やりたいことがあるのに、動けない。
好きな人がいるのに、告白できない。
それは、意志が弱いからじゃない。
人は、強い方を選ぶんじゃない。“近い方”に負ける。
人は、強い方を選んでいるわけじゃない。
ただ、近い方に引っ張られているだけだ。
だからこそ・・・その“距離”を超えるために必要なのは、
欲望でも、合理でもなく・・・「生きるための指針」なんじゃないだろうか?
花を見ることすら、理由が必要になった
桜が咲いている。
それだけで十分なはずなのに、今は違う・・・
「行く意味はあるのか?」
「時間の無駄じゃないか?」
「人が多いし面倒だな」
そんな言葉が先に出てくる。
ただ花を見るだけの行為にすら、メリットや理由を求めるようになっている。
それなのに、理由もなくスマホを見て時間を浪費する。
それなのに、コンビニで晩御飯を買って楽を選択する。
それなのに、ゲームに課金して楽しんでいて、意味があるって自分に言い聞かせる。
別に、否定はしない。状況や事情もあるだろう・・・
いかない理由が無いのに、行く理由が無いからって、
花を愛でる事すら出来ない時代に私は価値を見出だせない・・・。
リスクは“近いほど強くなる”
行動できない理由は、メリットが無いからじゃない。
リスクが、鮮明すぎるからだ。
- 時間が無くなる
- 疲れる
- 面倒くさい
- 人混みがしんどい
どれも小さなことなのに、
「今、すぐ感じる不快さ」として、強くのしかかってくる。
人は、未来の可能性より、
目の前の負担の方を重く感じる。
・・・だから動けない。
欲望は、未来の可能性にしか見えない
一方で、やりたい気持ちや願いはどうか。
- うまくいったら嬉しい
- 成功したら楽しい
- 叶ったら幸せ
これは全部、未来の話。
しかも「そうなるかもしれない」という、
可能性でしかない。
だから、どこかぼんやりしている。
告白の例えで見ると分かりやすい
好きな人がいるとする。
●欲望
- 付き合えたら嬉しい
- 一緒にいられたら幸せ
でもこれは、未来の可能性でしかない。
●恐怖
- 振られる
- 気まずくなる
- 関係が壊れる
これは今すぐ起きる現実として、
はっきり想像できる。
だから動けない
欲望は「遠い未来」
恐怖は「目の前の現実」
近い恐怖が、遠い欲望に勝つ。
欲望や意思だけでは、恐怖に勝てない
もちろん、欲はある。
「見たい」
「感じたい」
「綺麗だと思いたい」
でも、その欲望はどこか遠い。
意志だって曲がらない。
「出世したい」
「目指しているものがあるから、頑張りたい」
「一度決めたんだから、投げ出したくない」
一方で・・・
面倒や不安は“今ここ”にある。
「ここにある」不安や心配や怖さや逃げたいっていう感情は何より鮮明に見えてしまう。・・・だから負ける。
欲望や意思が弱いわけじゃない。
ただ、恐怖っていう・・・自分へのデメリットの方が近いだけ。
それでも踏み出す人がいる理由
それでも、動く人がいる。
なぜか?
欲望が強いからじゃない。
メリットがあるからでもない。
美学があるからだ
恐怖の先に踏み出せるのは、
きっと「美学」だと私は思うんだ。
損か得かじゃない。
意味があるかないかでもない。
「こう在りたい」
「こう生きたい」
その基準だけで、選んでいる。
美学って難しくとらえる必要は無いと思うんだ。
言葉の意味とか、誰が言ったかより・・・「自分がどう感じるか?」で【美学】っていう感覚を捉えて欲しい。
憧れる人が居たとしたら
「その人のようになりたいとか」
「あの人ならこうしただろうから」
そういうのでも良いと思うし、自分の気持ちをどれだけ反映できるか?
っていう、見方で良いと思うんだ。
ルパン三世のテーマにもあるよね?「男には~自分の~美学が~ある」ってさ・・・
誰かに伝わる必要なんかない、自分だけの世界観の話しなんだ。
「こうありたい」「こういう生き方がしたい」っていう思いで良いんだ。
上を見る理由は、自分で決める
花を見ることに、意味なんていらない。
それでも見に行くのは、
そこに“自分の在り方”があるからだ。
足元ばかり見て、
過去ばかり見て、
苦しい、辛い、悲しいと繰り返すこともできる。
でも、上を見るという行為は、
それとは違う選択になる。
シンプルフレーズ
メリットが無いと動けない時代で、
それでも動く理由があるとしたら。
それはきっと、欲望でも、合理でもなく——
「美学」なんだと思う。
「人は、意味で動くんじゃない。美学で踏み出す。」




