人生は、コイントスのようなモノだと思う。

表か裏か。

やるか、やらないか。
右か、左か。
好きか、嫌いか。
行くか、留まるか。

ONかOFFか。
GOかSTAYか。

何に関しても、いつも二択が現れる。

人生という名の、ちょっと贅沢すぎるコイントス。

 

皆様、こんにちは。シンプル・フレーズです。

今日も世界は相変わらず冷徹で、 そして、どこか滑稽なほど美しく回っていますね。

「お金さえあれば、もっと楽しくて有意義に過ごせるのに」

一度は口にしたことがある、あるいは心の中で呟いたことがあるセリフではないでしょうか?

 

確かに、お金は「選べる選択肢」を暴力的に増やしてくれます。 

ブロンズ会員がプラチナ会員になれば、遊園地で乗れるアトラクションが一気に増えるように。

 

でもね、どれだけお金があろうがなかろうが、 私たちに与えられた時間は「1日24時間」で一律固定。 

「どれを捨てて、どれを選ぶか」という取捨選択の苦悩からは、大富豪だって逃れられません。

 

時間は有限。 だからこそ、私たちはいつも迷う。 

迷って、迷って、最後にはどこかでこう思ってしまうんです。

 

「まぁ、どっちでもいいか」

そう呟いて、私たちはコインを空へ投げる。

 

  コインは、タダで配られたものじゃない

 

私たちはよく、自分で決める代わりにコイントスをします。 

「表が出たら行く、裏が出たらやめる」みたいに。

 

でも、ちょっと立ち止まって考えてみてほしいんです。 

その手元にあるコイン、最初からそこら辺に落ちていたものでしょうか?

 誰かが無料で配ってくれたものでしょうか?

 

違うはずです。

  • 汗を流して働いた。

  • 自分の大切な時間を使った。

  • なけなしの金を払った。

  • 何かを諦め、失敗し、自分の身を少しずつ削った。

そうやって、ボロボロになりながら、ようやく手に入れたコイン。

 労働や投資という対価を支払って、やっと手に入れた「人生の選択権」です。

 

それなのに、私たちはそれを空へ放り投げて、選択権を手放してしまう。

 考えてみれば、これってずいぶん贅沢で、そして皮肉なことをしていますよね。

 

  「どっちでもいい」という、都合のいい逃げ道

 

もちろん、何でも自分の思い通りに決められるほど、人生は単純じゃありません。

生活、仕事、お金、人間関係、それぞれの立場。 

自分の欲望や感情だけで突っ走れない現実があるからこそ、私たちは迷う。

 

そして、こう思う。 「どちらでもいい」と。

 

自分で決めて失敗すれば、それは自分のせい。 

でも、コインに任せて失敗すれば「運が悪かった」と言い訳ができる。

つまり、トスをするという行為は、 選択であると同時に、責任をそっと手放すための防衛本能でもあるわけです。

 

  お金があるということの、本当の意味

 

もし、あなたの手元にジャラジャラと無限のコインがあるなら、それでもいいでしょう。

 

気に入る目が出るまで、何度でも投げればいい。

一度外しても、また投げ直せる。 失敗しても、別の選択肢を買い直せる。 

金持ちが有利なのは、「正解」をダイレクトに買えるからではありません。 

「何度でも失敗して、投げ直せる余裕(コインの数)」を持っているからです。

 

旅に行く、美味しいものを食べる、学ぶ、休む、挑戦する……。 

彼らは選択肢を買い、外したらまた次のコインを投げる。

 

じゃあ、私たちの手元にある、数少ないコインはどうすればいいのか?

 

  自分の「歪み」のフィールドで、コインを握りしめる

 

私たちの時間も、お金も、手持ちのコインも有限です。 何でもかんでもトスしている余裕はありません。

だからこそ、自分に有利な場面でだけ、そのコインを使いたい。

  • 自分が好きなこと。

  • 得意なこと。

  • 経験や、知識や、感覚があること。

他人から見れば「何が楽しいの?」と思われるような、あなただけの執着やこだわり。 

その「歪み」がある場所では、勝率は完全な五分五分(表か裏か)ではありません。

あなたが少しだけ「有利」になれるブルーオーシャンです。

 

それでも、失敗することはあるでしょう。 

好きだからといって、必ず勝てるわけじゃない。

 

けれど、自分が少しでも有利になれる可能性が1%でもある時くらいは、 コインを空に投げず、自分の意思で一歩を踏み出したい。

 

  コインが宙を舞う、その一瞬に

本当は、どっちでもよくなんかない。

コインが空中できらきらと回転しているその一瞬、 私たちは心のどこかで、強く願っているはずです。

「表が出てくれ」 「いや、やっぱり裏がいい」

その瞬間に、胸の奥底からせり上がってくるものこそが、あなたの本音。

 

コイントスとは、答えを運に決めてもらう儀式ではなく、

 「自分が本当に望んでいるもの」を炙り出すための鏡なのかもしれません。

 

せっかく対価を払って手に入れた、大切なコインです。

 

どうせ投げるなら、世界への諦めとして投げるのではなく、自分の本音を知るために。

 

 そして、ここぞという時には、ポケットの中でそっとコインを握りしめ、自分の足で進みたい。

コインは、いつでも手元にあるわけじゃないのだから。

 

……なんてね。