独り言がスゴイ人が会社に居る。
斯くいう私も独り言が多い方なわけで、独り言って意味があるものと、ちょっと気を付けた方がいい物があるらしい。
でも、そんなモノ初心者の、専門家でもない私に分かるわけもない。
ただ、独り言ってさ・・・
思考が終らず、抜け出せないからしているような気がするんだ。
いつでも起こるフラッシュバック
眠れない夜に繰り返される葛藤と後悔
只々懺悔を捧げるだけの瞬間
抜け出せないんだ。少なくとも私はね・・・・
自分で語るのをやめて、誰かの本気の語りを聞くことは、逃げ道になるんじゃないかな?
グルグル回る思考には、落語を聞けばいい
独り言が悪いとは思わない。
むしろ、独り言で救われる瞬間はある。
外国語の勉強なんて、独り言の塊だ。
声に出す。
何度も繰り返す。
自分の声を聞いて、また覚える。
仕事中だってそうだ。
「次はこれをやる」
「ここを確認する」
「一回落ち着け」
そうやって言葉にすることで、頭の中が少し整うことはある。
だから、独り言そのものが問題なんじゃない。
問題は、同じ場所をグルグル回る思考だ。
眠れない夜みたいな思考。
「あれは何だったんだ」
「なんであんなことを言われたんだ」
「自分が悪かったのか」
「いや、でも違う」
「でも、でも、でも」
答えが欲しいのに、答えに辿り着かない。
終わらせたいのに、終われない。
考えているようで、ただ同じ場所を何度も歩いているだけ。
それはもう、思考じゃない。
迷路だ。
そして人は、その迷路を正攻法で抜けられるほど強くない・・・。
「気にしないようにしよう」
「ポジティブに考えよう」
「紙に書き出して整理しよう」
「誰かに相談しよう」
分かってる。
そんなことは分かってる。
でも、それで救われるなら、最初からこんなに苦しくなっていない。
正しい方法で救われる人は、それでいい。
でも、正攻法で救われない人間もいる。
そこで私は思う。
落語を聞けばいいんじゃないか・・・?
別に、高尚な趣味の話をしたいわけじゃない。
古典芸能をありがたがれと言いたいわけでもない。
ただ、落語には「終わり」がある。
これが大きい。
自分の頭の中の独り言は、終わらない。
不安も怒りも後悔も、勝手に続編を作り出す。
でも、落語は違う。
語り出しがあり、人物が出てきて、話が転がって、最後に下げがある。
ちゃんと終わる。
この「終わる」が、ものすごくありがたい。
グルグル回る思考には、オチがない。
だから苦しい。
落語には、オチがある。
だから、ひとまず終われる。
自分で無理に笑い話をしなくていい。
自分で自分を励まさなくていい。
自分で明るい言葉をひねり出さなくていい。
そんなことをしたら、余計に怖い。
引きつった顔で、
「大丈夫、大丈夫」
なんて一人で唱えるくらいなら、私は落語を聞く。
プロの語りに、頭の中を明け渡す。
熊さんが喋る。
八っつぁんが勘違いする。
ご隠居が呆れる。
誰かが怒って、誰かが間違えて、誰かが笑われる。
そこには、確かに人がいる。
でも、自分の中で勝手に暴れ出す不安な誰かじゃない。
プロが演じる、ちゃんと安全な誰かだ。
この違いは大きい。
自分の頭の中で作られた第三者は、こちらを追い詰めることがある。
でも、落語の中の第三者は、最後には話の中へ帰っていく。
出てきて、喋って、騒いで、最後に消える。
それがいい。
ちゃんと帰ってくれる他人。
ちゃんと終わってくれる物語。
それだけで、救われる夜がある。
もちろん、落語で人生が解決するわけじゃない。
そんな綺麗事を言うつもりはない。
落語を聞いたから、明日から急に元気になるわけでもない。
不安が消えるわけでもない。
職場の面倒な人間が消えるわけでもない。
過去の後悔がなかったことになるわけでもない。
でも、グルグル回る思考を一回止めることはできるかもしれない。
いや、止めるというより、別の流れに乗せる。
自分の言葉で溺れている時に、他人の語りへ逃げる。
それくらいのワンチャンがあってもいい。
私は、正攻法で救われない人間の逃げ道を探している。
ちゃんと考えろ。
向き合え。
整理しろ。
解決しろ。
うるさい。
考えたから苦しいんだ。
向き合ったから眠れないんだ。
整理できないから、同じ場所を回っているんだ。
だったら、一回、自分で語るのをやめればいい。
語らず、聞く。
落語を聞く。
プロの語りに、脳内の主導権を渡す。
自分の中の終わらない独り言を、終わる物語で上書きする。
それは逃げかもしれない。
でも、逃げでいい。
少なくとも、同じ場所をグルグル回って、自分を削り続けるよりはいい。
独り言は、出口があるなら道具になる。
出口がないなら、ただの迷路になる。
そして迷路に入った時、人は自力で出口を見つけられるほど強くない。
だから、落語を聞く。
語りに逃げる。
物語に逃げる。
下げのある世界に逃げる。
だって、現実にはオチがない日が多すぎるから。
せめて耳から入る物語くらい、ちゃんと終わってくれたっていい。
自分の思考が終われない夜に、
他人の語りが終わってくれる。
それだけで、ほんの少し救われる人がいる。
私は、そのワンチャンを信じたい。
ってさ、「タイガー&ドラゴン」ってドラマを見て思ったわけですよ。
最高に生かしている演者さんたちが、最高にとがって演技を見せてくれている。
正直、涙ナミダ・・・
久しぶりに泣いて笑って楽しかった。
だから、そう思ったんだ。
シンプルフレーズ
自分の思考が終われない夜に、
他人の語りが終わってくれる。
それだけで救われる人がいる。
正攻法では救われない夜がある。
そんな時、自分で語らなくていい。
誰かの本気の語りを聞けばいい。
泣いて、笑って、楽しかった。
それだけで、グルグル回っていた思考が、少しだけ物語の外へ出られた気がした。


