時間には限りがある。
それを効率的に使うために、学生時代は時間割なんていうモノがあったと思う。
誰でも覚えがるんじゃないかな?
1時間目・・・2時間目・・・5時間目は眠くなる・・
みたいなさ(笑)
時間にだって、名前と意味を付けて管理して生きるのはありなんじゃない?
逆に、辛くなるだけかな?
お金の管理に名前を付けるなら、時間にだって名前があってもいいでしょ?
出来ない理由を並べるのは、たぶん簡単だ。
でも本当に苦しいのは、出来ないことより、出来ないままでいい理由を探してしまう自分を見てしまうことだと思う。
だから私は、言い訳を潰すより先に、人生の時間にちゃんと名前を付けたい。
出来ない理由を並べる自分が嫌になる
私は、出来ない理由を並べるより、出来るようにする方法を探したいと思っている。
それは本音だ・・・。
でも、どうやっても出来ないこともある・・・多すぎる💦
やりたいことも、なりたい自分も、行ってみたい場所も、学びたいことも、きっと無数にある。
人の欲には限りがない。
たとえば、英語を話せるようになりたい。
そう思う。
セブ島留学も気になる。
英語が話せたら、世界が広がるのかもしれない。
海外の人と話せるようになるかもしれない。
新しい仕事や人間関係に繋がるかもしれない。
でも、同時にこうも思う。
「話せるようになったところで、どうなるの?」
「人生で本当に役に立つの?」
「スマホの翻訳アプリもあるし、AIもあるし、困らないんじゃない?」
こうやって私は、出来ない理由を並べてしまう。
いや、もっと正確に言えば、
出来ないままで問題ない理由を探してしまう。
ここが厄介なんだ。
出来ないことが嫌なんじゃない。
出来ない自分を、理屈で守ろうとしている自分に気づいてしまうのが嫌なんだ。
メリットが見えないと、人は動けない
時間も労力もお金も、無限じゃない。
だから、何かを始める時に、
「それに見合うメリットはあるのか?」
と考えるのは、別に悪いことじゃない。
むしろ普通だ。
英語を学ぶにしても、留学するにしても、独立起業するにしても、何かを始めるにはコストがかかる。
時間も使う。
お金も使う。
気力も使う。
失敗する可能性もある。
だから人は考える。
「それ、今やる必要ある?」
「もっと別のことに使った方がよくない?」
「今の生活でも困ってないんだから、別にいいんじゃない?」
こうして、選ばない正当性が完成していく。
これが怖い。
なぜなら、これは怠けではなく、かなり理性的に見えてしまうからだ。
理屈としては間違っていない。
でも、その理屈の奥に、怖さや面倒くささや失敗への不安が隠れていることもある。
だから私は、自分でも分からなくなる。
これは本当に必要ないから選ばないのか。
それとも、出来ない自分を守るために、必要ないことにしているのか。
人間関係も、同じ天秤に乗せてしまう
これは、人間関係にもあると思う。
この人と関わるメリットはあるのか?
デメリットの方が多いんじゃないか?
気を使うくらいなら、一人でいた方が楽なんじゃないか?
そうやって天秤にかける。
もちろん、それが悪いとは思わない。
合わない人と無理に関わる必要はない。
自分を削る関係なら、離れる選択も必要だ。
綺麗事だけで人間関係は続かない。
でも、それを繰り返しすぎると、今度は一人でいるメリットばかりが強くなる。
一人は楽だ。
傷つかない。
気を使わない。
予定も合わせなくていい。
誰かに期待しなくていい。
でも、本当は人との繋がりも欲しい。
ここでジレンマが生まれる。
一人でいたい。
でも、孤独ではいたくない。
人と繋がりたい。
でも、面倒な関係には傷つきたくない。
あぁ、面倒くさい。
人間って本当に面倒くさい。
しかも、こういう時に限って、感情で動くと後悔する。
・・・あとから一人反省会が始まる。
「あれで良かったのか?」
「言いすぎたんじゃないか?」
「やっぱり関わらなければ良かったんじゃないか?」
この反省会、開催頻度が高すぎる。
もう年会費を取れるレベルだ。
ビジョンがない行動は、続かない
行動することは大切だ。
やってから考える。
走りながら修正する。
成功するように努力する。
準備して、用意して、積み上げる。
それは本当に大事だと思う。
でも、ビジョンがない行動は続かない。
目的のない目標だけでは、私は動けない。
「英語を話せるようになる」
これは目標だ。
でも、目的は何だろう?
