私はこの年で、40歳で新しく軟骨のピアスを開けてみた。

もともとピアス穴は開いていたけど、なんというか・・・アクセサリーが好きなわけですよ。

勢いで・・・

と言うより、もともと、軟骨にピアス穴は開けたいと思っていた。

 

10代20代前半戦、アクセサリーが好きで、シルバーアクセを粘土で手作りしていた時期もある。

でも、何故か軟骨や口、ボディピアスは開けていなかった。

正直痛いのは嫌いです。

怖いんですよね・・・

弱虫で臆病なんですよ私・・・

 

でも、考えるんです。

 

あと何年生きられるのか?

終わる時・・・最後の日に、笑って終われるのか?って・・・

 

正直、無理です。今はまだそんな余裕も満足感も達成感も持っていません。

 

でも、それでも・・・

興味のある事、関心のあったこと、出来ることは出来る事だけなんだとしたら・・・

出来ることはやっておいて損は無いかな?って思った。

 

ピアス

たったそれだけのコト。誰もが何気なく着けているアクセサリーの一つ

 

それなのに、周囲からは・・・

「歳考えて笑」「今更ですか?笑」「意味あります?笑」っていう反応だ。

これが、世間の反応なんだろう。

 

分かる。分かるけど、その年甲斐もなくって何ですか?

『青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ』

サミュエル・ウルマンも言っているじゃないか!

心なんだよね。青春とか若さとか歳なんて関係ない。

思い残すことがあるくらいなら、やってみても良いんじゃないだろうか?

 

ただ心に残る言葉は他にもある。

『若さとは、誰もが一度は持つ才能だ』

コロ先生が言っていた。

その通りだと感じるし、これが大事だと思う。

若さとは誰もが持てる才能・・・それは、間違いを躊躇うことを必要としない。

失うものが無い・・・言い方が悪いね。失っても取り返す時間がある。

なにより、周囲と世間が若さを理由に許してくれる。

 

これは、青春とは違う問題だ。

サミュエルが青春を人生の期間と言わず、心次第だと言ったことに対して

若さが許されるのは、年齢による周囲の評価なんだろう

要するに、年が・時間が・年齢が直接的に世間と周囲の評価や判断基準になっているっていう事実だろう。

 

それがあるから、年甲斐もなくなんて言われてしまう。

 

ごめんね?

未だに、子供?青春?を求めていて。

 

ピアス一つ増やすだけで、周囲は・・・職場の同僚たちは批判と嘲笑で忙しい。

そりゃ生きにくい。

やりたいことも出来ない世の中で・・・

言いたいことも言えない世の中で・・・(POISON)

 

歳なんか気にして生きてたら、残り時間に何が出来るんだよ。

限られた時間

有限の時間、出来ることは出来る事だけ

 

終わった後に楽しかった(ヒンメル)って言える世界の歩き方をしたいなら、

世界の評価や、周囲の反応なんか気にしていたら出来ないことだらけだ。

そんなの私には向いてない。

出来る事しか出来ないのに、時間には限りがあるのに、余裕も余白もなく生きるだけで精一杯なんだ。

その時に、年を言い訳にして、出来ない理由を増やしていたら楽しめない。

だから、私は歳なんか関係ない。

体力?視力?聴力?もちろん落ちてるさ(笑)

もうね、肉体もそこそこ疲弊してますよ。髪だって薄くなってますよ。

それでもね?

 

年甲斐なんて気にして行動しないなんて

私には必要ない選択だね。

 

うん。ピアス空けたらね?治りが遅い。

うん。若さの余裕感が無いね、痛いよ?

うん。治るかな・・・困ったな・・・消毒します・・・( ´∀` )

 

 

そのうち、自撮りも載せるかもね・・・