何となく、むなしい・・・

今日も心のどこかに足りなさを感じている・・・

 

あの日、あの時のコトを思うと心が・・・

 

そんな経験誰にでもある。

 

心の穴 なんて都合の良い言葉があるくらいには、誰もが通る道。

それは、自分が知った時に感じる。

失ったと・・・大切なモノを手放したと感じる時に感じる想い。

 

「何か足りない」と感じる、その正体

理由は分からないけど、
なんとなくモヤモヤする日がある。

心に穴が空いているような感覚。
大切なものを、どこかに置いてきた気がする感覚。

 

でも、
「何を失ったの?」と聞かれると、
うまく答えられない。

そんな経験、ありませんか?

 

  喪失感は、特別な出来事だけじゃない

 

人は、大きなものを失ったときだけ
喪失感を感じるわけじゃない。

家族や恋人、友人。
仕事や役割。
時間、休日、健康。

極端な話、
仕事を休んでしまっただけでも、
「何かを失った」ように感じることがある。

 

それはきっと、
今まで当たり前だったものが、突然なくなったから。

 

状況が変わったから、
感情が反射的に生まれただけ。

 

そう考えると、
心の穴や喪失感は、
とても受動的なものなのかもしれない。

  じゃあ、もっと早く気づけなかったのか?

 

ここで、どうしても浮かぶ問いがある。

 

もし、
失ってから気づくんじゃなくて、
もっと早く大切だと分かっていたら。

 

手放さずに済んだ可能性は、
本当にゼロだったんだろうか。

 

でも、たぶん――
それが人の弱さなんだと思う。

 

失って、結果が出て、初めて分かる。

最初から必死に守れたらいいのに、
手放してからしか気づけない。

 

愚かだし、性悪だし、本当に不器用だ。

 

だから後悔は、積み上がる。
「次は繰り返さない」って思っても、
また別の形で、同じことをする。

 

  そこに、社会の「染み」が重なる

 

さらに厄介なのは、
その人間的な弱さの上に、
社会の価値観が重なってくること。

不条理を受け入れろ。


環境に流されろ。
我慢しろ。
波風を立てるな。

そうやって生きているうちに、
人は少しずつ、
自分の権利を手放すことに慣れていく。

 

そして、ある日こう言う。

「自分の気持ちが分からない」

願いも、欲望も、
うまく言葉にできない。


他人の目線ばかり気にしてしまう。

それは怠けじゃない。
そうなるように、生き方を学習してきただけ。

  心の穴の正体

 

だから私は思う。

心の穴は、
「埋めるべき欠損」じゃない。

 

それは、
人の弱さが刻まれた痕跡であり、
後悔という経験のドッグタグだ。

 

ドッグタグは、
身分や個人を識別するためのラベル。

 

心の穴も同じ。
「ここまで生きてきた」という証明で、
「これを背負って生きてきた」という識別標識。

諦めるものじゃない。
消すものでもない。

 

私はそれを、背負うというより、
踏みしめる感覚に近いと思っている。

 

  穴は、足場になる

 

心の穴は、
足りないから苦しい。

でも同時に、
そこは自分の人生の土台でもある。

後悔も、喪失も、弱さも、
全部まとめて踏みしめて、
その上に立つ。

無理に前向きにならなくていい。
「学びに変えよう」と言わなくていい。

ただ、
ここが自分の立っている場所だと認める。

それだけでいい。

 シンプルフレーズ

心の穴は、埋める場所じゃない。埋めるなんてきっと出来ない。

生きてきた証として、踏みしめる足場だ。

 

そう思えたとき、少しだけ、
自分の人生を引き受けられる気がする。

 

あなたの穴も、きっと、あなたにしか立てない場所だから・・・