悪口は推奨するものではない。

でも、完全に禁止できるものでもない。

 

なぜなら、人は誰でも悪意を持つから。


言われる側も、別の場所では言う側になる。
言う側だけが悪で、言われる側だけが善なんて単純な話ではない。

 

人はそれぞれ違う環境で生きてきて、違う価値観を持っている。


だから、分かり合えない部分が必ずある。
そのズレの中で、苛立ちや否定したい気持ちは自然に生まれる。

 

問題は、悪口そのものを消すことではない。

いつ、どこで、誰に、どのように吐き出すのか?

そこを整えないことが問題なんだ。

 

悪口は、使い方を間違えれば暴力になる。
でも、出口を失えば、悪意はもっと見えにくい形で漏れ出す。

 

だから必要なのは、悪口の禁止ではなく、
悪口を言ってもいい環境と、言ってはいけない場面の線引きだ。

  悪意…例えばどこに吐き出すのが良いんだろうか?

カラオケボックスで叫ぶ

ジムでサンドバッグを叩く

帰り道に一人で吐き出す

信頼できる相手にだけ言う

紙に書いて捨てる

「悪口会議」みたいな場を作る・・・ 飲み会とか女子会的な?

 

確かにどれもこれも悪意っていうか、愚痴や不満の吐き出し方としては有りだろうと思う。

ここで気を付けたいのが・・・

漏れない場所、広がらない相手、煽られない関係 が必要

っていうことだろう。

でも・・・それだと正直発散にならない。

何の解決にもならない。

 

嫌いな相手が居て、苦手な人が居て、どうしても気に入らいないことがあって

我慢できない何かがある。

何の解決にもならないだろう。

吐き出すだけでは、正直収まらないのは事実でしょ?

 

旦那の愚痴や不満。

妻の愚痴や不満。

外でどれだけ吐き出しても、家に帰れば四面楚歌。

息継ぎすらできない環境は変わらない。

 

かといって、相手にそれをそのままぶつけたら炎上は避けられない。

だから生きにくいって言うんだよ。

会社でも同じだと思うし、学生が教室内でそんな状況なら本当に切羽詰まってしまう。

 

だから、誰もがSNSでリアルタイムで愚痴や不満を垂れ流して、誰かの共感と励ましでなんとかかんとか息継ぎできているんだ。

もう、その悪意の向け先を否定する権利なんて誰にも持つことは出来ないと私は思う。

それしか生き残れないなら、選ぶことも必要な選択だ。

 

悪口を言ったらダメ!

見たいな風潮が確かにあるし、SNSに流すのはナンセンスみたいなことを言われるかもしれないけれど

それでも、そこしか息継ぎが出来ないなら

選んでも良いと私は思うよ。

だって、今を生きるってそういうことだから。

 シンプルフレーズ

悪口を否定は出来ない。

そこには生きるための感情があるから。

人と人の関係には常に摩擦が起こる。

その摩擦を否定して関係を続けていくことは出来ない。

 

悪口を言って、悪意を吐き出して、それで今日を乗り越えられるなら、明日を迎えられるなら

それは必要な選択の一つでしかない。