これは、私の物語だ。
他の誰でもない、たった一人の物語だ。
旅は道連れ・・・誰かと会うこともあればすれ違うこともあり、ぶつかることも、迷うこともある。
私の物語は、私が紡ぐ・・・
でも、自分だけでは手に入らない成功や勝利や魅力的で誰もが望むような・・・
そんな物語に憧れるのも否定できない。
自分だけでは、どうにもならない物語が私は欲しいって願うこともある~
私は、銀河英雄伝説が大好きだよ。
王道少年漫画はどうしても、敵側に感情移入しちゃう・・・
そんな物語にも憧れるんだ。
一度きりの人生だから、人は物語を求めるのか?
人生は一度きりだ。
やり直しも、別ルートも、確認作業もできない。
もし人生が何度も試せるものなら、
失敗はデータで、後悔はただの検証不足で終わる。
でも現実はそうじゃない。
選ばなかった道は消え、
取り戻せない時間だけが積み重なっていく。
だから人は、
「意味」を欲しがるのかもしれない。
人はなぜ物語を必要とするのか
物語と聞くと、
成功や成長、劇的な出来事を思い浮かべる人も多い。
主人公が困難を乗り越え、
最後には勝ち、報われる。
そんな分かりやすい結末。
現実では手に入らない成功や勝利を、物語の中で疑似体験する。
それは確かに、物語の大きな役割の一つだと思う。
人生は未完のまま続き、
努力が報われる保証もなく、
納得できないまま終わることの方が多い。
だからこそ、
せめて物語の中では完結したい。
せめて主人公には勝ってほしい。
この感情自体、とても人間的だ。
物語に逃げたくなるのは、弱さじゃなく「呼吸」かもしれない
たとえば、こんな瞬間がある。
仕事帰り、何もする気が起きない。
SNSを見ると、みんなが前に進んでいるように見える。
自分だけが取り残されている気がして、胸がざわつく。
そんな夜、私たちは何をするだろう?
ドラマを再生する。
漫画を開く。
小説を読む。
ゲームを起動する。
推しの配信を流す。
旅動画や神社巡りの映像を延々と眺める。
現実から逃げている――と言えばそうかもしれない。
でも、もう少し正確に言うなら、こうだと思う。
現実の“息苦しさ”から、一度だけ呼吸を取り戻している。
物語は、酸素だ。
窒息しそうな現実に、空気の穴を開ける。
仮想・妄想・空想を求める心理
現実って、基本的にシュールだ。
頑張ったのに報われない。
丁寧に生きたのに雑に扱われる。
正しくいたのに、正しくない人のほうが得をする。
しかも、オチがない。
回収されない。
説明もつかない。
だから人は、物語の中に「回収」を求める。
伏線が回収されること。
涙の意味が分かること。
努力が報われること。
悪役が裁かれること。
主人公が最後に勝つこと。
それは、単なる娯楽じゃない。
現実に存在しない秩序を、仮想空間で補給している。
妄想や空想も同じだ。
「もしあのとき、違う道を選んでいたら」
「もし誰かに理解されていたら」
「もし私が主人公の世界なら」
こういう“もし”は、現実では叶わない。
でも“もし”を一度も抱けなくなったら、人は壊れる。
だから人は、物語を作る。
物語に逃げる。
物語に酔う。
それは現実否定じゃなく、
現実を続けるための精神的な避難なんだと思う。
でも、本当に物語に必要なものは何だろう
ただ、ここで一度立ち止まって考えてみた。
物語に出来るような出来事って、
本当に必要なんだろうか。
特別な成功も、
誰かに誇れる実績も、
ドラマチックな事件も。
本当は、何一つ必要ないんじゃないかと思う。
だって私たちは、日常でも物語に逃げたくなる。
コンビニで買ったコーヒーがなぜか今日は美味しく感じるとか。
電車の窓に映る自分の顔がやけに疲れて見えるとか。
そんな小さな感覚にも、「意味」を与えたくなる。
良いことか悪いことかも、
正しかったか間違ったかも、
実はどうでもいい。
周囲で何が起きたかよりも、
世界がどう動いたかよりも、
自分がどうしたかったか。
自分が何を選んだか。
それだけで、十分に物語になる。
物語は、他人の人生を借りるためのもの?
確かに、人は物語を通して
自分には出来ない成功や勝利を体験してきた。
ヒーローに自分を重ね、
ハッピーエンドに酔う。
でも、ずっと他人の物語を借り続けないと、
満足できない人生って、
少し寂しい気もする。
たとえば、「推しの人生」だけで生き延びることはできる。
でもそれは、ずっと他人の呼吸を借りている状態にも似ている。
もちろん借りてもいい。
借りたっていい。
物語に救われる夜は、絶対にある。
でも私は思う。
他人の勝利を借りなくても、
誰かの評価を借りなくても、
自分だけの物語で、
自分だけが納得できる人生は成立する。
一度きりの人生を、物語にしたい
人生が一度きりだから、人は物語を求める。
でもそれは、派手な物語を欲しがっているわけじゃない。
成功しなくてもいい。
勝たなくてもいい。
完璧じゃなくてもいい。
ただ、
「これは私が選んだ人生だ」
そう言える形にしたいだけなんだ。
物語が必要なのは、人生を飾るためじゃない。
生きた時間を、自分のものとして引き受けるため。
一度きりの人生だからこそ、
自分の選択だけで、
自分だけの物語を紡いでいきたい。
それだけで、
もう十分なんだと思う。






