私事ではあるんだけど、どうしても「あいつ嫌い」って思う相手に出会った。
本当に、久しぶりに会話が出来ない相手だった。
正しさとか、ルールとか、マナーじゃない
会話をしようとしない。それなのに、自分の身勝手を押し付けてくる。
身勝手だと思ってしまうくらいに、歩調が合わないって
正直イライラする。
これを怒りと言わないで何というのか?
怒りは、消すより逃がした方がいい
怒りは悪い感情じゃない。
でも、ぶつける相手を間違えると、人を傷つける。
だから怒りには、逃がす場所が必要なんだと思う。
怒りって、とても大切な感情なんだと思う。
喜怒哀楽のどれが欠けても、人間らしさは消えてしまう。
それなのに、怒りだけは否定されやすい。
きっと、怒りに身を任せた後に、後悔が始まるからだろう。
怒りが生まれる原因はシンプルだ。
気に入らない。
自分が正しいと思うこと。
必要だと思うこと。
大切にしていること。
それを蔑ろにされた時、人は怒る。
でも怒りは、いつも正面に向かうわけじゃない。
自分より強い相手には、怒りとして出せないことが多い。
悔しさや口惜しさはあっても、ぶつけられない。
そして、その怒りは自分より弱い相手へ向かってしまう。
子供。
後輩。
家族。
自分に逆らえない人。
だから辛いんだと思う。
人間だからね。
怒りをぶつけてしまう時もあるさ。
だから大切なのは、ごめんなさいなんだと思う。
でも、それで済まないのが人間の感情なんよ。
大人の怒りが子供に向かった時、子供はさらに自分より弱い相手へ向けたくなる。
そうやって悲しい連鎖が終わらない。
だって、歴史は繰り返されるから。
でも、吐き出さないと生きられない。
人は、少なくとも私は弱いから。
だから、ブログでも配信でもSNSでも良いんじゃないか?と、思う。
他人を攻撃しない。
誰かを名指しで傷つけない。
ただ黙々と、不満を垂れ流す場所を持つ。
それは有りの選択だと思うよ。
私はね。
怒りを消すなんて無理だ。
飲み込み続けた怒りは、優しさにはならない。
ただ腐るだけだ。
だから、誰かにぶつける前に、言葉の中へ逃がしてやればいい。
怒りを人にぶつけるくらいなら、
言葉にして外へ逃がせばいい。
怒りは消せない。
だから、誰かを傷つける前に、
言葉の中へ逃がしてやればいい。
シンプルフレーズ
怒りは悪いわけじゃない。
怒りが生きる力にも、スポーツや仕事の成功に繋がることもある。
「負けん気」って言うのは、とても大切な才能だと思うんだ。
ただ、怒りを自分に向けるだけだと自分を傷つける。
自分より弱い相手に向けるだけだと、弱い相手がさらに弱者を求める。
だからって、簡単にコントロールして有効活用できるわけない。
私は弱いし未熟だし人間だから。
怒ることを知ることが出来れば、それを大切に出来るようになると思うんだ。
何を大切にしているかを知るキッカケでしかないよ。
怒りなんて他に使い道なんて無いんだから。