「自分には何もない」って言う人に限って、
自分を表現する時に不器用だからとか、上手く出来ないとか、要領が悪いとか、センスが無いとか思ってるでしょ?
残念だけど、それがあなたの才能で、センスで、長所で、特技なんよ。
マジで紙一重(笑)
その才能、今はただの石ころかもしれない
余計なお荷物にしかならない長所しかない。
役に立たない特技しかない。
本当に使い道のない才能しかない。
そう思っている人って、いるんじゃないかな?
いや、むしろそういう人ほど、こう言うのかもしれない。
「自分には才能なんてない」
「長所なんてない」
「何もできない」
本当に何も無いのか?
違うんじゃないか?
どっちかって言うと、それが才能で長所だから困ってんじゃないの?って話だ。
だって、自分を説明する時に言うでしょ?
不器用だから。
苦手なことが多いから。
上手くできないから。
要領が悪いから。
センスが無いから。
運が悪いから。
残念だけど、それが才能でセンスで長所で特技なんよ・・・
マジで紙一重。
天才とバカが紙一重なんじゃない。
救い上げる人が居たら、それは才能で長所で特技になる。
救い上げる人が居なかったら、それはただのお荷物になる。
ゴッホしかり、エジソンしかり、アインシュタインしかり。
認められれば偉大な才能で、認められなければただのポンコツか異端者だ。
才能は宝石じゃない。最初は石ころだ
才能って、最初からキラキラした宝石みたいに見えるものじゃない・・・
誰にも気づかれなかったら、その辺の石ころでしかない。
持っていても邪魔。
重い。
使い道がない。
ポケットに入れて歩いていたら、ただ動きづらいだけ(笑)
・・・でも、誰かが気付く。
拾い上げる。
磨く。
加工する。
置く場所を変える。
そこで初めて、宝石としての価値を持つ!!!
金だって、ダイヤだって、誰が見ても価値あるものに見えるけど、加工されなければ何か分からないこともある。
隕石なんて、興味が無い人からすれば、ただの変な石ころだ。
でも、好きな人からすれば高価な石ころになる。
才能もきっと同じなんだろう。
誰かが気付いて、磨いて、加工して、価値のある場所に置いてくれないと、長所にはならない。
持っている時点では、ただの石ころ。
お荷物。
邪魔なだけの存在。
だから、才能とか長所なんて言葉に左右されるから疲れるんだ。
長所短所で自分を知ろうとするから疲れる
才能や長所なんて言葉に左右されるから疲れちゃうんだよ。
長所短所なんて言葉で自分を知ろうとするから、小さい頃からプロフカードで自分を知ろうとするから疲れるの。
人生をカードゲームみたいにしようって、持っているカードで戦おうとするから疲れるんだ。
別に、他のゲームで遊びなよ?
スイッチでもオセロでも良いと思うよ?
ただ、ゲームって勝てないと楽しくないよね?
楽しいって思うのは勝てる時だけ。
格ゲーやスポーツ系が苦手なら、RPGで強者になれたりするじゃない?
そしたら誰かが言う訳よ、「あいつはスゴイ」「天才だ」って。
それが才能なんだよね。
皆がやっているゲームで戦うから疲れるし面白く無い。
好きや楽しいは、常に自分が他人との競争に勝てるか、あるいは他人と競わない達成感を得られるからなんだ。
だからこそ、好きや楽しいや大切だけを選ぶと、勝手に才能や長所を見出だしてくれるって話。
変な奴が現れるまでが地獄
ただし、ここからが残酷だ。
その石ころを拾ってくれる変な奴に、簡単に出会えるわけじゃない。
「これ、面白いじゃん」
「それ、才能だよ」
「そのままでいいよ」
「そこに価値があるよ」
そんなことを言ってくれる人に、普通に生きていて出会えると思う?
私は思わない。
変な奴に出会える機会なんて、普通じゃありえない。
普通になりたい人であふれる社会だからね!変な奴に出会ったらお互い気まずいでしょ(笑)
だって、社会なんて余裕が無い人の集まりだからね。
みんな生活がある。
仕事がある。
疲れている。
余裕がない。
他人の石ころを拾い上げて、磨いて、加工してくれるほど暇じゃない。
だから、変な奴が現れるまでが地獄なんだ。
才能になるかもしれないものを持っているのに、
誰にも見つけられず、
誰にも磨かれず、
誰にも面白がられず、
ただの邪魔な石ころとして抱えて生きる。
これが地獄じゃなくて何なんだよ。
それでも今は、石ころを世界に置いておける
でも、今の時代にはSNSがある。
配信がある。
動画がある。
言葉が残る。
昔なら、地元、学校、職場、家族。
その狭い世界で認められなかったら、ほぼ終わりだったのかもしれない。
でも今は違う。
自分の言葉を残せる。
作品を置ける。
動画を出せる。
声を届けられる。
どこかで誰かの目に留まる機会は無限大だ。
誰かが拾う保証はない。
でも、置かなければ拾われることもない。
だからこそ、好きに踏み出すのは有りだと言っている。
私は、こうやってブログに「軌跡」を残してんだよ!
地獄に再入場しながら、好きに全振りする
ただ、生きるためには、どうしてもバランスが必要になる・・・
苦手でも、嫌いでも、どれだけ辛くても、仕事には行かないといけない。
生活するための資本を得るには、労働しないといけない。
選択肢が無い生活のために、地獄みたいなゲームに参加しないといけない時がある。
だから現実は地獄だ・・・
自分を見つけてくれる変な人が現れるまでは、地獄の周回タイムだ・・・
仕事に行く。
煮込まれる。
疲れる。
帰る。
少しだけ好きなことをする。
また仕事に行く。
また煮込まれる。
もう立派な地獄鍋である。
でも、私は地獄が最低に嫌いだ。
好きに全振りしたいから、好きに全振り!
で、ダメなら地獄に再入場を繰り返す。
いや、良くはないんだよ?
本当は嫌だ・・・最低だ・・・
全部好きがいい。
好きだけで生きたい。
楽しいだけで満たされたい。
大切なものだけ選んでいたい。
だから私はポンコツなんです(笑)
才能なんて、あとから勝手に名前がつく
才能が無いんじゃない。
長所が無いんじゃない。
それが才能として扱われる場所に、まだ置かれていないだけかもしれない。
それを拾ってくれる変な奴に、まだ見つかっていないだけかもしれない。
でも、その変な奴を待つ時間は、なかなかの地獄だ。
だから私は、才能を活かそうなんて立派なことは考えない。
とりあえず、好きな世界に石ころを置いておく。
楽しいと思える場所に投げておく。
大切だと思うものの近くに転がしておく。
誰かが拾ってくれたらラッキー。
拾われなかったら、また地獄に戻る。
今は絶賛、地獄の真っただ中で煮込まれているけどね(笑)
それでも、ただ煮込まれて終わる気はない。
その辺の石ころかもしれない才能を、
今日もどこかに置いておく。
誰かが気付くかどうかは知らない。
シンプルフレーズ
どんだけ息抜いても、生き抜くからリスポーンポイントなんて作れない。
だって、転生し無いからね!
一回きりの現実、息抜きは手頃なトリスで十分。
生きてるからね! 今夜も地獄の周回タイムを、自分の「好き」を抱えて生き抜いてく。