海外で暮らしたいのか?
外国人の友達が欲しいの?
仕事に繋げたいのか?
自分の世界を広げたいのか?
それとも、英語が話せる自分になりたいだけなのか?
どれでもいい。
でも、そこが見えないと、努力が宙に浮く。
独立起業だってそうだ。
起業することが目標なのか?
自由に働くことが目的なのか?
お金が欲しいのか?
自分の裁量で生きたいのか?
誰かに使われることから離れたいのか?
ここを見ないまま動くと、たぶん途中で折れる。
だって、苦しくなった時に支えてくれる理由がないから。
今の欲を満たすことも、生きるために必要だ
未来のために積み上げることは大切だ。
でも、今の欲を全部我慢して、未来のためだけに生きるのも違うと思う・・・。
今、友人と楽しくお酒を飲む。
今、好きな動画を見る。
今、何も考えずに休む。
今、意識低い時間を過ごす。
それだって必要だ。
だって、今の不満は今の問題だから。
未来の自分がどうなるかも大切だけど、今の自分が苦しいなら、まず今の自分をどうにかしないといけない。
今の欲が満たされないまま、未来の理想だけを見ても、人はそんなに強く生きられない。
意識高い時間だけでは、今の欲は満たされない。
アメブロを書いている人なんて、大抵どこか意識高い系でしょ?
だったら、もっと意識低い時間も大切にしてあげていい。
頑張る時間。
休む時間。
遊ぶ時間。
学ぶ時間。
逃げる時間。
何もしない時間。
全部に名前を付ければいい。
人生の時間にも、名前を付ければいい
最近は、お金の管理でも名前を付けるらしい。
貯金。
投資。
保険。
おこづかい。
生活費。
予備費。
だったら、人生の時間にも名前を付けていいんじゃないか?
毎日1時間だけ英語の時間。
週に3時間だけ未来のための時間。
週末の夜は意識低い時間。
月に一度は人と会う時間。
何もしない時間。
後悔しないための準備時間。
今を満たすための時間。
そうやって切り分ける。
今はこれをする。
未来の自分のためにはこれをする。
過去の自分がこれで後悔したから、次はこうする。
人生を全部まとめて考えるから苦しくなる。
今も、過去も、未来も、欲も、理性も、後悔も、全部一つの鍋に入れて煮込むから、味が分からなくなる。
なら、分ければいい。
今は今。
未来は未来。
過去は過去。
その区切りを持つことが、私にとってのマインドフルネスなのかもしれない・・・
今だけを見ることじゃない。
今と未来を切り分けること。
今と過去を切り分けること。
そして、今の自分に必要な時間をちゃんと選ぶこと。
出来ない理由より、時間の使い方を決めたい
出来ない理由を責めても、たぶん人は動けない。
「言い訳するな」と言われても、言い訳したくなる時はある。
「行動しろ」と言われても、ビジョンがなければ足は止まる。
「未来のために頑張れ」と言われても、今が苦しければそんな余裕はない。
だから私は、出来ない理由を潰すより、時間に名前を付けたい。
今を満たす時間。
未来に積み上げる時間。
過去の後悔を繰り返さない時間。
何も考えずに休む時間。
誰かと繋がる時間。
一人で整える時間。
そうやって、自分の人生を少しずつ区切っていく。
出来るか、出来ないかだけじゃない。
やるか、やらないかだけでもない。
今は何をする時間なのか?
それを決めるだけで、言い訳は少し静かになる気がする。
完璧に生きるなんて無理だ。
そんなもん出来るなら、とっくに人生の攻略本を書いている。
でも、今の自分に必要な時間を選ぶことくらいは出来る。
意識高い時間も大切。
意識低い時間も大切。
未来のための努力も大切。
今を笑って過ごすことも大切。
その切り分けが出来た時、
「出来ない理由」は、ただの逃げ道ではなくなる。
それはきっと、
自分の人生を自分で管理するための、現実的な判断になる。
シンプルフレーズ
出来ない理由を責めるより、今の時間に名前を付けろ。
人生は、意識高い時間だけでは続かない。








