「もっと成長したい」
そんな殊勝な願いを抱いてしまったあなたへ。
おめでとうございます、修羅の道の入り口です。
そもそも、あなたの言う「成長」って何でしょう?
スキル? 経験? 人間性?
それとも、もっとキラキラした「何か」ですか?
あ、別に答えなくて大丈夫です。
どうせ、人によって正解はバラバラですから。
ただ一つ確かなのは、 「今の自分じゃ、満足できない」 という、ある種の自己否定から全ては始まっているということ。
なんて健気で、なんて残酷な出発点なんでしょう。
「何を伸ばしたいのか」を、先に決めてあげる
成長したい。
そう思った瞬間って、ちょっと痛い。
今の自分に不満がある。
今の現実を変えたい。
今のままじゃ嫌だ・・・って、心が言う。
でも同時に、こうも思う。
「成長って、結局なに?」って。
スキル? 経験? 思考力?
それとも・・・人間性?
成長を語る前に、私たちが一度だけやるべきことがある。
それは、“自分にとっての成長の定義”を、ちゃんと作ること。
成長のカタチは、人の数だけある
成長のカタチは、ほんとに千差万別。
求めているものが違うから。
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目に見える成長が欲しい人
(資格、収入、成果、数字、肩書き) -
目に見えない成長が欲しい人
(心の余裕、考え方、自己肯定、安心感)
さらに言えば、成長したい対象も違う。
自分の成長を望む人もいるし、
子どもの成長を願う人もいる。
組織やチームの成長を望む人もいる。
でも結局、どんな成長も根っこは同じで、
「今より、少しでも良くなりたい」という願いなんだと思う。
その願いがあるから、私たちは学ぶ。
試す。動く。整える。やり直す。
つまり成長って、成果じゃなくて、
「より良くなりたい」という願いを、生活の中で扱い続けることなのかもしれない。
成長したいと思った時、必ず“邪魔”が入る
成長したい・・・って思ったら、人は行動する。
誰かの話を聞きに行ったり
新しい知識を学びに行ったり
今の自分を変えようとしてみたり。
でも、そこで必ず出てくる。
疲れる。出費が増える。時間が減る。
そして、続かなくなる理由が増える。
けれど、本当に厄介なのはこれ。
『外野の言葉。』
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それ本当に大丈夫?
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その人、信じて平気?
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無理じゃない?危ないんじゃない?
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できないんじゃない?
否定って、分かりやすく痛い。
だけど、もっと心を折るのは、これ。
「そんなことより、こっちをやって」
「他にやることあるでしょ」
否定じゃない顔で、人生を“現実”に戻される。
それが一番しんどい。
そして残念だけど・・・
あなたの成長を、願っていない人もいる。
それは、あなたが悪いんじゃない。
私たちは一人で生きていないから、起こるべくして起こる摩擦なんだと思う。
成長の本体は「続けられる思考」だった
ここで、結論に近い話をする。
成長に必要なのは、根性でも、才能でもなくて、
「自分の想いを、最後まで大切にできる思考」だった。
最初は、誰でも燃える。
やりたい・・・変えたい・・・って思える。
でも途中で、必ず揺れる。
余裕がなくなる。
心も、時間も、お金も、削れていく。
その時に必要になるのが、
“思い出せる思考”なんだよね。
諦めそうなときに、
「私は何のために始めた?」って、戻ってこられる思考。
それがある人は、成長する。
才能じゃない。
続け方を知ってるだけ。
自分の想いを最後まで大切にできる思考の持ち方
「成長したい理由」と「今の現実」を天秤にかける
最初にやることは、気合いを入れることじゃない。
自己啓発を読むことでもない。
“理由の精査”
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今の現実に不満があるから成長したい
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目指す現実があるから成長したい
ここまでは普通。
でも、次が大事。
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その成長は、今の現実を捨てるほどの理由なのか?
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今の自分を否定するほどの意味があるのか?
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その願いは「自分の本音」なのか、それとも「他人の視線」なのか?
ここを曖昧にしたまま走ると、外野の言葉に負ける。
なぜなら、自分の中に“軸”がないから。
成長って、「今の自分を否定して作るもの」じゃない。
今の自分を理解して、その上で選び直すもの。
だから最初に、
“成長したい理由”を、自分の言葉で持つ。
これが、思考の土台になる。
シンプルフレーズ
成長って、派手な変化じゃない。
「やりたい」を、手放さない練習だと思う。
誰かの言葉で揺れてもいい。
余裕がなくなって止まってもいい。
でも、自分の本音だけは、置いていかない。
シンプルフレーズはこうなったら素敵だと思う。
「成長は、私を否定することじゃない。私の想いを、最後まで守ることだ。」
他人の影響で成長したいなんて、一番コスパの悪い贅沢ですから。
自分の「想い」が、ちゃんと自分のものだと確認できたら。
その時は、一緒に笑いながら絶望的な成長の道へ踏み出しましょう。
大丈夫、その先にあるのは 今の自分より少しだけ「マシ」になった、新しい絶望(現実)ですから。
さあ、今日はどの「自分」を捨てて、 どの「自分」を愛でてあげましょうか?


