言葉にする前に、見とれてしまう時間がある。
考える前に、ただ香りに連れていかれてしまう季節がある。
春の藤は、まさにそんな花だった。
藤の花に見とれる私は、たぶん少し滑稽で、とても幸せだ
言葉にする前に、見とれてしまう時間がある。
考える前に、ただ香りに連れていかれてしまう季節がある。
春の藤は、まさにそんな花だった。
本当に綺麗だった。
空を覆う藤。
ただ咲いているというより、空そのものに紫が垂れてきたみたいで、見上げるだけで少し黙ってしまう。
藤棚の下を歩くときは、花を見ながら歩くのに、花を避けながらも歩く。
それがまた面白い。
ただ遠くから眺めるだけじゃなくて、自分が花の中に入っていく感じがするからだと思う。
そして、香り。
秋の金木犀と春の藤。
この二つの香りは、本当に癒される。
季節の変化って、目で見るものだと思いがちだけれど、鼻から先に教えられることもあるんだよね。
桜が終わって、菜花が咲いて、そのあとに藤の花が香る。
春は、ちゃんと次の景色を用意してくれている。
「終わった」で終わらずに、次の季節へ手を引いてくれる。
そう思えるだけで、少し救われる気がする。
小さいのに、全体になると圧倒される
藤の花って、一つひとつを見るととても可愛い。
ラッパみたいな、小さな花。
繊細で、やわらかくて、可憐で、見ていると「可愛いなあ」と素直に思う。
でも、その小さな花が集まると、今度は景色になる。
空を覆って、視界を埋めて、ただの「花」ではなく「世界」になる。
私は、こういうものに弱い・・・
小さいものが集まって、大きな美しさになるもの。
一つひとつは控えめなのに、全体になると圧倒的な存在感を持つもの。
桜もそうだし、菜花もそうなんだよね。
なにより、夜空もそう思うし、天の川に流れ星なんて最高に幻想的だ。
それって、なんだか言葉の営みにも似ている。
単語では小さくても、積み重なれば景色になる。
一瞬では儚くても、連なれば季節そのものになる。
だから藤を見ていると、ただ綺麗なだけじゃなくて、少しだけ胸の奥まで揺らされるんだと思う。
思考より先に、感覚が季節に連れていく
私はただただ見とれてしまう。
思考や言葉より、風を触り、香りを見て、色彩に踊らされてしまう。
なんて少し大げさかもしれない(笑)
でも、見とれるってそういうことなんだと思う。
理屈より先に感覚が動いて、言葉になる前に身体のほうが季節に反応してしまう。
「綺麗だ」と思った時には、もう遅い。
その前に、もう春に連れていかれている。
そこにクマバチの羽音が混じる。
蜜を集める姿まで、なんだか可愛い。
低く響く羽音が、藤の香りや揺れる花房の中に混じってくると、まるでジャズみたいだと思ってしまう。
そんなふうに感じてしまう私は、なかなかに滑稽だ(笑)
でも、その滑稽さも悪くない。
むしろ、そうやって少し馬鹿みたいに季節に酔える時間があるから、人はちゃんと疲れ切らずに生きていけるのかもしれない。
夕方の藤は、少し冷たくて、だから美しい
一時間くらいしか居なかった・・・
あとから思えば、「お弁当でも買って行けばよかった」と思う。
昼間はキッチンカーや露店もあるみたいだけれど、夕方にはもう何もなかった。
でも、何もないから良かった気もする。
賑わいが引いたあとで、少し静かになった藤棚の下を歩く時間。
昼間は暑いくらいなのに、夕方になると少し肌寒い。
あの空気の変化が、春の終わりと初夏の入口をそっと教えてくれる。
そして、その少し冷えた空気の中で見る藤は、昼間とはまた違う。
儚くて、幻想的で、紫が夕焼けによく燃えていた。
花は、明るい時間だけが綺麗なんじゃない。
少し影が差して、少し寒くなって、少し寂しさが混じる時間だからこそ見える美しさもある。
藤の紫は、まさにそういう色だと思う。
華やかなのに静かで、柔らかいのにどこか切ない。
だから私は、昼の藤も好きだけれど、夕方の藤も好きだ。
あの少しだけ人恋しくなるような空気の中で見る藤には、昼間とは違う余韻がある。
季節に見とれる時間は、きっと贅沢だ
幸せでも陰鬱でも花は花だ。
忙しくしていると、花なんて見なくても生きていける。
香りに気づかなくても、春は過ぎていく。
でも、だからこそ思う。
立ち止まって、見とれてしまう時間。
香りに気づいて、風に触れて、ただ綺麗だと思う時間。
それは、無駄なんかじゃない。
むしろ、そういう時間があるからこそ、日々の息苦しさの中でも「私はちゃんと感じている」と思えるんじゃないだろうか?
綺麗なものを綺麗だと思えること。
香るものに癒されること。
可愛いと思って笑ってしまうこと。
それは、とても静かだけれど、確かな生きる力だと思う。
藤の花は、ただ咲いているだけなのに、見る人の中にこんなにも余白を作る。
だから私は、また見とれてしまうんだろうなと思う。
シンプルフレーズ
思考より先に見とれてしまう時間が、きっと私を人らしくしてくれる。



