青春って何だろう?

青春って、とっても魅力的な時期に感じる。

凄く多感で、凄くエネルギッシュで、凄く前向きだったりしたりしなかったり・・・

 

新海誠監督が高校性を主役の物語を作るのには理由があるらしい。

私が言及することでは無いが、なんとなく思いがある事が伝わってくる。

 

私はね、年齢に関係なく青春っていう若さっていう才能を使い続けたいって思う。

綺麗ごと抜きで言えば・・・

 

私はまだまだ青春していたい!

老眼と統計に挟まれた40代の本音

 

この歳・・・40歳で青春したいって言ったら、ちょっと悲観的に受け取られかねないね。

というより、今更?何考えてんの?って言われそう・・・・

それで済めば御の字ってところ。 

40で青春?もう痛い大人。って言われるのは何となく痛感している。

 

人の親になったこともある。

会社を持ったこともある。

波乱も経験したことがあるつもり・・・

 

それでも言うのは、“Youth is not a time of life; it is a state of mind.”って感じなのかもね。

 

  青春を数字で測ろうとする、あほらしさ

青春って、何なんだろう。

高校生の恋愛のほとんどは破局する
そんな統計があるらしい。

 

7割とか、8割とか、
1年以内に9割近くが終わるとか、
平均交際期間は3〜4ヶ月とか。

 

それを見て、私は思った。

なんと、あほな統計を取ったことだろう。

 

だって、高校生だよ?
人生の仕組みも、感情の扱い方も、
何も分からない時期に、「続くか」「成就するか」そんな“結果”を測ろうとするなんて。

 

でもね。
それでも私は、その数字に振り回される姿が
すごく青春っぽくて、嫌いじゃない。

  若さは、才能だった

 

若さって、やっぱり才能だと思う。

やり直しができる。
失敗を後悔にしなくていい。


皮肉を言えば・・・

自分だけで責任を背負わなくて済む。

誰かのせいにできる。
言い訳も許される。
テスト、資格、学歴、習い事。
親の権威や環境という、分かりやすい指標が用意されている。

 

そこには「今はまだ途中」という、魔法の言葉がある。

 

でも、返す言葉があるのも事実・・・「坊やだからさ」

泣けるのはおっさんだからかな・・・?それとも厨二病?

  社会に出た瞬間、評価基準は変わる

 

でも、社会に出ると違う。

新しい評価基準が、勝手に追加される。

 

社会的ステータス。
収入。
肩書き。
立場。
資本に左右される評価。

 

規範や枠組みに、知らないうちに絡め取られていく。

気づけば、若さという才能を使えなくなって、青春を謳歌できなくなる。

 

そんな気がしてしまう。

  身体だけは、正直すぎる

 

一方で、身体はとても正直だ。

25を過ぎて体力が落ちた。
30を過ぎて回復が遅くなった。
35を過ぎて耳と目が怪しくなった。
40代で、眠りが浅くなり、長く寝られなくなった。

 

もう、笑うしかない。

 

どれだけ鍛えても、残るのは筋力くらい・・・
感覚も、回復力も、確実に落ちていく。

 

・・・これが現実。

  「老眼?」に反応した私は、まだ生きている

 

職場で、隣の20代が言った。

私が目を細めてスマホを見ていたら。

「老眼?」

はい。老眼です。
見えません。
文字が小さいんです。

 

でもね?
その一言に、私は反応した。

ムッとしたし、笑ったし、心の中でツッコミを入れた。

 

つまり、まだ刺激を受け取れている。

感性は生きている!はず? 思考は生きている!はず?

反応は出来ている!はず? 聞こえているし、感じられて、見えている!はず?

 

  それでも、青春がしたい

 

青春って、
アニメかもしれない。
話題かもしれない。
音楽かもしれない。
恋愛かもしれない。

正直、分からない。

40代で恋愛ラブコメができるか?
って聞かれたら、
私は「できない」って答える。

恋愛が得意なわけじゃない。
自分に負い目や引け目があるのも、否定できない。

 

でも・・・青春したいねん。

何事にもチャレンジしたい。
行動したい。
人を好きになりたい。
誰かに甘えたい。
右往左往して、笑いたい。

 

未来のための今じゃなくて、
明日のための今日じゃなくて、

今、この瞬間にオールベットしたい。

目の前の人。
目の前の出来事。
そこに全力で反応したい。

 

  年齢を言い訳にしない生き方を選びたい

 

老眼で、耳が遠くなると、反応できなくなる。

 

言い訳や理由や立場や状況や
自己理解が積み重なって、反応する前に足踏みしてしまう。

 

それを否定はできない。

でも、それでも。

年齢という数字を
「できない」「やらない」理由にするより、


やって後悔を積み上げた方が、私らしくないか?

その自問自答が、どうしても終わらない。

 

だから今日も、私は言う。

『青春したいねん。』

 

老眼でも、右往左往しながらでも。

 

きっと、あなたもどこかで同じことを思ってるんじゃないかな?