今が嫌いな人なんて、沢山いると思う。

仕事に不満。
学校に不満。
家庭に不満。
人間関係に不満。

誰も彼も、何かに苦しみながら生きている。

 

だから人は、「自由」に憧れる。

もっと自由に。
もっと自分らしく。
もっと好きなように。

でも、自由って何なんだろう。

何にも縛られないことなんだろうか。
全部を捨てることなんだろうか。
孤独になることなんだろうか。

私は、ずっとそこを考えている。

  自由を求めてきた人を私は敬愛する。

 

hide尾崎豊 を見ていると、自由を求める人ほど苦しんでいるように見える。

好きなものがあった。
守りたいものがあった。
自分らしく在りたかった。

だからこそ、苦しかった。

社会。
業界。
期待。
役割。
「こうあるべき」。

自由を求めるほど、空は遠くなる。

それでも、人は自由を求めてしまう。

 

でも私は、最近少し考え方が変わった・・・

 

自由って、永遠に続く状態じゃないのかもしれない。

流れ星みたいなものなんじゃないだろうか。

一瞬、輝く。
「あぁ、生きてる」って感じる。
でも、消える。

ただ、終わりじゃない。

星は巡る。
またどこかで流れる。
また一瞬、輝く。

自由って、そういうものなのかもしれない。

永遠に持ち続けるものじゃなく、
生き残りながら、何度も巡ってくる瞬間。

私は、そういう自由が欲しい。

 

でも正直に言えば、私は「可能性」とか「余白」って言葉が最近あまり好きじゃない。

余裕がある人が言う言葉みたいに感じるから。

今限界の人間に、
「可能性はある」
「未来は変わる」
って言うのは、時々あまりにも遠い。

だって、今苦しいんだから。

未来を担保にされても、今は助からない。

私は、今を生きたい。

 

だから私は、苦しみに意味があるとは思わない。

苦しみは苦しみだ。
悲しみは悲しみだ。

そこに無理やり価値を貼るのは、理性の言い訳にも見える。

でも、それと価値は別だと思っている。

限界でも。
壊れそうでも。
後悔していても。
上手く生きられなくても。

人の価値は消えない。

私は、それを伝えたい。

 

だから「それでも大丈夫」は、救済の言葉じゃない。

助かる保証でもない。
成功する保証でもない。

私は誰も救えないし、壊れることを止められない。

でも、それでも。

見過ごさない。
見逃さない。
見捨てない。

ただ、手を取ろうとする。

それだけじゃダメなのかもしれない。
現実はもっと厳しいのかもしれない。

それでも私は、そういう言葉を残したい。

 

全部を手放しても、
笑って手を握ってくれる誰か。

自由を求める人ほど、そういう存在を求めているんじゃないだろうか?

理解じゃなくていい。
正解じゃなくていい。
救済じゃなくていい。

 

ただ、

「お前はここに居る」
「価値は消えてない」

そう言われるだけで、人は少し呼吸が出来るのかもしれない。

だから私は今日も、シンプルフレーズ・・・

社会や世界の秩序に囚われない言葉を。

自由を求める人にも、私は伝えたい。

それでも大丈夫だと。