春は、希望の季節なんて綺麗に言われる。
でも実際は、選ばされて、比べられて、未来を決めろと言われる季節だ。

就職、転職、進学・・・選ばなきゃいけないものが増えるほど、人は不安になる。
そして、やっと選んだあとでこう思うのだ・・・

 

「想ってたんと違う」

「想ってたんと違う」

それは、あなたが間違えたからじゃない。
見る目がなかったからでもない。
覚悟が足りなかったからでもない。

たぶんそれは、現実が始まっただけなんだと思う・・・。

 

今回は、春の分岐で人が何を感じるのか。
そして、選んだ後に何を考え続ければいいのかを、少しだけ掘ってみたい。

 

  選ぶ時、人は何を基準にしているのか

 

就職先や転職先を探す時、私たちはいろんな条件を並べる。

給料。
働きやすさ。
生活との両立。
勤務地。
会社の知名度。
安定性。
将来性。
仕事内容。
人間関係。
自分に向いていそうかどうか?

進学だって同じだろう。
学びたいこと、通いやすさ、学費、将来の可能性、世間体・・・いろんなものを天秤にかける。

 

そして、どれもこれも決め手に欠けるなら、いっそ自分で何か始めるとか、起業するとか、誰かの枠組みじゃない選択をしたくなることもある。

 

でも、何を選んでも、その先で起きることはだいたい同じだ。

「こんなはずじゃなかった」
「想ってたんと違う」

たぶん、これは避けられない

 

  「想ってたんと違う」は、失敗じゃない

 

想像と違った。
しっくりこない。
思ったほど楽しくない。
思ったよりしんどい。
思ったより自分に向いていない気がする。

そう感じた時、人はすぐに「選択を間違えた」と思いやすい

 

でも、本当にそうだろうか?

世界は不条理だ。
人にも物事にも、良い面と悪い面がある。
予想通りの部分もあれば、予想外の部分もある。


そして何より、自分自身の反応だって、やってみないと分からない。

 

だったら、何を選んでも「想ってたんと違う」が出てくるのは当然なんだ。

 

つまりそれは、失敗の証拠じゃない。

理想が終わって、現実が始まった合図なんだと思う・・・

期待が剥がれた場所からしか、本当の選択は始まらない。

 

  大事なのは、正解探しじゃなく優先順位だ

 

じゃあ、何が大事なのか?

 

それは、
何を優先するのか。
何を我慢するのか。
何を手に入れるために、何を手放すのか。

 

そこを考え続けることなんだと思う。

どんな道にも、良い面と悪い面がある。
全部を取れる選択なんて、たぶんない。

 

高い給料を取れば、自由な時間を失うこともある。
やりがいを取れば、安定を失うこともある。
安心を取れば、刺激を失うこともある。
夢を取れば、周りの理解を失うこともある。

 

結局、選ぶというのは「何を得るか」だけじゃなく、何を諦めるかを引き受けることでもあるんだろう。

だから本当は、「自分に合う場所を探す」というより、
自分が何なら耐えられて、何だけは手放したくないのかを知ることの方が大事なのかもしれない。

  熱意は冷める。それは悪いことじゃない

 

さらに残酷な話をすると、最初の熱意は長く続かないことが多い。

どれだけ「ここで頑張ろう」と思って始めても、2か月もすれば熱が落ち着いてくる。
新鮮さも薄れる。
理想も剥がれる。
現実的なしんどさが見えてくる。

 

でも、それもまた自然なことなんだと思う。

恋愛だってそうだろう?
最初は燃え上がる。
だけど、その熱がずっと同じ温度で続くわけじゃない。
年々、静かになっていく。
粛々と日常になっていく。

仕事も、勉強も、人間関係も、たぶん似ている。

(ごめん。完全に私の主観だよ?)

 

だから必要なのは、「最初の熱意を永遠に保つこと」じゃない。
そうじゃなくて、冷めたあとに、どうやって自分をもう一度動かすか?なんだ!

そのために、こまめにリセットして、気分を一新できる方法を持っておくのはかなり大事だ。

 

  自分を立て直すには、環境を変えるのもひとつ

 

気分を切り替える方法なんて、世の中にいくらでもある。

資格や試験に挑戦する。
趣味を見つける。
休日の過ごし方を変える。
小さな目標を作る。

どれも間違いじゃない。

 

でも、正直ちょっと普通だなとも思う。

私なら、もっと手っ取り早く、人間関係を切り替えるかもしれない。

 

友人。
同僚。
いつものメンバー。
いつも同じ会話をする相手。
いつも同じ自分でいなければいけない空気。

 

そういうものを少しずつ変えていく。

それだけで、人は驚くほど違う刺激を受ける。

 

人は、他人の目の中に自分を見る
誰といるかで、使う言葉も変わる。
笑うポイントも変わる。
欲しくなるものも変わる。
当たり前だと思っていた日常の輪郭まで変わっていく。

他人を変えることで、自分が変わる。
自分が変わることで、見える世界が変わる。

これは、かなり魅力的な刷新方法だと思う。

 

しかも、案外コストが少ない・・・たぶんね?(笑)

・・・まあ、リスクはあなた次第です(笑)

 

  選択とは、違和感と付き合い続けること

 

選ぶ前の私たちは、どうしても「自分に合う何か?」を探してしまう。

 

でも、たぶんそんなものは最初から存在しない

 

どの道を選んでも、違和感はある。
どの環境に行っても、想像とズレる。
どんな人間関係にも、面倒さはある。
どんな夢にも、現実の重たさはついてくる。

だから大事なのは、違和感がないことじゃない。

 

その違和感の中で、何を守りたいのか?を決め続けることなんだと思う。

 

自分に合う道を探すというより、
違和感だらけの現実の中で、少しずつ「ここならまだ歩ける」と思える形を作っていく。

 

その積み重ねが、あとから振り返った時に
「ああ、これが自分の選んだ道だったのか」
になるんじゃないだろうか?

 

  春の分岐で大切なのは、選んだ後に考え続けること

 

春は、選択の季節だ。

でも、選んだ瞬間に全部が決まるわけじゃない。


むしろ本番は、その後に始まる。

想ってたんと違う。
しっくりこない。
熱意が続かない。
別の道の方が良かった気がする。

 

そんなものは、たぶん全部ある。

でもそれは、失敗じゃない。
現実の中で、自分の感覚がちゃんと動いている証拠だ。

 

だからこそ大事なのは、
何を優先するのか。
何を我慢するのか。
何を手に入れるために、何を手放すのか。


それを考え続けること。

選択とは、正解を引くことじゃない。
「想ってたんと違う」現実の中で、それでも自分が何を選びたいのかを、何度でも確かめ直すことなんだと思う。

 

最初からしっくりくる道なんて、きっと少ない。
でも、違和感の中で考え続けた道は、少しずつ自分の道になっていく。

そんな春があっても、いいんじゃないかな?と思う・・・

 シンプルフレーズ

自分に合う道を探すより、違和感の中で何を守るかを決めた方が、

たぶん人生は少しだけ自分のものになる。