自分を嫌いになる時、人はたぶん、自分の本当の弱さを初めて見るのだと思う。
でも、その痛みを一人で抱え切れるほど、人は強くない。
だから私は、自分の中に「認めてくれる何か」を作ってもいいんじゃないかと思う。

自分の中にルパンを住まわせる生き方

最近の物語には、「冴羽獠」とか「ルパン」みたいな人の心を盗んでいくような人物がいないように感じる。

私は、シティーハンターとかルパン三世大好きなんですよね。

あの、ちょっと女性にだらしない感じも好きだし、決めるトコロを決めるのも好きだけど・・・

 

人の痛みを知っていて、それでいてそこに手を伸ばしてくれて・・・

なんだかんだあっても、見捨てなくてさ、絶対最後にニヤッて笑う感じでさ

そう思うと、「あぶでか」もそんな感じなんだけど

 

誰かのさ、人の悲しみや辛さや苦しさを決して目を離さず、そこを素敵だって言ってくれる。

自分で自分を嫌いになれる理由や原因を、知ったうえで助けるって言うか、好きって言ってくれるって言うか・・・

魅力だって、お宝だって言っている姿に憧れるんだ。

 

私も、そう生きたいと思うから・・・

  自分を嫌いになることは、終わりじゃなく入口なのかもしれない

自分を嫌いになることは、誰にでもあることだと思う・・・
出来なかったこと。
選ばなかったこと。
守れなかったこと。
届かなかったこと。
そういう事実の積み重ねが、ある日ふと、自分の胸に刺さる。

 

そして人は、「こんな自分は嫌だ」と思う。

でも本当に苦しいのは、自分を嫌いになることそのものじゃない。
嫌いな自分を見つけてしまうことと思う。

 

見ないふりをしていたダメな部分。
認めたくなかった情けなさ。
どうしようもない弱さ。
そこをちゃんと見てしまった時、人は苦しさと悲しさを知る。

 

けれど、たぶんそこが入口なんだろうね・・・

自分を好きになることは、最初から出来ることじゃない。


まずは、自分の嫌いな部分を見つめること。
その痛みからしか、始まらないこともあるのだと思う。

  人は、自分のためだけに生きられるほど強くない

よく「自分のために生きよう」と言う。


それはたしかに正しいのかもしれない。

 

でも私は、人ってそんなに強くないと思っている。

自分のためだけで立てる人ばかりなら、こんなに悩まない。
こんなに後悔しない。
こんなに、自分を嫌いにならない。

人は弱い・・・


だからこそ、何かが必要になる。

それは、誰かの言葉かもしれない。
好きだった人の記憶かもしれない。
守れなかった過去かもしれない。
まだ捨て切れない欲望かもしれない。
あるいは、美学かもしれない。

自分の外側にある何か。
でも同時に、自分の内側にも残っている何か・・・


そういう「何か」があるから、人は完全には崩れ切らずに済むのだと思う。

  後悔も、悲しみも、苦しさも、本当は宝なのかもしれない

ここで私は、ルパンの美学を思い出す。

ルパンの格好良さは、主人公を演じることじゃない。
上手に生きることでもない。
華やかに目立つことでもない。

人の心を盗むこと。

 

しかも、明るい感情だけじゃない。
後悔も、悲しみも、苦しさも。
本人が隠したいと思っているもの。
出来れば無かったことにしたいもの。
価値なんて無いと、自分で思い込んでいるもの。

 

そういうものを見つけて、
「それはお宝だ」
って言って盗んでいく。

そこが、私はたまらなく格好良いと思う。

 

人は、自分の痛みを恥だと思いやすい。
弱さだと思いやすい。
失敗の証拠だと思いやすい。

でも、本当は違うのかもしれない。

それだけ後悔しているということは、それだけ本気だったということ。
それだけ悲しいということは、それだけ大切だったということ。
それだけ苦しいということは、それだけ必死に生きたということ。

 

だったら、その痛みは、ただの傷じゃない。
ちゃんと生きた証拠なんだと思う。

  認めてくれるのか、認めるのか

ただ・・・ここで迷う。
大事なのは、誰かに認めてもらうことなのか。
それとも、自分で認めることなのか。

たぶん、どちらも必要なんだと思う。

他人との関係で出来た後悔や辛さは、自分一人では処理しきれない。
傷ついた場所が他人との関係なら、癒える時にもどこかで「他者の気配」が必要になる。

でも現実には、都合よく理解してくれる人なんていないことも多い。
謝ってくれる人もいない。
救ってくれる人もいない。
愛してくれる人もいない。

そんな時に、「じゃあ終わりだね」となるのは、あまりにも苦しい。

 

だから私は思う。
自分の中に、認めてくれる役割を作ってもいいんじゃないかと。

 

嫌いな自分がいる。
外に見せるペルソナとしての自分がいる。
必死に整えている自分がいる。
壊れかけている自分がいる。
諦めたい自分もいる。


それでもまだ、何かを捨て切れない自分もいる。

その中の誰かが、別の自分を見つける。


別の自分の痛みを見つけて、
「それは価値がある」
と認める。

それでもいいと、私は思う。

  自分の中に、自分だけのルパンが居てもいい

 

誰かが救ってくれたら、それはもちろん嬉しい。
でも、誰も来ない夜だってある。
誰にも分かってもらえない朝だってある。
自分の痛みを説明する気力すら無い日もある。

そんな時に必要なのは、立派な正論じゃない。
「頑張れ」でもない。
「大丈夫」でもない。

たぶん必要なのは、
自分の中にある痛みを、お宝だと見つけてくれる何かなんだと思う。

 

それが、自分の中のルパンなんじゃないかなと思う。

自分だけの英雄。
自分だけに分かる怪盗。
世間には見えなくていい。
他人に理解されなくていい。
自分の中で、自分を助けるためだけに居る存在でいい。

自分が価値なしと思っていた後悔を盗んでくれる。
自分が隠していた悲しみを見つけてくれる。
自分が嫌っていた弱さを、お宝だと言って持っていってくれる。

 

そして、そこに少しだけ愛を残していく。

そんなルパンが、自分の中に居てもいい。
私はそう思う。

  成功とは、自分を好きになることなのかもしれない

社会が言う成功は分かりやすい。
お金、地位、肩書き、評価、承認。
でも私は、それだけが成功だとは思えない。

本当の意味で積み上げたいものは、
自己否定を少しずつ減らしていくことなんじゃないだろうか?

 

自分を完璧に好きになるなんて、きっと無理だ。
全部を許すのも難しい。
全部を愛するのも、簡単じゃない。

 

でも、自分の中のどこか一つでも
「これも宝だったのかもしれない」
と思えたなら、人は少しだけ前に進める。

その積み重ねが、
自分を好きになるってことなんじゃないかなと思う。

  その先は、好きにしたらいい

自分を嫌いになることから始まることはある。
でも、その先までずっと自己否定で生きる必要はない。

嫌いな自分を見つめて、
痛みの価値を見つけて、
自分の中にルパンを住まわせて、
少しずつ、自分を敵じゃなくしていく。

 

そこまで来たら、あとはもう、好きにしたらいい。

誰かの正解に合わせなくていい。
綺麗な生き方じゃなくていい。
不格好でも、回り道でも、未完成でもいい。

 

自分にしか分からない美学で、
自分にしか分からない英雄と一緒に、
自分の人生を歩いていけばいい。

私は、そういう生き方を、とても人間らしいと思う。

 シンプルフレーズ

認めてくれる誰かがいないなら、自分の中に、痛みを宝として盗んでくれるルパンを住まわせてもいい。