたハッピーエンドは、いつも他人の物語でした。
自分の物語は、自分が生き続ける限り終わらない。
幸福な瞬間が来ても、次の日がある。
工場の次のシフトがある。
だから、自分の人生にはハッピーエンドが無いように感じる。 でも、違うのかもしれない。
物語全体は終わらなくても、「場面」なら終わらせられる。
一つの場面を、誰かに終わらせてもらう
自分の人生そのものを、他人に任せることは出来ない。
でも、一つの場面なら任せられます。
一つの問題なら渡せる。
一つの結末なら、誰かに作ってもらえる。
弁護士が問題を処理してくれる。
医師が治療への道を示してくれる。
詳しい人が方法を教えてくれる。
その人の役目が終われば、また自分の物語が始まる。
それでいいんじゃないかな?
人生とは、自分一人で最初から最後まで主人公を演じ切ることじゃない。
その都度、主人公を渡しながら進んでいくことなのかもしれない。
自分で何とか出来ない時は、脇役になればいい。
活躍しなくてもいい。答えを出せなくてもいい。
ハッピーエンドを作るのは、いつも他人だ。
でも、そのハッピーエンドを見届けて、次の場面へ進むのは自分なんだ。
シンプルフレーズ
ハッピーエンドを作るのは、いつも他人だ。
私が見つけたハッピーエンドも、いつも他人の物語だった。
幸せになったから終わったんじゃない。
私がそこで見るのをやめて、語るのをやめただけなんだ。
だから、自分の物語にも、その都度、主人公を渡せばいい。
誰かに一つの場面を終わらせてもらえばいい。
物語そのものは終わらなくても、場面なら終わらせられる。


