ワークライフバランスとか、インテグレーションとか。
正直、横文字が増えただけで、何が変わったのか分かりにくい。
でもその中身を見ていくと、実は「生き方そのもの」の話だった。

 

『時間を誰に差し出すのか』という話

私は毎朝「日経ポッドキャスト」を聞いている。

その中で語られた【ワークライフインテグレーション】という言葉。

初耳だったの・・・調べたよ。衝撃の事実って言うほどでもないんだけど・・・

 

仕事を私生活のバランスを考える時代から、

仕事を自分の人生の一部として捉えるっていう話になっていた。

 

え?大丈夫?

仕事に疲弊している私達に、これ以上酷使されることを望んでいるの?

もうね・・・十分頑張っていると思うんだ。

 

仕事も人間関係も私生活もなんなら・・・他人の事情にもさ・・・

もっと、仕事を趣味のように捉えろ!みたいに言われても・・・辛いよ。

だって、毎朝起きる度に想うんだ・・・「かえりたい」って。布団の中でだよ。

  ■ワークとライフを分けるという発想

ワークライフバランスは、シンプルな考え方だと思う。

 

仕事と生活を分けて、うまく調整しようというもの。

・仕事は仕事
・プライベートはプライベート

だからこそ、
「働きすぎないようにしよう」
「ちゃんと休もう」
という話になる。

でも、ここには前提がある。

 

仕事は負担で、生活は回復。

だから分ける必要がある。

 

  ■じゃあインテグレーションって何?

ワークライフインテグレーションは、逆の発想だ。

 

仕事と生活を分けない。
むしろ、混ぜてしまう。

・好きな仕事なら生活の一部になる
・途中で休んでもいい
・働きながら生きる

一見すると、自由で理想的に見える。

でも、ここで少し立ち止まりたくなる。

  ■なぜ“統合”なんて言い出したのか?

わざわざ新しい言葉を作るってことは、
今までのやり方に不都合があったということだと思う。

 

ワークライフバランスでは、

・やりがいが生まれにくい
・仕事に意味を見出しにくい
・人が定着しない

そんな問題が出てきた。

 

だから、こう言い換えた。

「仕事も人生だよね?」
「やりがいも大事だよね?」

確かに間違ってはいない。

でも、ここで私は・・・少し引っかかる。

  ■“自由に見せかけた選択”という違和感

本来はシンプルなはずなんだ。

 

お金が欲しいなら働けばいい。
出世したいなら頑張ればいい。
それを望まないなら、やらなければいい。

 

でも現実は違う。

会社や組織は、
みんなを同じように扱おうとする。

 

個々の裁量に任せる気がないから、
「バランス」だの「インテグレーション」だのと、枠組みを作る。

 

そしてこうなる。

・働くのも自己責任
・疲れるのも自己責任
・辞めるのも自己責任

強制していないようで、
逃げ道も見えなくなる。

 

私的な意見で申し訳ないが・・・強制しないからこそ、たちが悪い

そう感じてしまうのは、きっと自然なことだと思う。

  ■レールの上の成功と、私の違和感

職場に、いわゆるエリートの新卒がいる。

 

一流企業に入って、
昇給も昇進も、ある程度約束されているようなレール。

 

彼は言った。

「やりたいことはいつでもできますから」

たしかに、それも一つの正解だと思う。

 

でも、私はどうしても思ってしまう・・・

 

その“いつか”のために、
今しかない時間を全部使ってしまっていいのか?

若さっていう才能。今しか出来ない事柄。必ずあると思うんだ・・・

確かに、学生時代に大いに遊んだことだろう。

インドアからアウトドアまで、思いつく限りをしたんだと思う。

でもさ、私からしたら・・・ヒッチハイクして旅をしてみたり、ワーホリで海外に行ってみたり、推し活に命を懸けてみたりってさ・・・出来るようで出来ない事ってあると思うんだ。

それを投げ捨てても良いんだろうか?って思ってしまうの・・・きっと私が敗者の言い訳をしているだけなのかな?

 

若さって、戻らない。

時間って、取り返せない。

それを体臭が言う成功のレールと交換して、本当に等価なんだろうか?って・・・

 

私が間違っているのは、否定できない。

だって、誰もが一流企業に新卒で入社したら成功で最高だろうからさ・・・

  ■時間という資本の等価交換

結局のところ、これは“交換”の話だと思う。

 

自分の時間を差し出して、
給料や安定やキャリアを手に入れる。

 

その対価を、

「納得できる」と思えるなら、それでいい。
「足りない」と思うなら、それは引き受けきれていない。

 

自分が差し出した『時間』っていう資本に対して、手に入れられる対価。

 

誰が決めるのか?

会社でも、世間でもなく、
最後に決めるのは自分しかいない。

  ■仕事が“その人の価値”になる怖さ

正直・・・一番怖いのは・・・いつの間にか


仕事がその人の価値として扱われていること。

どこで働いているか。
何をしているか。
どれくらい稼いでいるか。

それが、その人そのものの評価になる。

だから、

・ライフを大切にする言葉が必要になる
・でも結局、仕事中心からは抜けられない

そんな矛盾が生まれる。

フリーランスでも自由とは限らない現実

じゃあ組織を離れればいいのか?

フリーランスなら自由なのか。

正直、それも簡単な話じゃない。

 

自分でやるということは、
すべてを自分で引き受けるということ。

 

ライフを守れるかどうかは、
結局また“自分次第”になる。

  ■それでも、私はこう思う

レールに乗るかどうかじゃない。

大事なのは、

「この時間を差し出してもいい」と思えるかどうか。

その対価に、納得できるかどうか。

それだけだと思う。

 

 シンプルフレーズ

自分の時間を、誰に差し出すのか?
それを決めるのは、いつだって自分でいい。