後悔を忘れた人が大人になるんじゃない。
悲しみを抱えたまま、それを腐らせずに自分の味へ変えていける人が、大人になっていく。
人は、過去を熟成させ、出会いでカクテルになる。
後悔は、捨てるものじゃない。熟成させて、自分の味になる
私はよく、お酒が好きです。
今はウイスキーにハマってます(笑)
その味の豊富さ、同じ材料なのになんでこんなに味が違うんだと感嘆の日々です。
お酒について特別詳しいわけじゃないし、誰かに語れるほどでもない。
ただ・・・
お酒のことを考える時に、人間と似ているな~と思うことがある。
ウイスキーっていうのは、蒸留したての頃は味がすごく荒い。
刺激が強くて、若くて、尖っていて、まだ落ち着かない。
けれど、樽の中で長い時間を過ごし、空気に触れ、木の香りを吸い込み、少しずつ変化していく。
そうして、丸みが出て、深みが出て、香りが重なっていく。
人間も同じなのかもしれないって、思うんだ。
若い頃の悲しみや後悔は、ただ痛いだけだ。
失敗は恥ずかしいし、傷ついた記憶は思い出したくもない。
出来ることなら忘れたいし、無かったことにしたい。
でも、本当に大人になっていく人って、そこを雑に捨てない気がする。
悲しみを悲しみのまま終わらせない。
後悔を後悔のまま放置しない。
自分の中で何度も見返して、何度も意味を与え直していく。
そうやって、過去は少しずつ「傷」から「深み」に変わっていく。
大人になるって、何も感じなくなることじゃない。
むしろ、消えないものを消えないまま持ち続けられることなんじゃないかと思う。
保存の仕方で、過去は毒にも薬にもなる
ただ、ここで大事なのは・・・
時間さえ経てば勝手に熟成するわけじゃないということだ。
お酒もそうだ。
保存の仕方が悪ければ、せっかくのものも駄目になる。
本来なら深みになるはずの時間が、ただ劣化に変わることもある。
人の過去もきっと同じじゃないかな?
後悔をずっと抱えているからといって、それだけで成熟するわけじゃない。
悲しみを忘れずにいるからといって、それだけで優しくなれるわけでもない。
抱え方を間違えれば、それは熟成ではなく腐敗になる。
意味を更新しないまま閉じ込めてしまえば、痛みはただの執着になる。
だからこそ、過去を大切にするって、ただ手放さないことじゃない。
ちゃんと向き合い続けることなんだと思う。
あの時、どうして苦しかったのか。
なぜ忘れられないのか。
あの出来事は、自分に何を残したのか。
何を奪い、何を教えたのか。
そうやって、自分の中で何度も問い直していく。
昨日と同じ悲しみのまま抱えるんじゃなくて、今日の自分の言葉で抱え直す。
それが出来た時、過去は「まだ痛い記憶」ではなく、「今の自分を作った材料」に変わっていくのだと思う。
熟成しただけでは、まだ名前にならない
でも、ここからがもっと面白い・・・
熟成したウイスキーは、それだけでも十分に魅力がある。
○年物はとりあえず・・・美味しいけど高い・・・(´;ω;`)ウゥゥ
ただ、それだけではまだ「原酒」でしかないとも言える。
もちろん、それ自体で完成している。
けれど、そこに何かを加えることで、全く別の表情が立ち上がる。
ベルモットを加えれば、マティーニになる。
ビターズや甘みが加われば、マンハッタンになる。
※レシピはお店によって違います‥‥
ベースは同じでも、そこに何を足すかで名前が変わる。
香りが変わる。
余韻が変わる。
印象が変わる。
それって、人間の個性にすごく似ていると思う。
私たちは、ただ過去だけで出来ているわけじゃない。
過去がベースにはなる。
後悔や悲しみや喜びや成功や失敗・・・それらが土台になって、自分という原酒が作られる。
でも、人が「その人らしく」なっていくのは、たぶんそこから先だ。
誰と出会ったか。
どんな言葉に触れたか。
どんな本を読んだか。
何を信じて、何を嫌って、何を諦めて、何を手放さなかったか。
そういうものが少しずつ混ざっていくことで、人はただの過去ではなく、個性を持った自分になっていく。
個性とは、何を足したかより何を残したか
ただし、何かを足せば足すほど良いわけじゃない。
カクテルだって、何でも混ぜれば美味しくなるわけじゃない。
入れすぎれば壊れる。
相性が悪ければ濁る。
せっかくのベースの香りを殺してしまうこともある。
人間関係も、知識も、経験も同じだと思う。
たくさん出会えば豊かになる・・・とは限らない。
たくさん学べば深くなる・・・とも限らない。
むしろ、取り入れすぎることで、自分の輪郭がぼやけることもある。
誰かの価値観ばかりが増えて、自分の味が分からなくなることだってある。
だから個性って、足したものの多さじゃない。
何を取り入れて、何を自分の中に残すかという取捨選択の結果なんだと思う。
全部を飲み込む必要はない。
全部を信じる必要もない。
全部と仲良くする必要もない。
自分に合うものもあれば、合わないものもある。
心を広げてくれる出会いもあれば、心を濁らせる出会いもある。
その中で、自分のベースを壊さないもの。
むしろ、自分の香りを引き立ててくれるもの。
そういうものを選びながら、人は少しずつ「自分の名前」を持っていくのだと思う。
大人になるとは、自分の味を知ること
大人になるって、何でも分かるようになることじゃない。
何も傷つかなくなることでもない。
上手に生きられるようになることでもない。
たぶん、大人になるって、
自分の中にどんな味があるのかを知ることなんだと思う。
自分は、何に苦くなるのか。
何に甘くなるのか。
何を許せなくて、何をどうしても捨てられないのか。
どんな悲しみが今も残っていて、どんな出会いが自分を変えたのか。
それを分かった上で、無理に別の誰かになろうとしないこと。
流行りの味に合わせて、自分を薄めすぎないこと。
でも同時に、頑なに原酒のままでいようとしないこと。
ちゃんと熟成し、ちゃんと出会い、ちゃんと選ぶ。
そうやって少しずつ、自分というカクテルになっていく。
きっと、人は最初から完成していない。
だからこそ面白い。
過去だけでも足りないし、出会いだけでも足りない。
熟成だけでも駄目だし、刺激だけでも駄目だ。
その両方があって初めて、人は自分だけの味になっていく。
だから、過去も出会いも無駄じゃない
昔の後悔を思い出して、苦しくなる日もある。
あの出会いが無ければ良かったと思うこともある。
逆に、あの一言に救われたと思う夜もある。
きっと、全部が材料なんだろう・・・
良いことだけじゃなくて、悪かったことも。
嬉しかったことだけじゃなくて、取り返しのつかない失敗も。
それらが全部、今の自分の香りを作っている。
だから、過去を恨みすぎなくていい。
出会いを怖がりすぎなくていい。
もちろん、雑に人を受け入れろという話じゃない。
ただ、自分の中でちゃんと選び取っていけばいい。
過去を熟成させること。
出会いを選び、自分の中に必要なものだけを取り入れること。
その繰り返しの先に、ようやく「自分らしい味」が立ち上がる。
お酒が奥深いのは、ただ長く置くからじゃない。
何をベースにし、何を足し、どう仕上げるかで、まるで別の名前になるからだ。
後悔や悲しみを熟成させて。
出会いという刺激を受け取って。
それでも消えなかったものを、自分の味として残していく。
そうやって私たちは、ただ歳を取るんじゃなく、
少しずつ、自分という一杯になっていくのだと思う。






