「幸せ」って、いつ分かるんだろう

 

「幸せってなに?」

そう聞かれると、
みんな少し優しい顔をする。

小さな幸せを集めよう、とか。
今あるものを大切に、とか。
恋をしている時が幸せだ、とか。

科学的にはどうやら、
副交感神経がどうとか、
ドーパミンがどうとか、
セロトニンがどうとか。

つまり、脳内の化学反応らしい。

 

なるほど。
じゃあ、あの時の笑顔も、
あの夜の高揚も、
あのぬくもりも、
全部、神経の電気信号だったのかもしれない。

 

でもね。

私はずっと思っている。

 

幸せって、
その瞬間には分からないんじゃないかって。

 

コップに水を注ぐ。

まだ入る。
もう少し。
もう少し。

溢れた瞬間に、
「あ、いっぱいだったんだ」と気づく。

 

でも、その時にはもう遅い。

 

コップが割れて、
水がこぼれて、
何もなくなった床を見つめながら、

「あの時、あれで十分だったんだ」

って、ようやく思う。

進行形の私は、いつも満たされない。

もっと欲しい。
もっと上へ。
もっと先へ。

手に入れた瞬間から、
次を見てしまう。

それが“生きる”ってことなのかもしれない。

 

でも、失った時にだけ、
「あれが幸せだった」と思えるなら、

幸せって、
状態じゃなくて、

“感想”なんじゃないか。

 

幸せを感じている時って、
実は感じていない。

ただ、生きているだけ。

本当に幸せを実感するのは、
それを失った後。

 

つまり、
不幸の中でしか、
幸せは輪郭を持たない。

なんだか皮肉だよね。

幸せを失ったからこそ、
幸せを知るなんて。

 

だから私は思う。

幸せは、
追いかけるものじゃない。

掴むものでもない。

 

ただ、あとから振り返った時に
「あの時間、悪くなかったな」と
静かに思えたら、それでいい。

 

もしかしたら今も、
どこかでコップは満ちているのかもしれない。

まだ入ると思っているだけで。

 

今この瞬間も、
未来の自分が振り返って、

「あれが幸せだったんだ」と

小さく微笑む日が来るのかもしれない。

そう思うと、

少しだけ、
欲張るのをやめてみようかな、と思える。

 

幸せかどうかは分からないけどね・・・私にはまだまだ・・・・