皆様、ごきげんよう。 

今日もお財布の中身と、ついでに心臓は元気に動いていますか?

 

今日から少し、私の「華麗なる転落劇」……もとい、昔話を始めようと思います。

 

 今の私を形作っているのは、努力でも才能でもなく、

「1回、人生をコンプリート(破産)させた」

という清々しいまでの事実です。

 

正直に言うと、まったく実感がなかった。

たぶん私は、状況と環境に流されていただけなんだと思う。

  1. 幸運という名の「撒き餌」

 

当時の私は結婚しておりまして、それなりに「持っている」側の人種でした。 

 

そんな時、パートナーが持ってきたんです。

 

とびきり甘くて、とびきり胡散臭い**「儲け話」**という名の果実を。

最初は半信半疑でしたよ、ええ。

 

でもね、不思議なことに、一度手を出した瞬間に「次の獲物」が列をなしてやってくるんです。 

宇宙が「さあ、君の財産をデトックスしてあげよう」と囁いているかのようでした。

 

私はただ、突き進むパートナーの後ろ姿を、映画の観客席から眺めるような気分で容認していました。

 

当時はそれなりにお金もあって、多少の融通がきいた。

だから、「まぁ、いいか」でお金を出していた。

今思えば、ここが最初の分岐点だったんだろう。

生活に困っていないという心の余裕が、判断力を「お花畑」に変えていたんでしょうね。

 

  2. 「勝者」という名の、最高に痛い錯覚

 

もうその頃の私は、何が正しくて何が間違っているのか、正直よく分からない状態だった。

でも、相方は突き進む。

不思議なことに、一つ儲け話に乗ると、次から次へと儲け話が集まってくる。

笑っちゃうことに、本当に儲かったんです。 

 

通帳の数字が、まるでバグったかのように増えていく。

私は半信半疑のまま、生活に困っていたわけでもないから、それを容認していた。

 

「ああ、私は選ばれたんだ。自由を掴んだんだ」 そう思いました。

本気で。 今振り返ると、あれは**「処刑前の豪華な晩餐」**だったというのに、

当時の私は自分が世界の王にでもなったかのように、軽やかにステップを踏んでいました。

 

人は、急激に上昇している時、自分が「落ちるためのフラグ」を立てまくっていることに気づかないものです。

 

あの時の私の万能感、今思い出すと最高に滑稽で、愛おしさすら覚えます。

 

今なら分かる。あれは自由じゃなくて、ただの勘違いだった。

 

  3. 魔法が解けた、その後の「ギフト」

 

もちろん、魔法には期限があります。 

ある日、目覚めると出資先は霧のように消えていました。 

「あれ? 昨日のパーティ会場はどこ?」状態です。

 

いわゆる、世間で言うところの「詐欺」ですね。

 

そして、私の手元に残されたのは、思い出ではなく

「私の名前で膨れ上がった、見たこともない額の借金」という重厚なギフトでした。 

 

私の名前で、膨大な借金が残っていた。

知らない間にできていた、私の借金。

借りられるだろうよ。
当時の私は、お金を借りられる立場だったんだから。

 

夫婦の間に名義の壁なんてない。借りられるだけ借りる。

「信用」という文字が、これほどまでに凶器に変わるとは、人生は本当によくできたコメディです。

 

  4. 絶望は、いつだって「遅れて」やってくる

 

当時の私、驚くほどノー天気だったんですよ。

 「まあ、また働けばいいか」「0からのスタートね」なんて。 

家はあるし、手足は動く。なんとかなるだろう・・・と。

 

でも、現実は私の想像力を遥かに超えていました。

  • カードは上限まで使い果たされ、もはやただのプラスチックの破片。

  • あんなに威勢の良かったパートナーは、メンタルという名の迷宮に閉じ込められ、動けない。

私一人が、空っぽの財布を抱えて、青い空を見上げている。

 

  「あ、これ、詰んでる?」 絶望という名の波が、足元からゆっくりと、

でも確実に這い上がってくるのを感じたのは、もう少し後のことでした。

 

たぶん私は、まだ何も分かっていなかった。

本当の意味で、
「失う」ということも、
「背負う」ということも。

この先、何が待っているのかも。

 

何も起きていないように見える時ほど、人生は静かに崩れていく。

さて、この先どうなったか。 それはまた、次の講釈で。

続きを待っていてくださる奇特な方がいれば、これ以上の喜びはありません。 

皆様の今日は、どうか「実体のある」一日でありますように。